幸せを喰む者より、憎悪を込めて7
「羨ましいなあ。君たちには魂に深く残る程の思い出があるのだから」
一体何がどこで喋っているのか分からないけれど、とにかく声が通路の中を響いている。
すると通路に散らばっていた魂の清算用の武器が、徐々に通路中央に集まっていく。
不快な音が目の前で集合していき、高さを作り上げていく。
「吾にはそのような思い出が無い。羨ましいなあ」
後ろからは金属の群れが迫っている。前には地獄の王が立ちはだかる。
あれ、追い詰められているね。
『破砕!』
フェルメアの夫は問答無用で剣を突き放ち、その剣圧で目前の金属の群れが一瞬で通路の向こうへ吹き飛ばされていく。
床も天井もめくれ上がって破片ごととっ散らかっていくけれど、思った以上には破壊されなかった。相当頑丈な素材なのか、魔法が何かで強化されているのだろうかね。
「君、容赦ないね」
「戦いには一瞬の隙も油断も許されない。ところで……」
「あーはいはい。魂ね」
フェルメアの夫に追加で魂を分け与えてあげると、彼はとっとと奥へ入り込んでしまった。1人で突っ走らないで欲しいな。
私とヴロミコは急いで彼の後を追う。
「5つ目の壁が壊されたかな」
「後、いくつ壁が残っているのかい?」
「後は5つかな」
既に半分が破壊されてしまったのか。
全てが破壊されてしまったら、金属の波は勢いを増してしまう。
追いつかれることは無いかもしれないけれど、またアアイアが前に立ち塞がってしまったらそれも怪しい。
「前に現れる敵は全て私が薙ぎ払おう。だが、これをいつまで続ければ良いのやら」
「地獄の王様が嘘を吐いている可能性もあるね。追いかけっこで彼が負ければ知りたい情報を教えてくれると私たちを信じ込ませて、この遊びに付き合わせているだけかも」
「強かな奴め」
私が他の地獄に行くかもしれないという脅しを、この遊びに付き合わせることで防いでいるのだとすれば分からないでもない。
けれど、彼は途中で記憶があやふやになっていた気がする。そのような奴がそこまで考えて行動しているのかな。
長い通路はいつまでたっても景色が変わらない。
さすが地獄。数え切れない程の魂がこの通路に収監されているみたいだ。
「全部壊されたかな」
ヴロミコがきゃっきゃっと私に報告してきた。
彼女は今まさにやりたかった「遊び」を楽しんでいるのだから、喜ぶのも無理はないね。私としては鬱陶しいことこの上ないけれどね。
「次の行動に移すべきだな。彼が嘘を吐いたと判断して、この場から一旦離れるべきではないか?」
「そうだね」
魂のみで動いている私たちにとって、走ることに疲れは感じない。
だからこのまま走り回っていても良いのだけれど、記憶を失い続ける私は時間が無い。
ここらが潮時かな。
走り続けていると再び単純な金属音が鳴り始め、アアイアの出現を知らせる。
私たちは通路を走り抜けているのに、すぐに金属音が近くで響いてきた。
「この追いかけっこが吾の記憶に深く残ると良いなあ」
声の主が分からないそれは通路を響かせて私の耳を通り抜ける。
「どうだい? ゼデから何か連絡はあったかい?」
「まだ無いかなあ」
アアイアの返答は否定だった。
それなら彼に最後の脅しをかけるとしよう。
「私はもう我慢できそうにないよ。悪いけれど、私たちはこの地獄から去って独自にゼデを探させてもらうよ」
アアイアからの返答はない。こちらで勝手に是とさせてもらおうかな。
『破砕!』
フェルメアの夫が、通路に散らばっている武器が集まる前に先手を取って吹き飛ばす。
武器が近くにない今のうちに床を破壊させてもらおうっと。
走りながらの一瞬、ほんの一瞬だった。
目前の右側の壁が不自然に盛り上がっていくのが見えた。頑丈な壁が盛り上がる程の何か。その盛り上がりの向こうにあるのが攻撃であることはすぐに分かった。
「止まれ!」
フェルメアの夫が両腕を広げて私とヴロミコの前進を遮る。
それと同時に盛り上がった壁が、目にも止まらぬ勢いで反対側の壁までぶち抜かれ、壁の中から金属の塊が突撃してきた。
今までの動きと明らかに違う。




