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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第7章 地獄より、愛を込めて
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地獄の門より、疑問を込めて5

 港を離れて今度はエリスロースの所へ向かう。

 彼女の便利な所は、扱う魔法にある。自身の血を分けた者と記憶を共有し、情報を得ることができる。

 ただし、他者の記憶を共有しすぎると自身の記憶と混濁し、性格が変わってしまうのが難点だね。人が変わったようになる、というよりかは狂人のように支離滅裂で会話になるようでならない感じかな。


 彼女は今、この国を防衛するために騎士たちに血を分け記憶を読んでいる。彼女が常人でいられるのは、血を分け与えた人の数とそれぞれの距離が開いているからだろうね。

 血を分けた者たちの物理的な距離が近ければ近い程、そして人の数が多い程記憶の混濁が濃くなるので、防衛に必要最低限の数だけ血を分け与えて彼女自身の正気を保っている。




 聖堂を囲む城壁まで辿り着き城壁の上の歩廊に上がると、海の遥か奥まで望める景色が広がる。


 その騎士がエリスロースかどうかを見分けるのは私にとっては案外簡単で、彼女がその人の中に()()場合は独特な魔力を感じるのだ。


 魔力を扱う者の癖とでも言えば良いかな。

 人に流れる魔力、無意識の内に体外に僅かに放出されている魔力。私はそれらの魔力を感じ取り、また視覚化することができる。


 これは生まれた時から魔力が判別できた訳ではなくて、ダリアの教えや私がこれまで得てきた知識の中から、魔力を感じ取ることができる技法を編み出したのだ。

 だからその人がエリスロースかどうかは、意識的に見てしまえばこのように簡単に判別できるのだ。


「しっかり仕事をしているかい?」

「え、あ。はい!」


 人違いだった。

 まあこれは本気で判別していなかっただけだからね。




 顔が熱い。




「そこの魔女。私はこっちだ」


 すぐ近くにいた騎士のエリスロースが私を呼んでくれたので、足早にそちらへ向かう。

 彼女の隣には汚らしいおじさんが、どこからか持ってきた椅子にくつろぎながら望遠鏡で遠くを眺めている。名前は確かヴィヴァリエだったっけ。


「怪しい影は今の所見えねぇな」


 ヴィヴァリエは望遠鏡で見るのをすぐに諦めて、金属製のコップに入った赤い飲み物に口を付ける。

 多分、お酒だろうね。

 昼間からお酒で楽しんでいるなんて、良い御身分だね。


「昨夜は楽しそうだったね」


 わざとらしく2人にそう語りかける。

 昨夜は外が騒がしくて大砲の音なんかもよく響いていた。彼らは夜襲に遭ったのだろう。


「馬鹿言え。俺が夜に出張(でば)ってたとしたら、今頃とっくに眠ってるぜ」


 それもそうだね。

 彼らは人間なのだから眠らないと次の日には力を発揮できないのだった。

 もっとも眠らないと力を発揮できないのは私も同じだけれどね。


「少し席を外す」


 エリスロースがヴィヴァリエに言うと、彼は手を振ってどうぞの合図を出して、酒を(あお)り始めた。


 彼から距離を少し離したということは、私とエリスロースで何か秘密の話でもしたいのだろうけれど、彼にもエリスロースの血が流れていることを考えると、秘密も共有されちゃって意味が無いのではと思う。


「本を持っている()に会ってくれたのは手間が省ける。これを渡しておくよ」


 エリスロースに言われて渡された本はそう厚くなく、開いてみるとあちこちに後から手書きした文章が記されていた。元々の文章と比較しても筆跡が異なることから、筆者のものではない気がする。


「黄衣の……リリベルは地獄を信じているか?」


 はあ?


「はあ?」


 余りにも突拍子がない質問で、自分でもびっくりするくらい声が裏返ってしまった。気を取り直す意味を込めて咳払いをしてから、彼女の質問に「見たことがないから信じていない」と答える。


「実は地獄の様子が記された書物は意外と豊富でな。それはこの国にあった古本を拝借したものだ」


 地獄に関する本は読んだことはある。

 著者が本当に地獄を見聞きしたのか、それとも頭の中の産物なのかは実際に地獄を見たことがない私にとっては評価し辛く、それこそお伽噺のようなものだと認知している。


「拝借?」

「形を残した家の中を探していたら偶然見つけた。本だらけだったから本屋だったのかもしれないな。家主は溶けていた、ああ溶けていたさ」


 死人の物を盗むなんて罰当たりな奴だね。

 そう思いつつもマントの内側にあるポケットにその本を入れて、間も無く私も罰当たりな奴に仲間入りした。


「昨夜、別の私がもう1度あの門に入って色々調べてみたんだ。そうしたら、その本に書かれている内容と酷似する点があった」


 彼女は続けて本と地獄との共通点を教えてくれた。

 地獄は赤くて地上は何も無い。下へ降りて行く穴があり、その中では生前に犯した罪を清算する場所がある。

 精算する場所は13の階層に分かれていて、罪の重さによって死者が向かう層は異なる。各層には層を管理する王様がそれぞれ存在する。

 そして、少しだけ興味が湧いた点は、地獄では()()()使()()()()


「魔法が使えないというよりかは、正しくは魔法を使うための魔力が存在しない。あの門を潜った途端、皆の血の記憶が途絶えてしまってそれで気付いた。つまり、リリベルが地獄に行って戦いになっても、まるで戦力にならないという訳だ」


 弱い私を想像しているのか、彼女は気分が良さそうだ。


「その本の著者は、1度(やまい)で死にかけていて、その時に夢で地獄らしき場所を彷徨ったと言っている。そいつが再び起きた後、周囲の者から死んでいたと思われていて埋葬されかけている最中だったそうだ。起きた時には周囲に驚かれたそうだよ」


 正直なところ、地獄についての話を熱弁されても私の心にはちっとも響かない。アルマイオからの依頼を達成させるため、私のために情報を収集してくれたのだというなら嬉しいことではあるけれどね。


「何だ、嬉しくないのか?」

「あんまり興味が無いよ」


 騎士のエリスロースは胸壁に寄りかかってやれやれと言ってきた。彼女の話に私が必ず食い付いてくると思っていたような口振りだったので、正直に否定する。

 今の私に最も興味のある事柄は、眠り続けるヒューゴ君に関することだけなのだ。地獄とヒューゴ君とが紐付く情報なら喜んで食いついたのに。




 そこで初めて、もしかしてと思う。

 彼女は地獄とヒューゴ君が関係していると言いたいのだろうか。そう思う前に口は既に開いていて、彼女に質問を投げかけていた。


「もしかしてこの話ってヒューゴ君と関係しているのかい?」

「断言はできない、ああできないさ」


 エリスロースは私に手を振って、自分の持ち場に戻り歩き始めた。


「だが、もっと踏み込んで調べてみる価値はあるのじゃないか?」


「もしかしたら彼は今、地獄を彷徨っているのかもしれないな。助けに行かないのか?」


 私の身体の中心に電撃が走ったような痺れを感じて、それと同時に燃え上がったかのように熱くなる。

 地獄に対する途方もない興味が湧いているのを感じる。


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