地獄より、愛を込めて5
蛇の身体がバラバラに砕け散り、ヒューゴ君は空になった口を投げ飛ばす。
刃が散り散りになるけれど、それでも残った刃たちが再び形を作り始めて、また蛇になろうとする。
本体だね。
こうも倒した感覚が無さを何度も感じるのだから、別に本体がいると考えて良い。そうでなければ私は声に出して怒ってあげてるところだよ。
ヒューゴ君の兜をぺちぺち叩いて、彼の兜と胴鎧の間に挟まった黄色のマントを引っ張る。
彼と言葉での意思の疎通ができそうにない今、マントを左に右に引っ張って馬のように動かしてみる。何とか再び魂の波に乗って欲しい。
兜の中からぐえっと彼の声が聞こえたような気がするけれど、気がするだけだと思うから無視して引っ張る。
巨大な三日月型の刃の脇を通り過ぎて向こう側に抜ける。
ヒューゴ君の黒い鎧のおかげか、彼の力強さのおかげか、今まで以上に速く駆け抜けることができた。魂の波を余裕で掻き分けて進み、私は彼が掻き分けていく魂を片っ端から吸い取る。
そこで丁度進行方向の先にいた魂たちが、軽石のように吹き飛ばされていくのが見えた。抵抗する気の無い魂たちが力無く飛んでは落ちて行くを繰り返している。何かの攻撃の余波で吹き飛んでいるみたいだ。
その攻撃の中心を見てみると、金髪に頭から耳を生やした半獣人がいた。彼女は誰かに噛みつこうとしていて、相手が彼女の顔を思いっきり殴りつけているのが見えた。
『1度だけで良いので、妹と彼女の夫を正気に戻して欲しいのです』
あー。妹とその夫ってアレのことだっけ。
毛色は違うけれど、さっき私に頼みごとをしてきた半獣人と今目の前で吠えている彼女の顔がどこか似ているような気がする。2人とも何となく会ったことがあるような気もする。
ただ、彼女の夫が誰なのかが分からない。
もしかして、喧嘩相手の男が夫なのかな。
「ヒューゴ君、多分私の言っていることは分からないと思うけれど、あそこまで行ってほしいな」
兜を2度叩いてマントを引っ張ると、今度こそ彼の呻き声が兜の中からはっきりと聞こえた。
言葉は理解できていないはずだけれど、ヒューゴ君は確かにあの喧嘩の渦へ突進してくれた。
彼はそのまま魂たちを掻き分けて、金髪の半獣人に肩から体当たりする。
半獣人は鋭い目つきで一瞬だけ私たちを見るけれど、すぐに視線を彼女が掴む男に向け直して男を噛みつこうとする。
「黄衣の、魔女殿!?」
「ああ、君か」
必死に半獣人の顔を押さえて、首に噛みつかれる寸前になっている男が、多分私の名前を呼んで驚いている。「オウエノ・マジョドノ」って変な名前だね、私。
「説明をしている暇が無さそうだから、単刀直入に言うけれど、その半獣人と口づけしてみてよ」
「じょ、冗談を言っている場合ではないぞ!?」
「本気だよ、私の目を見て」
ゼデの儀式は嘘だった。
本当は私の最も近しいヒューゴ君と殺し合わせて、ゼデの不都合を消し去ると共に、私たちが苦しむ様を楽しんで見ていた。
だとすれば、ヒューゴ君の隣にいたこの金髪の半獣人は多分、彼の最も近しい者だろうね。
彼女がこの男の妻かどうかは分からないけれど、きっとキスの1つでもしてやれば何か分かるかもしれない。
だから、さっさと口づけして。
「わ、分かった……」
男は暴れ回って彼を噛みちぎろうとする半獣人の顔を両手で掴み取り、顔を固定させる。
そして、驚くことにヒューゴ君が半獣人の腕を掴み、男へのそれ以上の攻撃を無理矢理止めさせた。君、本当に言葉は理解できないのだよね。
けれど、それでも男へ噛みつこうと暴れる半獣人に、どうやって口づけするのか見ものだった。
答えは彼が思い切り彼女に頭突きすることだった。
頭突きによる鈍い音がしてからほんの一瞬、半獣人の唸りが止まる。
彼は一瞬躊躇うけれど、意を決して彼女の唇を奪う。




