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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第7章 地獄より、愛を込めて
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幸せを喰む者より、憎悪を込めて

 ヴロミコと言い争いをする暇は無い。

 この世界に長居すればする程、私の大切な記憶と大切な人が失われていく。


 牢から出てきた王様に2本ある剣の内の短剣の方を投げ渡す。使い物になるか分からないけれど、無いよりマシだと思う。


「恩に着る」

「お構いなく」


 ヴロミコと王様の準備など待たずに、黒い変な人が行った方向とは逆方向に通路を進もうとしたら、ヴロミコから呼び止められた。


「師匠、魔法の使い方を教えてあげるかな」

「自分の手足を犠牲にしないといけないのなら、いらないよ」


 詠唱する度に身体のどこかを失っていたら、すぐに私の身体がなくなってしまうよ。

 でも、ヴロミコは私の言葉を否定し、良い方法があると言う。正確には今この場では私にしかできないことらしい。


「師匠って黄衣(おうえ)の魔女なのかな。魔力を集めたり、他の人に分け与えることもできるかな?」

「できるよ」

「この世界の魔力の代わりになっているものは、自分自身なのかな。でも師匠なら自分自身の魂は使わなくても良いかな」


 彼女の言わんとすることが分かったよ。

 魔力の代わりである魂は、この長い通路にたくさんあるから、それらを吸収して魔法を詠唱できると言っているのだ。

 ただ、魔力として溜め込むには肉体が必要なはずで、果たして魂だけになった私が本当に他人の魂を吸収できるか分からない。

 それに、もし魂を取り込めたとしても、他人の魂を奪って魔法を詠唱する趣味は私にはない。


「師匠って友達を助けに来たのでしょ? かな。友達を助けたい割には本気出してないかな。本気だったら他人の魂なんてどうでも良いと思うでしょ、かな」


 「かっちーん」という音が頭の中で響いたような気がする。

 今までヒューゴ君に何度か説教したことと似たような内容を彼女に説かれてしまったからかもしれない。今の私は魂だけれど、頭が熱い気がする。


 私はヒューゴ君と、もう1人思い出せないけれど大切な人以外の生命に興味は無い。

 だから、2人以外の命や尊厳を奪うことに躊躇う必要は無い。

 けれど実際に殺したりしないのは、彼らの命が1つしかないからだ。殺したら可哀想だと思っているからだ。この魂だらけの監獄にも似たようなことを思っていた。彼らの魂は多分大体においては、それぞれ1つしか無い。魔法を放つための糧にしたら可哀想だと思った。


 その無意識に持っていた私の余裕を、彼女は侮蔑したのだ。


 要するに「大切な人を一刻も早く見つけないといけない癖に、何を余裕ぶっているのだよ。使えるものは躊躇わずに何でも使えよ」って彼女は言っているのだ。


 正論だと思った。

 だから、腹が立ってしまったのだ。


 ヒューゴ君も私も、記憶が徐々に失われているはずなのに、余裕ぶっている私自身に腹が立ったし、それをヴロミコという私より小さな魔女に諭されていることにも腹が立った。

 後者に関しては私の心が狭量なだけなのだけれどね。




 それで、魂だけの私は感情を抑えきれず、ヴロミコに啖呵を切ってしまうのだ。

 自分でも驚いてしまったよ。


「ああー? そんなに言うのだったらやってやろうじゃないか」


 私の言葉は、ヴロミコの問いの答えになっていないような気がすると思って、怒っていたはずなのに少し笑ってしまった。素直に彼女の言葉を受け取れば良いのに、どうやら変な矜持(プライド)が邪魔しているみたいだね。

 もしかしたら記憶が失われ続けているこの状況だから、おかしな判断をしているのかもしれないね。


 王様の牢屋の左隣の牢屋にいる老人と顔を合わせる。

 多分私の知らない人だと思う。

 でも、仮に知人だとしても、もう知らないよ。その魂がヒューゴ君じゃないなら別にどうだって良いよ。


 ヒューゴ君が今の私の姿を見たら軽蔑するだろうね。もしかしたら悲しむかもしれない。


 ヴロミコが操る手の形をした泥が、老人の鉄格子を引き裂き、そのまま老人を絡め取り私の前に差し出してきた。

 身体のあちこちを傷だらけにした老人は、顔をこちらへ向けてはいるが目の焦点は合わない。


「目の前のお爺ちゃんを魔力だと思って吸い込んでみると良いかな」


 彼女に従い、私は老人の頭に手を付けて、それを魔力だと思っていつものように吸収する。

 すると老人は瞬く間に光り輝き、老人としての形を失っていった。

 老人がそこから無くなると同時に、光も消える。代わりに私の胸の中に、何とも言えない異物感を感じるようになる。

 急いで食べ物を食べて、胸の辺りがつかえてしまった時と似たような感覚だ。お世辞にも心地良いとは言えない。


 今は魂だけの存在なのだから魔力管なんて無いはずなのに、なぜ魔力を私の中に貯め込むことができるのかすごく不思議だ。


 王様は私の邪悪な仕草に軽蔑でもするのかと思ったけれど、意外と嫌そうな顔はしていなかった。

 彼と目が合うと、言葉を交わしてもいないのに彼は急に問いの無い返答をしたのだ。


「私も同じことができるなら、そうするだろう」


 そうかい。




「さあ、師匠! もっと魂を食べるかな!」


 ヴロミコの泥が次々に鉄格子を破壊していき、中にいる生き物の姿をした魂を攫って来ては、私の前に差し出す。

 王様の探している人がその中にいないか、彼が確認してから今度こそ私の前に、食べても良い魂が差し出される。

 私は原理も分からないまま、魂を吸収し続ける。




 拝啓、ヒューゴ君。今、私はとっても邪悪なことをしていると思います。


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