地獄より、愛を込めて3
魂の波に揺られながら、階段の頂点に座るアアイアに左手を伸ばして魔法を1つ放ってみる。
私が『瞬雷』と言えば、掌から放出される魂が雷となってくれた。一瞬でアアイアを貫きその先の壁まで光が到達し破壊する。
私の好きな音が部屋中の喧騒をどかして、私の好きな光がアアイアの武器を破壊する。良い気分である。
ただ、彼の身体の中心に穴が空いただけで、やっぱり威力が足りない。
すぐに魂の波に潜って私たちの姿を隠し、魂を左手で吸い取っていくことにする。
頂点のアアイアがよろけると同時に、その隙を狙って何体もの魂が彼に向かって飛びかかり、彼に攻撃を仕掛ける。
アアイア自身の槍を奪って彼に刺したり、自分の魂を使って魔法を放つような魂たちの様子が窺えた。
だが、肝心のアアイアは飛び掛かってきた魂たちに目もくれない。私たちを探している。
「その辺りにいるのかなあ」
彼が身体を縮こめったと思ったら、次の瞬間、彼の身体の四方八方から槍が飛び出る。剣山のように無数に飛び出た槍の刃に、彼の近くにいた魂たちが一瞬で貫かれて動きを止める。あれだけ身体のあちこちを貫かれてしまったら、動こうにも動けないね。怖い怖い。
アアイアが周囲の邪魔者の動きを止めた後、口から飛び出た青白く光る刃がより輝きを放ち始めた。その光に呼応するように、部屋の天井に浮き上がっていた三日月の刃が音を立て始めて揺らめき始めた。
再び刃を落とそうとしているのは何となく分かる。
だから、その刃に向かって左手を伸ばして迎撃の準備をする。
巨大な三日月の刃が、私がそれを一本の線のように見える位置まで来ると、刃を繋ぎ止めていた紐が切られたみたいに、一気に振り落とされる。
『瞬雷!』
刃のど真ん中に雷を当ててやると、僅かに落ちる角度をずらすことに成功した。
今回は威力が低くて良かった。もし、あの大きな刃を砕き散らせたら、その破片で私たちを傷付けるかもしれないからね。
落ちた三日月の刃は魂たちを擦り潰す。魂片を飛び散らせて、それらを私の視界に通過させた。
巨大な刃が落ちた力によって魂の波が流れる速度を変えて、私たちはより波にあおられていく。
でも波の勢いが強まったおかげで通り過ぎていく魂の数は増えていくので、それらを吸収する効率は良くなっていると思う。
「そこにはいないのかなあ」
アアイアは周囲を見回すような動きを見せる。
『じゃんけん――』
今度は先程私の目の前に現れて魂をせびっていた子どもの声が聞こえてきた。
『ぽん!』
子どもの掛け声と共に、部屋の壁の一部から巨大な何かが一瞬でアアイアに突進し彼を吹き飛ばす。彼は突進された何かと共に勢いのままに壁に吹き飛びぶち当たる。壁に当たると同時に彼に突き刺さっていたいくつもの武器が音を立てて飛び散る。
武器がこちらに飛んできそうだったので慌てて魂たちの下に潜り込むと、近くにいた魂が彼の武器に突き刺されたみたいで、絶叫を上げていた。危ない危ない。
もう飛んで来る武器は無いかなと思って、再び波から頭を出してみると、頭の上に巨大な泥が出現していた。
壁の端から階段の頂点を通過して、向こう側へと伸びていて壁をへこませている。壁に突進した泥は拳のような形をしている。
アアイアがあれで死んでくれたら嬉しいのにと、考えようとした次の瞬間、巨大な泥の拳が一瞬で弾け飛んでしまって残念な気持ちになる。
泥を内側から弾き飛ばしたのは、蛇だった。全てが武器でできていて、長い胴を動かす度に刃同士を擦り合わせ、酷い金切り音を鳴らしている。
身体を構成するものは金属だけれど蛇なのだ。
蛇が壁から床に落ちると、下敷きになった魂たちが無数の刃に切り刻まれて一瞬で形を失う。刃の蛇にこの場を動き回られるとちょっと厄介だね。
けれど、この波に乗っている限りは移動もままならない。
どこかで私たちの動きが止められるような物があれば良いなと思っていたら、頭が何かに当たって急に魂の波の動きが変わった。
ぶつかった時に鈍い音がしたそれを振り返って確認してみると、先程落ちてきた巨大な三日月型の刃の側面だった。
この刃のおかげで魂の波の流れが若干ではあるけれど、鈍くなっていた。
記憶を無くし意志を持たない魂たちは、三日月の刃に沿って刃の先端まで避けて通ってその先へ向かって行くしかないようだ。流れが鈍いなら魂たちを掻き分けていけば、部屋の中央の階段に辿り着けそうだ。そこは岸辺のようなものだね。
この刃を伝って中央の階段付近に行けば、蛇が仮に襲って来てもすぐに階段に上がって避けることができそうだ。
そうと決まれば早速行動に移さないとね。
ヒューゴ君をしっかりと捕まえながら、魂を掻き分けて部屋の中央に向かっていこう。
「今度こそ見つけた」
「うえっ?」
もしかして私たちのことを見つけたと指しているのかと思って、ドキッとしてしまう。
蛇がいた方にすぐに顔を向けると、武器でできた蛇の顔が真正面を向いていた。
蛇は長い胴体を縮め始めている。あれは、獲物に飛びかかる時の体勢なのかな。
なぜ、アアイアに私たちの位置が知られたのかと不思議に感じたけれど、すぐに原因に気が付く。私が三日月の刃に触れてから、彼は見つけたと言ったのだ。多分この刃に触れたから気付かれたのだろうね。
刃を突き立てられることで彼に記憶を奪われるなら、その刃には彼の意識が介在しているか、刃自身がアアイアである可能性がある訳で、それに触れているということは、彼自身に触れていることと同義なのかもしれない。
既に蛇は口を大きく開きながら、一直線に飛び掛かって来ていた。
私と蛇の間にいる魂は一瞬で切り刻まれていると思うけれど、動きが速すぎてどうなっているか見えない。
魔法を放つ暇が無さそうだね。どうしよう。




