監獄より、願いを込めて3
「何だよ。お前も自分の名前を思い出せないのかよ」
「ど忘れしてしまったみたいだね」
蛇人に突っ込まれてしまった。
ど忘れなんて言ったけれど、違和感はすごくある。
ヒューゴ君に以前「■■■■は興味の無いことはとことん覚えないな」と言われたことがあるけれど、それはその通りだ。
ただ、いくらなんでも私は私自身の名前に興味が無いと思ったことは無い。誰か大切な人につけてもらった名前だから、尚更覚えているはずなのだけれど、なぜだか思い出せない。
頭の中で名前を思い出そうと考えようとしても、モヤがかかっているみたいで先の文字が浮かばない。
「おい、前」
蛇人にせっつかれて1歩進む。
世間話をしようにも、ど忘れするばかりで話す内容が思い付かず、結局蛇人との会話はそれ以上続かなかった。
どれだけの時間がかかったのかは定かでは無いけれど、やっと列の始まりが見えてきた。
先頭の者がその前にいる誰かと話していて、その後はこの巨大な壁の向こう側へ入る横穴へと進んでいる。案内人かな。
横穴はいくつかあり、どういう規則性でその穴に案内されているのかは分からない。
もう暫くの時を経てやっと先頭から10人くらいのところまできた。
案内人は先頭の者に対して虫眼鏡のような物を使って覗き込むような仕草をした後、「4層へ行け」と言った。
なるほど。地獄のどの層に行くかを選別するための列なのだね。
案内人に示されて、指示された馬は左から4番目の横穴に消えていった。
ついに私が列の先頭になり案内人の正面が見えた。
案内人は黒いぼろぼろのローブに身を包み、頭もフードを被っているせいで顔が見えない。
男か女かも分からないが、彼は虫眼鏡で私を覗き込むとぶつぶつと独り言を言い始める。
何を見ているのかは分からないけれど、私が地獄のどの層に行くべきかを測っているとみた。見やすいように両手を腰に当てて胸を張ってあげよう。
「姦淫、殺生、魔力の無断使用……7層へ行け」
私は肩をガクッと下げる。
誰に言われたかは忘れたけれど、ヒューゴ君は魔力をたくさん使って9層より下にいると言われていたのに、私は彼より上の層である7層に行くのが相応しいと判断されてしまった。
こんなすごい魔女を捕まえておいて7層行きとは見くびられたものだね。
抗議の意味を込めて彼に抗ってみよう。
「私は魔女だよ。これでもすごい魔女なのだよ」
更に胸を張って彼にアピールすると、彼は1度下げた虫眼鏡を再び覗き込んで私を見始める。
「魔女だと……9層へ行け」
ふふん、勝った。
意気揚々と案内人に指差された横穴へ向かって大手を振って歩く。
そこで、気付いてしまった。
ヒューゴ君と同じ階層かもしれないのも何だか納得いかないよ。
もう1度抗議しようと思ったけれど、彼が本当に9層にいるかもしれないことを考えて、悔しさを抑えてそのまま横穴に向かうことにした。案内人の「5層へ行け」という言葉を後ろから聞きながら、穴の前まで近付く。
穴は真っ暗でその先が見えない。
もう少し歩きやすいように灯りをつけて欲しいね。お化けが出てきたらどうしてくれるのだ。
私より前に9層へ行くよう指示された者が今どの位置を歩いているのか分からない。私の歩くペースが速かったら前の人にぶつかってしまうかもしれないね。
あまりにも真っ暗で1歩先の地形すら分からない。
すり足でゆっくり進んでいると、突然目の前から景色が現れた。
先程まで真っ暗だったのに、1歩進んで顔を前に出したその瞬間から暗闇が晴れた。別の場所に瞬間移動したみたいだ。
後ろを振り返ってみたけれど、今まであった暗闇は無くなっていてただの壁になっていた。
本当に瞬間移動したようだ。
辿り着いた場所を確認してみると、そこは四角い部屋だった。
三方は壁に囲まれていて、残りの一方には鉄格子がはめ込まれている。鉄格子には外へ出るような扉が無く、完全に封鎖されている空間だった。横になる程の広さは無い。
部屋の真ん中にある小さな机の上に、刃がギザギザになっている鋏と先が直角に曲がって鋭くなった赤く燃えている火かき棒、そして酷く錆び付いて刃こぼれの酷いナイフが置かれていた。赤熱する火かき棒は机の上に置かれているというのに、机が焦げたりする様子が無い。不思議だね。
鉄格子の先の様子を見てみると、通路があり対面にも鉄格子があって誰かいるようだった。
横を見ると等間隔で同じ鉄格子のある部屋が数え切れない程並んでいる。無数の叫び声が響いている。
ここは牢屋なのかな。




