1日前
ヘルハウンドが俺の腕に噛み付く。幸いにも魔法の黒鎧のおかげで怪我はせずに済んだが、長い間戦い続けた疲れからか集中力が切れて魔法防御が疎かになっている。今の状況がこのまま続けばいずれ鎧が砕かれるだろう。
「ディギタル! 魔女はまだ起きないのか!?」
「出血がひどく意識を失ったままだ! ヴィルオーフ!」
「魔力が……足りない」
調査隊のリーダーであるディギタルに必死に問いかけた。
魔物の叫び声もあって辛うじて後ろから声が聞こえたが、どうやら状況は相変わらずクソだ。
ヴィルオーフは片腕をゴーレムに潰され、自身の手当てに大量の魔力を使った上に、上手く魔力の制御ができない。
ディギタルはヴィルオーフに魔力を肩代わりしてやっているようだが、どうやら状況が良化している様子ではない。
ヘルハウンドが噛み付いた腕を思い切り壁際に叩き付けると、黒いそれは悲鳴を上げてバラバラに砕け散った。
本物の魔物ではなく、魔法で再現した擬似的な魔物かと推測できるが、この数であれば偽物でも圧倒的な戦力だ。
次は大の人間の半分ほどの大きさのゴブリンが棍棒を持って束になって襲いかかってくる。
緑色の小人は鎧のあらゆる場所に叩き付け攻撃を仕掛けてくる。踏みつけ、殴りつけ、がむしゃらに動き回れば対応はできる。
ちなみに腰に提げた剣はこの場では使うに狭く、全く使い物にならずただの重りにしかならない。
黒鎧に包まれている限りは魔法で自身の体力も増強してくれるので、どれだけ動き回っても息切れはしない。
肉体的な疲れが出にくいところが幸いだ。
ゴブリンたちの壁がなくなると今度は頭が2つある大きな蛇が長い体をバネにして急速に距離を縮めて来る。
「ジェトル! 文字の解読はできたか!?」
「いえ、まだです! 壁一面文字だらけで時間がかかります!」
ジェトルは魔法トラップの解除方法がないか古代文字の解読を行なっている。
しかし、侵入者対策なのかどうやら壁一面に文字が敷き詰められており、求めている文章が中々見つからないらしい。
なぜ、こんなことになってしまったんだ。
調査隊に合流した時の記憶まで遡る。
◆◆◆
魔女リリベルがロベリア教授の依頼を承諾した2日後、遺跡近くの村ハイレに俺とリリベルは到着した。
迎えの馬車を寄越してもらい、道中は気楽な道のりであった。
リリベルはいつもの黄衣のマントの下に茶色のスカート、上に白いシャツとスカートに合わせた茶色のジレを着ている。ジレと茶色いスカートには一箇所だけ縦に黄色の線が入った布が縫い付けてある。
やけに気合を入れてオシャレをしていた。
そして、何を血迷ったのか魔女と俺はペアルックである。
黄色のマントはさすがに羽織っていないが、茶色のズボンを履き白いシャツの上に茶色のジレを着込んでいる点でペアルックである。非常に恥ずかしい。
リリベルは同じ服装の方が主人に属している騎士っぽくて良いとのことで、服屋ではひどくご機嫌で店員へ注文をつけていた気がする。
馬車を降りるとすぐにロベリア教授が迎え入れてくれた。
家を一軒拠点として借りているとのことで、そこに案内してもらう。
ハイレ村はフィズレの山側に位置し、主に鉱業と畜産業が盛んだ。家は点々とある程度で、人口は100人もいないのではないか。
畜産業はともかく鉱業であれば男手が必要そうだが、一見して人が少なそうなのによくやっていけるなと思う。
拠点に到着すると早速調査隊メンバとの顔合わせが始まった。
魔法剣士、調査隊リーダーのディギタル。
人間で魔法剣士として鍛え上げられた肉体を持ち合わせており、話し方は実直。リーダーらしい人間と言える。
ちなみに男である。
魔法剣士、シェンナ。
エルフの女性で、筋肉があまりあるように見られない細身の身体をしているが、魔法で筋肉を補強し、見た目以上のパワーを持ち合わせているとのこと。
回復魔法使い、魔法学教授助手のヴィルオーフ。
エルフの男性。青年ではあるがエルフの特徴に1つである整った顔立ちのおかげで大分若く見える。
回復魔法を得意としており、攻撃魔法についての知識はほぼ持ち合わせていない。メンバが怪我をした時の治療要員である。
古代文字解読学者、ジェトル。
人間男性。年齢は俺と同じく19歳。その若さでありながらフィズレの学院で学者として働いているというのだから相当頭は良いのだろう。
遺跡の古代文字を解読できる唯一のメンバだ。
魔物研究博士、イゼア。
人間の男性。見た目は初老ぐらいで眼鏡をかけて襟がよれよれで汚れたローブを着込んでいる。本人自身もどこか体調が悪そうな肌の色をしていて心配になる。
遺跡に出現する魔物に対峙した時の適切な対処方法を教えてくれるそうだ。正直、実際に戦ったらそんな暇はないと思うが。
荷物運び、ダナ。
オークの男性。肌は浅黒く、頭に一本の角が生えた体格の良い人だ。その厳つい見た目に反して内気な性格で、シェンナに強く当たられているのを先程からちらほら見かける。
以上のメンバと俺とリリベルを合わせて8人で調査隊は結成された。
意外と驚いたことは、人間以外の種族がいるが皆意思疎通が可能なことだ。てっきり言葉の壁があるものかと思ったが、皆この大陸でよく使われている言葉で話していた。
明日朝には調査出発という話をディギタルから聞き、今日はこの拠点で一夜を過ごすことになった。
何事もなければ良いなと、この時は軽い気持ち程度に願っていただけだったが、後になってもっと強く願っておけばよかったと後悔することになるとは思いもしなかった。




