終点2
リリベルは痛みで起こされるが、モドレオが更に彼女を組み伏せて馬乗りになると、今度は杭を彼女の喉に突き刺した。
痛々しい悲鳴に耳を塞ぎたくなるが、手は動かせない。
リリベルは致命傷を負い、間もなく死に至るが、彼女自身にかけられた『魔女の呪い』によってすぐに生き返った。
「すごい! お姉ちゃんはやっぱり死んでも生き返るんだね!! すごい! すごいすごいすごい! もっと遊ぼう!」
モドレオは歓喜に震えながらも、リリベルを杭で殺し続けた。
いつものリリベルなら攻撃を受けても痛みを感じていないかのように声の1つも上げないが、今は痛みを訴える言葉を紡ぎながら悲鳴を上げ続けている。
サルザス国で彼女が捕虜となって虐げられていた時の景色が今浮かび上がって重なる。
リリベルの騎士になったからには、2度と彼女にあの地獄のような仕打ちをさせないために努めると心に誓っていたはずなのに、また彼女に辛い思いをさせている。
モドレオに向かっていた怒りは全て俺自身への怒りに切り替わる。
一体、なぜ俺はこんな不甲斐ないのだ!
たった1人の子どもからも大切な人を救うことができない自分に、心から「死ね」と言いたい!
モドレオは息を切らすと、リリベルから立ち上がって固まる俺の方向へ歩き出して来た。
リリベルは痛みによる放心状態なのか、仰向けになったまましばらく身体を動こうとしなかった。それでも、首を少しだけ横に傾けて俺と目が合うと、小さく微笑んでくれた。
頼む。エリスロースが渡した血を飲んでくれ。
言葉にすることもできず、目でただただ彼女に訴えかけることしかできなかった。
彼女が血を飲み、記憶を取り戻すことができれば、少なくともいつも通りに魔法を使うことができるかもしれない。
彼女は小さな手でそっと首に掛かっていた紐を手繰り寄せ、ゆっくりと小瓶を手に取る。
彼女の横に立っていた黒い老人は、彼女の動きに気付いていたようだが何も口にすることはなかった。老人はそもそも、俺にもリリベルにも興味が無いようだ。
リリベルの動きと近付いてくるモドレオを交互に注視する。
モドレオは地面に転がった石を蹴って、自分の蹴りたい方向と違う場所に石が飛んだなら、素軽く身体を動かして石を蹴り戻す。
彼の綺麗な白装束は、袖や腰をリリベルの血で染めている。
彼が此方に近付けば近付いてくる程、殺意が高まっていく。
「僕ねー。お兄ちゃんがお父さんに虐められてるのを見るの嫌なんだー」
先程までの勢いはどこにやら、彼はいきなりしょげ始めた。
その話はアルマイオから既に聞いた。兄のためにお前が父を刺して殺したという話だろう。それで同情を買うつもりなら俺はお前を尚更許さない。
「嫌で嫌で嫌で。何度もお兄ちゃんが虐められているのを見て、すっごく嫌だって思ったある時にねー。急に頭が真っ白になっちゃって、気付いた時にはお父さんのこと刺しちゃってたんだー」
今、俺の言葉がしっかりと話せるなら、「だからその話は知っているから、今すぐ口を閉じろ」と言ってやりたい。
「それが、すっっっっごく気持ち良かったんだよー!!」
は?
「刺した時のぐちゅっていうのが楽しかったんだよお! 痛いって泣いてるお父さんを見るのがとっても楽しかったんだよお!」
「でねでねえ。それで生き物を殺すことはとっても楽しいことって気付いたんだあ」
モドレオは遊んでいた小石を思い切り蹴って、俺の足に当てると「1点!」と叫んだ。
兄アルマイオを虐げる父親が嫌で、思わず殺してしまった。
だが、殺した時の感触に快感を覚えてしまった。
最早、彼の言っていることが何1つとして理解できない。正確には彼の言っていることは分かるが、全くの共感を得られないという意味だ。
「僕がもっと幼い時なんだけれどねー。観劇しに行った時にお姉ちゃんと初めて会ったんだー」
「とっても綺麗な人がいるーって思って、どんな人なのか付き人さんにお願いして調べてもらったら、魔女だった!」
「それでお姉ちゃんのことをいっぱいいっぱい調べたんだ!」
「お姉ちゃんが黄衣の魔女っていう名前の人で、死んでも生き返るっていう噂も聞いたんだよお。それで、お父さんを殺した後に、とってもお姉ちゃんのことが気になって欲しくなっちゃったんだー」
「あんなに綺麗な人が、いっぱい悲鳴を上げてくれたら、きっともっとすっごく楽しくなるって思ったんだあ!」
モドレオは手を一杯に広げて楽しさを表現している。
モドレオは無邪気だった。
そして、無邪気という点で話すなら、モドレオもリリベルも同じなのかもしれない。
リリベルは、彼女にとって興味のあることについて、とことん知ろうとする。知識の探求へ向けられる感情は、少年のようにとても情熱的だ。
モドレオも同様で、彼にとって興味のあることは殺人という行為なのだ。人を傷付けた時の感触や相手の反応を見ることに情熱を捧げている。
2人はとても無邪気なのだ。
だが、モドレオは邪悪だ。
彼はリリベルよりも年を重ねてない見た目であるのに、残虐で暴力的だった。
先程から俺の心の中は、怒りに支配されたり、悲しさに支配されたり、憂いに支配されたりと忙しい。
渦巻く感情の嵐に頭がおかしくなりそうにながらも、楽しそうに話すモドレオの向こう側で、リリベルが小瓶に入った血を口に流し込むのが見えた。