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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第7章 地獄より、愛を込めて
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失った者より、失ったモノを込めて4

 彼の剣の腕を貶しはしたけれど、それでも油断したつもりはなかった。

 ただただ、彼がいきなり戦い方を変えてきたので驚いた。剣の腕を上達させようと頑張っているみたいな感じかな。

 でも、彼が私を倒そうとがむしゃらに向かおうとしてくること自体は変わっていないけれどね。


 黒髪の男は盾を防御だけでなく攻撃にも応用し始めて、私が彼を打つ体勢を取ると、彼は剣が当たる地点を予測し、そこに向けて盾を構えながら突進してくる。

 私の剣が盾に当たると反動で手が面白ぐらいに跳ね返って、構えを崩されてしまう。

 彼はその隙を狙ってあっさり私を袈裟斬りにする。その結果、私は斬られた分の記憶を失う。何を失ったのかは思い出せないけれど、斬られた分だけ何かを失っているはず。


 それならいっそと彼の持つ盾に向かって私の方から突進してみせる。

 彼は私の体勢を崩すべく、盾を構えたまま突進してかち当てようとしてきたので、盾の上側に右肘を引っ掛けて身体を預けて彼の突進する勢いに身を任せる。右手が無いから肘を使う他ないね。

 そして、持っている剣の重みで盾を構える彼の姿勢が崩れたところで、彼を斬ってやる。

 ちなみに姿勢が崩れたのは、私の持っている剣が重いからで私自身が重い訳ではない。決して重くないよ。


 彼を私の剣で斬られはしたものの、すぐに盾を離したので深い傷までは負わなかった。惜しい。

 逆に盾の重みで後ろに倒れそうになった私を視認すると、黒剣で私を頭から真っ二つにしようとしてきた。



 楽しい。



 彼の剣の流れに沿うように私の剣を流れさせて、2本の剣を擦り合わせる形で彼の剣の軌道を変える。それで彼の剣は私の頭を斬ることは上手く回避できた。

 軌道をずらされた彼の剣が床に当たると、今度はそのまま剣を横に振り、倒れた私の首を目標にする。

 斬られたくはないので、その前に全力で私を覆う盾を蹴り上げて横に倒し、彼の剣と私の首の間に壁を作る。彼は自分の盾に剣を思い切り当ててしまい、反動で動きが一瞬鈍ってしまう。

 丁度良いので、彼の腰に向かって剣を力一杯突き刺し、彼が苦悶の表情を浮かべたところで、剣を引き抜きながら一旦距離を取る。



 楽しい。



 そう、楽しいのだ。毎日の日課であるヒューゴ君との剣術の訓練を思い出すよ。

 最近は楽しい思い出があまりなかったから、今は彼との思い出が呼び起こされてちょっと嬉しい気分だね。


 ええい。この黄色いマントがひらひらして動きにくいったらありゃしないよ。邪魔だから外しておこう。




 そういえば、私も彼も剣に関しては素人同然だったから、彼と共に学ぶことができたことは新鮮だった。おかげで深く記憶に残っている。

 同じ剣術指南書を参考にしていたけれど、私の方が飲み込みが早くて、彼がいつも悔しそうな顔をしていたことを思い出すよ。

 そうそう、確か彼の悔しそうな顔は。


 顔は……。



 あれ、ヒューゴ君の顔って、どのような顔だったっけ。



 ああ。ああ、いよいよ大事な人の顔すら思い出せなくなってしまったのだね。

 でも、良かったよ。とても良かった。彼の顔を思い出せなくなったということが自覚できて良かったよ。




 黒髪の男に意識を向け直すと、彼は床に落ちた盾を拾うことはなく、私の方に顔を向けたまま動きが止まってしまっている。

 今さっきの私は結構な隙を作っていると思っていたけれど、彼は攻撃を仕掛けなかった。

 何事かと彼の出方を窺っていると、彼は剣を構えもせずに急に早歩きで私の方へ近付いて来た。ちょっと怖い。


 先程とはまた違った動きだったので、警戒して彼との()を維持する。

 そうしたら彼はまたピタっと動きを止めた。怖いから急に気持ち悪い動きをしないで欲しい。

 けれど、彼が止まった場所で屈んだことで、彼の目線の先にあったものが私では無く、黄色いマントにあったことに気付いた。

 彼は黄色いマントの端のぼろぼろになった箇所をじっくり観察していた。


「なんだい。そんなにそのマントが気に入ったのなら君にあげようかい? あ、でも服も魂の一部だったりするのかな。そうだったら悪いけれど渡せないね」


 彼は私の言葉を耳に入れると同時に、顔を上げて目を丸めて驚く仕草を見せた。

 今更何に驚いているのだろう。私が化け物にでも見えるのかな。


 直後、彼は黒剣を乱暴に放ると、その代わりにとばかりにマントを大事そうに抱えて戦うのを止めてしまう。

 訳の分からない人だよ。

 せっかく工夫しながら斬り合うことが楽しくなってきたのに、もう楽しいひと時が終わってしまった。


 黒髪の彼は愛おしそうにマントを抱き締め続けている。


「斬るのが楽だからそのままマントを抱き締め続けてくれて良いよ」


 わざと脅しと嫌味を込めて彼に放ってみるけれど、彼はもうマントに首ったけみたいだ。私の言葉は完全に無視されている。


 大人しく斬られてくれるなら、私としてもそれが1番楽で嬉しい。

 万が一にでも反撃されないように持っていた剣を右脇に挟み、彼にゆっくり近づいて、彼が放り投げた剣に左手を伸ばす。


 いきなり動かれたらすごく驚くから、それはやめて欲しいと切に願う。

 願いながら、無事に黒剣を手に取ることができた。




 でも、彼の剣を手に取った瞬間だった。




 彼が急激に身体を動かして、私に襲いかかって来たのだ。

 あまりの動きの速さに「おわあ!」と野太い声が私自身から無意識に発せられてしまう。本当にびっくりした。

 けれど彼の剣を奪っておいて良かった。


 奪った剣をそのまま彼の胸に向けて、狙いを定めて突き刺す。彼に肉体がある状態であったら心臓が串刺しになっていはずだろうね。


 しかし、彼は苦悶の表情を浮かべても尚、胸に突き刺さった剣を全く無視して更に私に向かって突進して来るのだ。

 まんまと彼の作戦に嵌められてしまったみたいだ。


 深く剣が突き刺さった彼は私の左腕を掴む。

 彼の左手が私の右脇で挟んだ剣を掴んでしまえば、今度は私が武器を失うことになる。一気に形勢逆転されてしまう。


 それだけは困るので、全力で私の左腕を掴む彼の右手を振り払おうとするけれど、彼の左腕がそれを許さなかった。彼の左腕が私の背中まで回されてしまい、私は身体が動かせなくなる。

 そして、彼は掴んでいた私の左腕を離すと、今度は両腕で思い切り私を抱きなおすのだ。


 抱き締めなおしてきたのだ。


 あれ。

 抱き締められている。


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