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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第7章 地獄より、愛を込めて
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地獄の門より、疑問を込めて6

 この国にある地獄に関する記載のある本をできる限り集めて、私は1日中本を読み漁った。

 昼の明かりも夜の暗さも無視して、眠るヒューゴ君の横で、ただただ本に書いてある情報を(むさぼ)り喰らう。

 セシルに本の代金をちゃんと返せと泣きながらに言われた気がするけれど、良く覚えていない。それぐらい本を読むことに集中したのだ。


 地獄の階層について記した本は、残念ながらエリスロースからもらったものにしか記載が無かった。

 他の者も同じようなことを記してくれたら信じても良さそうなのだけれど、中々難しい。


 ただ、どの本にも共通して記されているのは、穴の中に地獄の核となる場所があるということ、筆者たちは皆、死にかけるような体験をしたということだった。

 本の内容だけでは知ることに限界があった。




 地獄へ行ったことのある生ける証人の言葉が欲しい。

 そして、心当たりのある人物が1人だけいる。

 彼は地獄に関することは答えられないと言っていたが、知識が不足している今、彼に聞いてみる他ない。






 家を出て聖堂にあるアルマイオの執務室まで辿り着く。

 家に帰って来た時と太陽の位置が変わっていないと一瞬思ったけれど、多分あれは次の日の太陽なのだろうね。頭がふわふわと浮いているような感覚なので、この後に仮眠が必要かもしれない。


 相変わらず執務室の扉が開き放っしで、海風が吹き込んで寒くないのかと思う。


「お邪魔するよ」


 私の言葉を聞いてアルマイオよりもモドレオがいち早く反応して、すぐに私の方へ走り寄って来る。

 多分刺されるかなと身構えていたら、やっぱりナイフを持ち出して私を意気揚々と刺し殺そうとして来た。彼の欲望を満たすまいと、牛のように突進してくる彼の頭を押さえてやる。

 飛び出してきたナイフを手で掴み取り、彼の突進は止まった。


「モドレオ!」

「叫ぶぐらいならナイフを取り上げなよ」


 アルマイオが心配そうに駆け寄って来たけれど、心の中では絶対私のことなんか心配していないと思う。私が不死であることを知っているから、死なないしとりあえず口だけ出しておくかとでも思っているのじゃないかな。


「お姉ちゃんどうしたの?」


 ナイフに込めた手の力が未だ緩まない狂った少年に溜め息をつかざるを得ないよ。


「地獄について教えてほしいのだよ」

「えー。地獄のことは教えられないよー。お爺ちゃんと約束したんだもん」


 お爺ちゃんというのは、あの真っ黒で臭い奴のことを言っているのだろうか。

 口約束か契約を交わしているのか知らないけれど、きっとこれから私が提案することは彼にとって約束を反故にする良い材料になると思う。

 彼は私に夢中だからね。


「教えてくれたら私を殺していいよ」

「えー、どうしようかなあ」


 私でも魅力的な提案かと思ったのに意外にも即断してくれなくて、少しだけ悔しいと思ってしまった。ムキになって彼に更なる提案を仕掛ける。


「2回殺していいよ」

「うーん」

「3回」

「いいよ!」


 そこでやっとナイフが引いていく。手が血だらけでマントがちょっと汚れちゃった。


「紫水晶がどういうものか調べて欲しいと依頼はしたが、そこまでするぐらいなら依頼を取り下げさせてくれ」


 アルマイオが顔を引きつらせながらも私の手を手当てしようとしてきたので、お構いなくと彼の手を振り払う。


「私の個人的な興味でどうしても知りたいのさ。()()()()()()()


 アルマイオは狂ってる弟と狂ってる私に気圧されて、それ以上の反論の言葉を上げなかった。

 彼に変わってモドレオが視界に収まり、笑顔で彼が語りかけてきた。


「それで、お姉ちゃんは地獄のどんなことを知りたいのー?」


 モドレオは私の血が付いたナイフを眺めながら、時にはその血の匂いを嗅いだり、味を確かめたりしながら、質問してきた。身体が小刻みに上下していて興奮しているようだ。そんなに私が殺したいのかね、この少年は。


