監獄より、願いを込めて7
どこか自慢気なヴロミコが癪に障る。
それにしても彼女はどうして魔法を使えるのだろうか。ここは魔法を使えなかったはずだと思ったけれど。
『瞬雷』
いつもの感じで魔力を込めようとしてみたけれど、明らかに私の中で魔力が集まる感覚が無い。
疑問が晴れないままヴロミコに再び目を向けると、彼女はにやけ顔で私を見てきた。その挑発に喜んで乗ってやろうじゃないか。
「痛いかな! 頬を引っ張らないで!」
一瞬で降参の音をあげる彼女を鼻で笑ってやる。鉄格子越しに掴んでいた手も離してやる。
決して魔法らしきものを詠唱できる彼女のことを私より優れた魔女だと思ってしまって、悔しくて手を出した訳ではないのだ。
「いたた……えっとね。この世界では魔力は使えないみたいだけれど、魔力の代わりに使えるものがあるみたいかな」
彼女の言葉を受けて、彼女のなくなった左腕がすぐにそれと推察できた。
魔力や魔法陣を介さなくても魔法が詠唱できる方法、すなわち呪術だろうね。呪術は自身の肉体を触媒代わりにすることで魔法を放つことを可能とする。
だが、彼女は私の推察を否定するのだ。
「もしかしたら呪術とは違うかもしれないかな。だって、私たちに肉体は無いかな」
その話に合点はいかない。
私は生きた身であちらの世界からこちらの世界にやって来たのだから、今の私のこの身体は純粋な肉体であるはずだ。
「師匠もこの世界に来るのに魂だけになったのかな?」
「いいや、確かに私は肉体でもってここに来たと思っているよ」
「穴を通ったかな?」
「通ったよ……もしかして、あの黒い穴が肉体と魂を分ける門だと言いたいのかい」
「そう、かな」
ややこしい世界だね。
では穴に入る前のあの赤い世界では、まだ肉体があったということになる。その場合はあそこは地獄と言って相応しいのか。
それに、私が身に付けていた剣や鞄は一体何なのだろうか。魂だけで物を運んできたとでも言うのだろうか。
頭がこんがらがってきて、もう地獄はそういう世界だと納得した方が早い気がするよ。
「誰も遊んでくれなくて暇だったから、泥で1人遊びしていたのかな」
ヴロミコは亜麻色の髪の毛をいじって見せつける。髪の毛を触媒代わりに魔法を詠唱し、泥を操って外の様子を確認していたのだろう。死体、というか魂ならそこら辺にたくさんいるし、泥人形を作るのもきっと容易だったろうね。
ヴロミコを囲む泥は手を形どり、私の牢屋の鉄格子を簡単に引っこ抜く。
「さっきの黒い奴はまだ近くにいないのかい?」
「悲鳴で一杯だからどうせ聞こえていないかな」
念のため黒い変質者が去って行った方向を慎重に確認してみるけれど、長い通路の先は真っ暗で良く見えない。
すぐにこのたくさんの牢屋の中からヒューゴ君を探さないといけないね。
「黄衣の魔女よ。できるなら私もこの牢屋から出してはくれないか」
隣の王様が私に助けを求めてきたので、彼の顔を確認するついでに真意を尋ねる。
王様は特にこれといった特徴のないおじさんだった。明らかにヒューゴ君よりは歳上で、最低でも10は上だと思えるぐらいにはおじさんだ。微かに残っている記憶と照合した王様の顔とこの顔が合っているかは分からない。でも、多分、合ってると思う。
「私は構わないけれど、君は既に死んでいるのでしょう? この牢屋を抜け出して一体どうするつもりなのかい」
「妻に会いたい。魂が滅びることに未練はないが、妻にもう1度会いたい。最後に彼女と供にした時は、喧嘩ばかりであったからな」
王様は真っ直ぐに光を失っていない眼で私を見ていた。
「もう1つある。そなたたちの力になりたい。君の大切な者を想う気持ちは私にも分かる。そなたたち2人のこの先の幸せに花を添えさせてくれないか。私に力を振るわせてくれないか」
「王として」
不思議だよ。彼は死んで目の前にいるのは魂だけのはずなのに、彼の目は確かに生きている人間の目だった。
確かに私とヒューゴ君が王様と王女様の城に行った時は、2人とも喧嘩ばかりしていたね。
王様と王女様の逢瀬に余り興味は無いと思っていたけれど、私が地獄に来た理由を思い出すと、どうしても王様の願いを無視することはできない。
だからヴロミコにお願いして王様の牢屋もこじ開けてもらった。
その間に私は牢屋に置いていた剣や鞄を身に付けて、ヒューゴ君を探す準備を整える。
「ヴロミコ。助けてくれたことは嬉しいけれど、この先のことはヴロミコにとって利にならないと思うよ。だから君は牢屋で大人しくしてなよ」
「嫌! かな!」
聞き分けのない弟子だね。




