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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第7章 地獄より、愛を込めて
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失った者より、失ったモノを込めて5

 黒髪の彼が私を抱き締めたのは、きっと私の動きを止めるためだと思う。さっきまで斬ったり斬られたりしていた間柄なのだから、そう考えるのが妥当だと思う。


 右脇に挟んでいた剣を左手でどうにか取りたいけれど、両腕ごと抱き締められた私は身動きが取れない。

 それならと魂だけの存在である彼を吸収したい。

 けれど、ゼデがこの戦いを儀式と言って魂を浄化することにこだわっていたから、魂を吸収することがルール違反になるかもしれない。それでヒューゴ君と会えるという約束を反故にされては困るので、念のため黒い老人に声をかけようとしてみた。



 でも、声を出すことはできなかった。

 黒髪の男に私の口を塞がれてしまったからだ。



 その瞬間の話をすると、私の意図に勘付いた彼が、私の口を塞ぐことで私が有利に立つことを阻止しようとしたのかなと思った。彼の両腕は、私の身体を止めるために既に使っていて、口を塞げないからね。


 その瞬間の()の話をすると、私の感情は一気に良い感情も悪い感情も滅茶苦茶に練り混ざり合って、黒髪の男に対して言いたいことがたくさん湧いてきた。本当に一瞬のできごとで、私が私自身の心の変化の早さに驚いてしまうぐらいだ。




 君がいつまでも起きないから、君の世話が大変だったよ。


 私が君をどれだけ心配して、怒り、泣いていたのか、分かっているのかい?


 ヒューゴ君。




 彼との口づけによって私は私自身に起きた変化に気付くことができた。例えるなら彼の魂と私の魂が混ざり合ったみたいな感覚に陥った感じと言えばいいのかな。

 魂を吸収した時と同じような胸に何とも言えない気持ち悪い感覚も再び感じるようになる。

 気持ち悪いと思った原因は、私の中に全く覚えのない思い出が、まるで私の思い出の如く割り込んできたからだ。

 ただ、彼と他の魂とで違うところは、気持ち悪さの感じつつもその中にどこか心地良さを感じたことかな。


 そこで彼の魂が私を知っていることを、私は知った。

 混じり込んだ思い出には、顔がぼやけた女がいつもいる。黄色いマントを羽織った金色の髪をしたやけに目立つ変な女だよ。

 その女と彼はいつもどこでも一緒だった。

 そして、その思い出は私が持っている思い出と綺麗に合致する。窓枠にぴったりとはまった窓ガラスみたいに、無くなったパズルのピースと全く同じピースが見つかったみたいに、私とヒューゴ君だけが知り得る思い出が私に補完される。

 魂がくらくらするぐらいの彼の私への想いに、私の心は浮き足立ってしまう。


 この心地良さに似た経験がある。今の私の中に残っている記憶と混じった彼の記憶が、過去に同じような経験をしたことがあると教えてくれたからだね。

 ある魔法を使った弊害で私と彼の記憶を共有させる女がいた気がする。

 そのおかげで私の目の前にいる黒髪の男が一体誰なのか、何となく察することができたよ。ありがとう、名前も思い出せない女の人。

 彼の顔を何度見ても、ぴんと来ないままだけれどそれでもこの人はヒューゴ君だ。




 名残惜しいけれど、彼の肩を叩いて口を離すように促す。

 口が離れると混じっていた彼の記憶が再び失われてしまう。心地良い気持ち悪さが薄れていく。

 だから私は背の高い彼を屈ませてから、彼の顔を胸に引き寄せて抱き締める。さっきよりは薄いけれど、少しだけ気持ち悪さが戻ってくる。これで私の記憶は多少は補完される。

 黒髪の彼は、屈んだまま私を両腕で抱き締めなおして、後はそのまま動かないので、従順な彼へのご褒美として頭を撫でてあげることにする。


 そして、そのままの体勢で私はゼデに質問をする。

 先程彼に聞こうとしたこととは違うことを聞きたくなってしまった。彼に意地悪してみたくなってしまった。


「2つ聞きたいことがあるのだよ。1つ目は、魂が罪を清算していく過程で言葉って忘れてしまうのかい?」


 ゼデは先程までとは違って、すごく、すっごくつまらなそうな顔をしていた。それは見覚えのある表情だった。正確にはヒューゴ君の思い出の中にあったゼデの表情だった。


「……当たり前のことを聞くな」

「そう。じゃあ2つ目。君の探し物って見つかった?」

「……」


 彼は血の気の無い老人の顔だけれど、より一層老いて見えてきた。楽しいね。


「当ててみよう。私の騎士に君の探し物の在り処を聞いたけれど、彼の記憶は既に失われていたから分からなかったのでしょう? ふふん。残念だけれど彼は、()()()()()()()()()()()()覚えていたい思い出があるのだよ。簡単に忘れるさ」


「それで君は、私の騎士に会おうと脱獄した者の知らせを聞いて、脱獄犯である私たちを抹殺するついでに、ありもしない儀式をでっち上げてこの人も消そうとした。君の失態を知っているこの人の魂を一刻も早く浄化させたかったんでしょ? あっちの2人はついでに会わせたみたいだけれど」


 金髪の半獣人(ハーフビースト)と壮年の男が、私の目の前を一瞬で通り過ぎていき、その先でまた取っ組み合いが始まる。

 多分、あの2人もお互いを知らない間柄ではないはずだね。


「それで提案があるのだけれど」


 ゼデの眉がひくつくのが遠く離れたここからでも良く見える。楽しいね。


「私が君の探し物を見つけてきて君に返してあげようか?」


 もう一押ししてみようかな。


「嫌だって言ったら私が()()の探し物を壊してあげるよ」

「お前……!」


 私とヒューゴ君を散々な目に合わせたのだ。地獄の王だろうとこれぐらいの目には遭ってもらわないと。楽しいね。


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