「地獄の構造を教えて欲しいな」

「えーとねー。地獄は全部で13個くらいあるんだよ。あれ、もっとあったかも」


 興味が無いことにはとことん関知しない彼の性格をすっかり忘れていて、思わず頭を抱えてしまった。手に血が付いていたのを忘れて更に嫌な気分になる。


「それでねー。悪いことをすればする程、深い所に連れて行かれちゃうんだよー」

「各層に王様がいると聞いたのだけれど、それは本当かな?」

「うん! お爺ちゃんも王様なんだよー」

「そのお爺ちゃんは黒い奴?」

「うんうん! 黒くて臭い人ー」


 舌を出して苦そうな顔しながら鼻を摘んで、臭いことを表現しながらその場を歩き回り始めた。落ち着かない子どもだね。

 けれど、あの黒いじじいが地獄の王の1人であるなら、何となく話が見えてきそうだ。地獄らしき場所で彼と会った時、彼はヒューゴ君のことを探していて、私にこうも言っていた。


『あの男の魂はこの地で生者の行いの精算をしているはずだ』


 これまでに読んだ書物の知識を引っ張り出すと、生物は肉体と魂が揃ってこの世で成り立つことができると記した者がいたことを思い出す。

 それは裏を返せば、魂か肉体のどちらか1つが欠ければ生物として成り立たなくなることを示している。肉体がこっちの世界にいて、魂と呼ばれるものが地獄(あっち)の世界にいるっぽいヒューゴ君は、だから目覚めないのかな。


「悪いことをした人たちはそこで何をするの?」

「悪いことをした分だけの罰を受けるんだよー」

「罰を受け終わったらどうなるのかな?」

「それは分からなーい」


 犬のように息を切らして始めて、私を好奇の目で見始めた彼がそろそろ限界に達しようとしていた。これで良く会話ができるなと感心してしまう。

 仮にヒューゴ君が地獄で何らかの罰を受けているとして、その罰を受け終わったら彼がどうなってしまうのか知りたいところではあった。魂なるものが消滅してしまうとすごく困る。

 だからこれでも結構焦っているのだ。


「あー、もしかして黒い鎧のお兄ちゃんを生き返らせたいのー?」


 モドレオの身体の揺れが更に激しくなり、もう彼は彼自身の殺人衝動を抑えるのに難しくなっている気がする。

 彼の質問に気にかかる点はあるけれど、時間がなさそうなのですぐに頷く。


「どうしよっかなー」

「5回」

「お兄ちゃんはねー。魔力をいっぱい使ってたからきっと9個目より下にいると思うよー」


 随分深い所にいるね。


「魔力を使うことは悪いことになってしまうのかい?」

「うん! だって魔力はもともと神様のものなんだもん!」


 地獄とか神様とか不可思議な話をたくさんしている上に寝てもいないから、そろそろ頭がパンクしそうになるよ。


 向かう場所は大体分かったとして、後は魔力の件だね。魔法が使えないのは困るかな。


「地獄で魔法を使いたい時はどうすればいいのかい?」

「分かんなーい」


 今まで賢者の石で不便なことを全て解決していたのだから、魔法のことなんか尚更興味が無いだろうね。


「あ、そうそうー。地獄とこっちでは時間の流れが違うんだよー。知ってたあ? もしかしたらお兄ちゃんは既に罰を受け終わってるかもねー。そうだったらいいなあ」


 彼のその情報は私にとって、とても興味深いことであった。

 本の知識と彼の言葉を照らし合わせて、地獄の知識は大まかに得られた。

 他にも知りたいことはあったけれど、モドレオの我慢も限界そうだし、ヒューゴ君の魂とやらを一刻も早く見つけ出す必要があると分かったので、大事なマントをアルマイオに預けてから彼にお願いする。


「彼の気が済んだ後、中途半端に私が生きていたら殺して欲しいな」

「わ、分かった」


 彼は引き気味にもすんなりと受け入れてくれた。

 ヒューゴ君なら死ぬ程悩んで結局断るのにね。

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