地獄の門より、疑問を込めて7
血だらけでぼろぼろの姿の私を見たセシルとリリフラメルには、ひどく奇異な目で見られた。
逆に私は2人を奇異な目で見返して尋ねる。
なぜ2人とも髪や服が焼けた跡があって、焦げ臭いのか。
「このめくらが私のことをわざと怒らせたんだ」
「その呪いをなるべく表に出さない訓練のためって言ったでしょう……」
リリフラメルが怒りを爆発させたみたいで、私は溜め息をつかざるを得ない。
リリフラメルの感情を抑える訓練をセシルにもお願いしていたのだけれど、彼女は他人に物事を教えるのは苦手なようだ。
2人の焦げ付きを見てから、はっとヒューゴ君のことを思い出す。
「まさか私の騎士も燃やしていないだろうね」
「頑張ってこの女にだけ当たるようにしたから大丈夫」
おお、こんな短い期間でそこまで成長したのだね。それなら褒めないといけないね。
リリフラメルの頭を撫でてあげると、目が縫い合わせられて私の仕草を見えないはずのセシルが怒り立つ。
リリフラメルは妙に暖かく、すぐに熱を感じて私の手が火傷するのではないかと勘違いしそうになる。彼女にすぐに手を振り払われると思ったけれど、意外と大人しかったのでびっくりだね。
「セシル、君にお願いがあるのだよ」
「また……?」
眉をひん曲げてすごく嫌そうな表情をするセシルに、私の必殺技が炸裂する。
彼女の暇そうな左手を両手で掬い上げて、その手に私の鼓動を聞かせながら彼女の耳元に近付く。
「駄目かな?」
「仕方ないわね……」
ちょろいぜ。
セシルにお願いしたことは、私が地獄に行っている間のヒューゴ君のお世話だ。
地獄にいる間は魔力が使えないということは、もしかしたらヒューゴ君の身体を制御できない可能性がある。短時間ならまだしも、長時間あの世界にいるかもしれないことを考えるとセシルにお願いするのが良いと思う。
「こんな複雑な魔法を制御できる訳ないでしょう……」
「私はできたぞ」
渋るセシルに自慢するようにリリフラメルが鼻を鳴らす。その声色から馬鹿にされていると容易に感じ取れるだろう。セシルがムキになるのは明白だった。
私たちはリリフラメルを『燐衣の魔女』なんて呼んでいたけれど、その実彼女自体には魔法の知識なんて一切無く、魔女と呼べる程の実力は持ち合わせていなかった。魔法陣すら知らないと言うのだ。
それでも彼女が魔法を詠唱し炎を操ることができたのは、モドレオの賢者の石によってかけられた呪いと、強制的に覚えさせられた炎を操る魔法の知識、そして復讐の心のおかげ。魔法を使い覚える過程が無いのに、何度も詠唱してきたかのように改竄された彼女にとっては、頭に刻まれた炎の魔法の知識は異物そのものだったろうね。
そんなリリフラメルだったけれど、知識の吸収は異常に早く、教えた魔法が形になるのはすぐだった。
元々彼女に魔法使いとしての才能があったのかもしれない。ただの村娘で農作する両親の手伝いをして暮らしていただけだと彼女は言ったから、とんてもない逸材の可能性はあるね。
つまり、セシルのプライドを破壊するには十分な存在だ。
魔法の「ま」の字も知らないただの村娘に使える魔法が、今の彼女には使えないということが分かったのだから、彼女は腹を立て次にはこう言うだろう。
「舐めないでよ……。私に使えない魔法はないわよ……」
「それは良かったよ」
昼食をとり、地獄に行く準備をする。
ヒューゴ君がいつも背負っている鞄を借りて、中に魔力石をいくつかと軽食として干し肉を入れる。
魔力石は念のため持っていく。地獄では魔法が使えないことは分かっているが、もしかしたらあらかじめ石に魔力が込められている場合は使えるかもしれない。
使えなかったら捨てていけばいいだけだ。
後は先程アルマイオから貰った細剣と短剣をベルトに掛けて、腰に取り付ける。剣は左側に提げる。
魔法が使えないなら剣で戦うしかない。剣の腕に覚えがない訳ではないし、細剣なら力の無い私でも使える。
剣で動き回ることを考えて後ろ髪を束ねて紐で結ぶ。小さなテールが1本だけ出ているのを鏡で確認して、小声でよしと言う。声を出して確認するのは良いことだ。
準備ができたら、セシルとリリフラメルに今一度ヒューゴ君のことをお願いする。
頭を下げて心からお願いする。
そして、ヒューゴ君に定例の口づけをしてから鞄を背中に背負い準備を万端にする。
ヒューゴ君、君の魂とやらが本当に地獄にいるのか分からないけれど、もし私を見かけた時は声をかけてほしいな。
もしかするなら、地獄で会いましょう。




