地獄より、愛を込めて2
ゼデが立っていた所が一瞬で瓦礫と化してしまった。
三日月の刃の巨大さ故に破片は飛び散り、落刃に巻き込まれた魂ちは声を上げる間もなく消滅してしまう。斬られたというよりかは圧し潰されたようだね。
それでも魂たちは、続々と扉の向こう側から入り込んで来てすぐに部屋は魂で満杯になる。
ゼデが立っていた所はすぐに魂で埋め尽くされてしまって、彼がどうなったのかすら確認できない。
でも、この魂たちのおかげで私たちはアアイアから直接視認されることを逃れることができた。
せめて、彼が一帯の魂を消滅させる前に、私が魔法を使えるぐらいには魂を吸収しておかないといけない。
さっきは中途半端な魔法で、刃の群れを撃退することは叶わなかったけれど、今度はそうはさせない。
魂の波に身を任せて移動しながら、片っ端から触れる魂を吸収していく。
胸に残る異物感は増していき、できるならさっさと魔法として放出したい気持ちにはなるけれど、ぐっと我慢する。
魔法を放つのってこんなに大変だったっけ。
「師匠! 魔力を頂戴したいかな!」
たまたま通りかかった子どもの魂を吸収しようとしたら、存外にもはっきりとした物言いで私に話しかけてきた。危うく吸収するところだったよ。
見覚えのある顔なのにまた名前を忘れてしまったけれど、彼女が魂たちをここに引き連れてきたことは覚えている。
彼女は誰かと遊びたがっている。遊べれば何でも良い。
だから、この状況を遊びに置き換えてもらって、彼女にはアアイアを攻撃してもらって時間稼ぎをしてもらおう。
「今、かくれんぼの真っ最中でね。あの階段の頂点にいる奴に見つからないようにしたいのだけれど、君も参加するかい?」
「する! するかな!」
すぐさま目を煌めかせて、魂の波にあおられて私から離れないように服の端を掴んで留まろうとしてくる。
本当は魂をもっと吸収したいところだったけれど、一旦彼女に奪ったものを分け与える。
彼女は魂の多さに喜んでいるのか、奇声を発して私の服をもっと引っ張り始めた。おそらく、服も私の魂の一部のみたいだから、あまり引っ張らないで欲しい。
「アイツの武器に触れたら私たちの負けだから、触らないようにね」
「うん! 分かったかな!」
彼女は無邪気にかくれんぼという名のアアイアとの戦いに参加し、魂たちの波に再び紛れていった。
間も無く泥が階段を覆い始めて、階段を降り始める武器の波を食い止めるのが見えた。泥の波が武器の波とぶつかり合うたびに、武器同士が擦り合って金切り声のような音を発し始めた。
辺りは魂たちの生気の無い呻き声と、まだ正気を保っている魂たちの怒声と、刃たちの不快な音で埋め尽くされていて、非常に居心地が悪い。この混沌具合を見て、やっと私の想像する地獄像に追いついてきたような気がするよ。
この胸にヒューゴ君を抱えていなければ、この最悪な環境のせいで機嫌が悪くなっていたかもしれない。
肝心のヒューゴ君は、言葉という概念を失っているみたいで意思疎通ができない。意識というものがほとんど曖昧な状態で、何とか大人しく私に掴まって大人しくすることに集中している。
私の騎士で私よりも歳上の彼は、心持ちばかりは達者で弱い。最近は私も素直に感心してしまうぐらい彼は成長したと思うけれど、今はとってもとっても弱い。
彼の魂越しに思い出したけれど、弱い時の彼は私が守ると約束した。
彼のことは死んでも守らないといけない。私の魂を賭けても守らないといけないね。
せっかく再び会えたのだから、どれだけこの魂の波に揉まれようとも、絶対に彼を抱き締める右腕だけは離さない。
なので、もうしばらく辛抱して欲しい。
「どこにいるのかなあ。君たちの幸せを分けてくれないかなあ」
段上のアアイアは揺かごのように揺れる椅子に未だ座りながら、私たちを探している。1番高い所にいるそこの景色は見渡しやすいことだろうね。
彼のどこが目なのか分からないけれど、彼の言葉からしてまだ見つかっていない。
けれど、彼は私たちを見つけるために、邪魔な魂を排除しようと動き始めた。
三日月の刃が天井を目指して再び浮き上がり始める。
更に、彼の顔のような部分にある、大きく開いた口から突き出した青白く光る刃が上を向くと、周囲にあった刃が数え切れない程浮き上がり始めた。鋏だったり、フォークだったり、槍だったり、様々な切り刺し道具が浮き上がり、部屋中を広がっていく。
あれらが一斉に落ちてしまえば、私たちに当たらずとも相当数の魂が削り取られてしまうね。例え、魂が完全に消滅しなくとも、触れた部分は何も無いように透明になってしまう。魂の透明な箇所が増えれば増える程、周囲の様子が確認しやすくなってしまう。それは良くない。
急いで魂を吸収するべく、魂の波を左腕で掻き分けて泳ぐみたいに移動しながら、手に触れる者たちを吸収していく。
魂の波の勢いがまだ衰えていないことは幸いだ。
「ここだ!」
アアイアの掛け声と共に、浮き上がっていた刃たちが一斉に落下を始める。
魂が無いと魔法を使えない私と違って、彼は簡単に刃を動かしている。彼が何を触媒にして刃を動かしているのか不思議だけれど、彼が魔力のようなものを持っているのだとすれば分が悪いのは確かだね。
せめて私たちに当たってしまいそうな刃たちを蹴散らそうと思って、今の私が保有している分の魂を使って魔法を放とうと手を掲げる。
けれど、詠唱する寸前で突然、私が突き出している手に被さるように白い手が突き出されて、白い光線が放たれる。白い光線は落下する刃を吹き飛ばし、天井まで跳ね除けてしまう。
刃たちは光線の勢いで天井に突き刺さり、身動きが取れないみたい。
白い手の主を見ると、白い毛並みに覆われた老いた半獣人の女性がいた。目が合うと、彼女は微笑み、言葉を交わしてくれた。
「あなたのおかげで妹に会えました、感謝します。しかし、不躾なお願いですが、もう1つ頼まれては頂けないでしょうか」
「何だい?」
「1度だけで良いので、妹と彼女の夫を正気に戻して欲しいのです」
そう言うと白い半獣人は返事も待たずにあっさりと消えてしまった。
会ったことのある気がする半獣人だけれど、こんな状況でお願いされても困るよ。
そう思って彼女の最期の最後の願いを無視しようと思ったけれど、ヒューゴ君に服を引っ張られて彼を見ると、何かを乞うような顔をしていた。
私が彼女の願いを無視しようとしたことを察したような顔だった。まるで、彼女の願いを聞き届けてくれと言っているみたい。
こんな状況だというのに、君は仕方のない人だよ。




