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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第7章 地獄より、愛を込めて
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地獄より、愛を込めて7

 大丈夫。

 魔法を詠唱する時間は十分にあるよ。


瞬雷(しゅんらい)


 私が雷を放つと共に、周囲にあった武器が全て刃を上向きにさせて酷い音を立てる。

 まただよ。さっきまではこのような行動を見せていなかったのに、一体何のつもりで武器を逆立たせているのだろうね。


 三日月型の刃は雷が当たると、明後日の方向に落ちて床を破壊する。勿論そこにいた魂は漏れなく消滅したよ。




 しかし、これでアアイアの攻撃の手が止まった。

 もう1度蛇の口中にある青白く光る刃に攻撃をしよう。そうしよう。


 泥に吹き飛ばされた蛇の方向を向くべく、ヒューゴ君に掴まったまま、ロッキングチェアの肘掛けに足を着けて体勢を変える。

 横に顔を向けた時に、見えた物は2匹の蛇だった。


 1匹は口から青白い光が漏れ出していて、周囲にあった武器が自由に動き回り壊れた口付近に集まり補修を始めていた。

 もう1匹は既に飛び掛かってきていた。


 突然、視界に入って来た迫り来る蛇を見て、私は思わず情けない悲鳴を上げてしまう。よりによってヒューゴ君が近くにいるから、格好悪くて恥ずかしい。

 蛇は刃で作られた刃を見せながら突進するけれど、ヒューゴ君が突然黒い大きな盾を出現させて突進を受けてくれた。

 物凄い勢いで突進して来たのにも関わらず、突進の衝撃は案外無くて、私たちが階段の頂点から吹き飛ばされることは無かった。

 恥ずかしがっている場合じゃないね。




 ヒューゴ君の盾が蛇の口を閉じることを阻止させている間に、口の中に向けて雷の魔法を放つ。

 目の前の蛇を含めて、またありとあらゆる武器が逆立ち音を立てる。

 雷を受けた蛇の頭は瓦解し、あちらこちらへと刃をばら撒きながら、長い胴体だけがその場に残ったけれど、間も無く床に倒れてくれた。


 蛇の胴体を貫通させていたのに、それができなくなったということは、吸収した魂の残量が減ってきていることを示しているね。

 胸にあった異物感が軽くなってきていることに歯痒さを感じて、地団駄を踏んでしまう。ロッキングチェアの肘掛けを叩く音が聞こえて初めて自覚できた。




 けれど、おかげで無数の刃が逆立つ行動をちらほら見せるのか理解することができた。

 私が足で踏みつける度に目に見える全ての武器が、天井に向かって上向くのだ。


 1度踏みつけると酷い音を鳴らして刃が上向く。


 今度は連続で肘掛けを踏みつける。

 すると、上向いたままの刃が痙攣し始めた。




 刃たちが逆立つ動作は、この椅子と連動しているみたいだね。




 そして、私が衝撃を与える度に反応するということは、アアイアが感じているのはもしかして、痛みかな。




 そう、痛いのだね。




瞬雷(しゅんらい)


  雷の衝撃でロッキングチェアの肘掛けや背もたれがあちらこちらへ砕け散っていく。

 同時に、武器たちが悲鳴を上げる。生き物のような悲鳴を部屋中に響き渡らせて、蛇だったものが一瞬で崩れ落ちてしまった。

 幸運だったね。

 まさか、この椅子がアアイアの弱点だとは思わなかったよ。


 だって、椅子って武器でも何でも無いじゃない。


「悪いけれど、地獄(ここ)から出る方法を教えてくれないかい? でないとこの椅子をバラバラにするよ」


 辛うじて残っている座面と足部分に手を向けて、地獄の王様を脅してみる。

 今度こそ追いかけっこは終わりにしてもらいたいよ。


「嫌かなあ。吾が幸せにならないと嫌かなあ」

「ははは」


 彼のつまらない返事に、私は空笑いをしてみせた後、すぐに表情を作る筋肉を殺した。

 我慢ができなくなってしまった。




 冷静であろうと心掛けてきた。


「お願いだ。君たちの魂を喰わせてくれないかなあ」




 私にとって大切と思える者が、ヒューゴ君の他にもう1人いた気がするのだ。

 その人は私にいつも心に余裕を持って生きるように言っていた気がする。


 多分、今までの私がいつでもどこでもどのような状況でも、表向きへらへらと作り笑いをしていられたのは、その人の教えを忠実に守ろうとしてきたからだった気がする。

 いつでも相手に余裕を見せて、魔女の不気味さを相手に植え付けてやれば、畏れ(たた)えられる。

 でも、多分それは私の歳が若く見た目が頼りなくて、見た目から自然と生まれてしまう弱く見えるから、その先入観を消し去るために誰かが教えだと思うのだ。そう理解して、私は顔も思い出せないもう1人の大切な者の教えを頑なに守り続けた。

 ヒューゴ君と会うまでの私には、その人から教わったことだけが私を形作る全てだったからね。


「喰わせてくれたら君たちの願いを聞き届けよう」




 ヒューゴ君に会ってからはちょっと変わった気がする。

 正確にはヒューゴ君に関することになると、私は内に秘めた感情をいつの間にか表に出すことが多くなった。


 魔女としての教えを守りながら、彼の耳障りな声を聞き続けていたけれど、ついに我慢ができなくなってしまった。

 私の騎士に対する身勝手な侵略行為を声高に宣言するこの鉄塊に対して、私の内側は怒りで一杯だった。


「お願いだ。どうか君たちの――」




 今、私は私の中にある怒りを抑えることができない!


「いい加減にしろよ!! 暗愚め!」


 奪った魂の残りなんて、もう気にすることができない。


 魂が足りないなら私の魂を使ってでもこの椅子をぶち壊す。

 例え足が消えようとも、腕がもげようとも、目が無くなろうとも構わない。

 本当なら、記憶を失わないようになるべく五体満足でいないといけないはずなのに、もうその考えはどこか遠くの方へ投げつけてしまった。


「お前みたいな不識に、私とこの騎士の心の一片でも理解できる訳が無いだろ!!」


低劣(ていれつ)な王はとっとと玉座から降りろ! ()ね!! 鉄屑!!!」


 多分、初めて他人に嫌味とかではない直接的な暴言を吐いた気がする。




 詠唱もしていないのに雷が私の身体から放出されていて、壊れかけているロッキングチェアの座面を貫いていた。

 座面を貫いただけでは私の心が落ち着かないことは分かりきっていた。

 足で椅子の足を思い切り踏みつける。物を壊す時はこれぐらいの威力で踏みつければ壊れるだろうなという意識すらせずに、ただの屑になればいいと思って何度も何度も踏みつける。


 ただ右腕だけはヒューゴ君を抱き締めながら、それ以外の動かせる私の魂全てで椅子をぶち壊す。

 踏みつけるのに高さが合わないなら、ヒューゴ君から降りて彼の腕に抱きつきながら椅子を蹴りつける。


 部屋にある全ての武器が上げる悲鳴を聞きながら、脱出の手段も未だに分からないのに怒りのままに椅子を壊す。


 ロッキングチェアの座面が真っ二つになって、三日月型の足が粉々に砕けて、砕けた物たちを更に粉々にする。

 そして、粉々になった物に対してもう一度雷を放とうとしたその時だった。




「それ以上彼を虐めないでやってください」


 後、もう少しでアアイアの何もかもを破壊できたのに、頭上から聞こえた声にそれを邪魔されてしまった。


 多分、初めて見る者だった。

 純白のドレスを纏った女が宙を浮いていた。


 純白のドレスに薄紫の身体よりも長い髪を垂らしている。瞳は薄い鼠色をしていて遠目で見たら白目にしか見えないような色の薄さだ。

 そして、その女の最も特徴的な部分が背中から生えている4枚の翼だった。

 鳥のような真っ黒な翼で、女の身体を軽く覆える程の大きな翼を広げている。


 御伽噺に出てくる天使みたいな見た目だった。

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