監獄より、願いを込めて
家を出てもう何度目かの慣れた坂道を上って聖堂に到着する。
顔パスで城門を通り、山程あった死体も今ではすっかりかなくなっているのを確認しながら、聖堂内へ入る。
聖堂内は抉れた床の補修作業中で、騎士と大工が協力しながら取り組んでいる。
その騎士たちの中からクレオツァラという男が、私を補足し近付いてくる。
「アルマイオから聞きましたぞ。採掘場にある異世界へ続く門を調べるのですな」
私の頷きを一目確認してから、彼は真剣な面持ちになり更に続けた。
「私もご同行させてはいただけませぬか。魔女殿にもいただいた恩を返させていただきたいのです」
彼はそう言いながら胸に手を当て頭を下げてきたので、私はそれを突き返す。
「来なくていいよ。向こうは魔法が使えないみたいだから、君の剣技は役に立たないだろうね」
「魔法が使えなくとも戦えるように訓練は――」
「本来の力を発揮できない人が戦ってどうにかなるとは思えないし、君に万が一のことがあっては私の騎士が悲しむと思うよ」
そう言うと彼は返す言葉もなく黙ってしまった。
彼を守ると言葉にはしたが、私は彼を守る気はさらさら無い。上辺の言葉で取り繕っただけで彼に何の興味も無いからだ。もし戦って死んじゃったら可哀想だとは思う。思うだけだね。
ただ、彼に何かあった場合にヒューゴ君が悲しむのは間違いない。ヒューゴ君に無用な思いをさせたくないので、地獄へ同行したいというクレオツァラの提案は拒否するしかないのだ。
「それに私は不死身だよ。気にしないで」
彼を安心させるために言ってみたものの、魔力が無く魔法が使えない地獄という特殊な世界で、果たして私にかかった呪いが正しく発動するかな。
もしかしたら本当の意味で死んじゃうかもしれない。
ヒューゴ君と出会う前のことだったら、そのまま死んでも良いかなって思えていたかもしれないけれど、今はそのような感情は一片足りとも思い付かない。
彼のおかげで多少はこの魔女生に彩りを感じるようになったのだ。ここで死んでしまうのはとてももったいない。
だから、死ぬかもしれない世界でも死なない私は、死ぬ気で彼を取り戻すために努力したい。
その意味でも、私は他人のお守りに気を回せることなんかできないかな。
クレオツァラを聖堂に置いたままにして、採掘場に1人で到達する。
採掘場には私1人の音だけが響いていて淋しい。
天井に向かって鋭く聳え立つ巨大な紫水晶を眺めてみるけれど、こんなに巨大な水晶が存在するのが貴重ですごいくらいで他に変わった点はない。
ここで思いにふける程の思い出も無いから、さっさと水晶に触れてその向こうの世界に入り込もう。
地獄と呼ばれる場所はやっぱり赤かった。
地面も赤いし空も赤い。そして暗い。ここにいるだけで陰鬱な気分になりそう。
崖の際まで向かい、広い荒野の景色を確認すると以前と同じところに巨大な穴が存在しているのが分かった。
穴は黒くてすぐ下の様子が一切窺える気配がない。
崖から直接飛び降りるわけにもいかないので、遠回りだけれどなだらかな坂を通る。
私はぴちぴちの若者なので、行き辛い道でもへっちゃらなのだ。
いや、へっちゃらすぎる。
試しに無理矢理坂を走り下りてみる。なだらかな下り坂とはいえ、1度勢いをつけてしまえば中々減速するのは難しい坂だ。
下り坂を駆けることで私の意志を超えて足が勝手に動いてしまうけれど、息切れも走った後の少しの疲れも全く感じない。肉体的な疲労を感じない。
便利な世界だね。
それでは痛みはどうなのかと、自分の腕をつねってみるがこれは痛かった。
生命にとってとても便利な世界だと思っていたけれど違うみたい。便利なような、細かい所が行き届いていないような中途半端な世界だよ。
昼とか夜とかの目で見える景色の変化は無く、地獄の門から巨大な穴に辿り着くのにどれだけの時間がかかったのかあまりはっきりしない。
多分、半日はかかったような気がする。いや、もっと短いかもしれない。
とにかくこの世界は時間の感覚が掴み辛くて困るね。
穴に間近に近付けたというのに、穴の下は相変わらず真っ黒で真っ暗だ。何も見えない。
四つん這いになって少しずつ前に進み、穴の際から顔を出しているけれど、下に降りるための道や階段といったものは見当たらない。
さて、どうしたものか。
試しに魔力石1つに光を灯らせて穴に落としてみようかと、背負っていた鞄を下ろそうと手をかけた瞬間、私は突然足を引っ張られた。
びっくりして心臓が止まるかと思ったよ。
青白い手だった。
そして伸びてきた手の元が見えない程に長い腕が、穴から飛び出してきていた。元々そこにいたのか、それともあり得ない程の速度で伸びてきたのか分からないけれど、とにかく私は長い腕から生えた手に足を掴まれて、穴の下に落ちてしまったのだ。
お先は真っ暗だね。




