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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第7章 地獄より、愛を込めて
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地獄の門より、疑問を込めて3

 クレオツァラと合流したが、水晶についての話は伏せておくことにした。地獄らしき場所と繋がっているなんて話をして、余計な騒ぎになるのを防ぎたい。

 敬虔なマルム教徒である国民に知れ渡ったら、こっちが地獄になりそうだし。


 クレオツァラはアルマイオの補佐としての役割を担っているようで、今は彼は基本的に聖堂内にいる。

 私が帰ることを伝えると、彼は聖堂前で私を見送り、再び復興のための仕事に取り組み始めた。




 気が付けば外は夕陽が落ち込み始めていて、明るさよりも暗さが目立つようになっていた。

 聖堂を出入りする門の前では、騎士が列をなす国民たちに決められた量の食料を配っている。


 モドレオの賢者の石で生み出されていた食料品は、石が無い今、既に底を付いている。もちろん国民からは不満の声が出始めている。

 祈りを捧げればどのような食べ物でも手に入れることができたのに、今は祈っても何も出てこないのだ。国王が変わった途端、祈りが報われなくなれば、当然信徒たちは王に対して不信感を募らせるだろうね。

 これが更に悪化すれば、国王は悪魔だ何だと言われるようになり、最後には晴れて吊るされるだろう。


 でも、その結果にならないよう私がフィズレ国のロベリアという男に食料品や日用品などを調達してもらえるよう頼みごとをしてあるのだ。明日には船で大量の品が運ばれて来る予定だ。

 小さな国とはいえ、国民のしばらくの飯の種を私が用意してあげている訳だから、おかげで財産の余裕は無い。

 海のすぐ向こうにある商業国家フィズレの者に顔の効く私がいて良かったねと、アルマイオに嫌味を言ってやりたい。


 私がその列の横を通り過ぎると、当然何人かの国民に見つかる。

 すると彼等は、そのわずかな食料の一部を私に捧げてくるのだ。


「この国を救ってくださってありがとうございます。少しだけですが、どうか受け取ってくださいませんか」


 そのただでさえ少ない食料を更に減らす行為に、ただただ狂ってると思う。

 英雄の主人が、国民たちにとっては死んだことになっているリリフラメルと同居していると知ったら、発狂してしまうかもね。そう思うと彼等にリリフラメルを会わせたくなる気持ちが、ついつい出てきてしまう。




 道行く彼等の狂った祈りは丁重にお断りしつつ、やっとエリスロースの家に着く。

 家と言っても、この国に残った使える木材でどうにか張り合わせた張りぼてのような建物だ。今が冬や夏のような季節でなくて本当に良かった。






 ヒューゴ君とリリフラメルに食事をとらせて、簡単な湯浴みをした後、私の至福の時が訪れる。

 2人のベッドある部屋は、白龍アギレフコが新しく作った小さな月と蝋燭の小さな明かりだけで照らされている。


 ヒューゴ君のベッドの前に椅子を置き、それに座り彼と戯れる。

 彼の血の温度を感じる頬を撫でながら、寝顔をずっと見つめる。この行為だけが今の私の心の拠り所だ。


 布団に手を潜り込ませて、彼の腹を触る。

 出会ったばかりの頃と比べて、逞しい筋肉が付いている。

 だが、彼が早く起きて日課の剣術訓練に励まないと、この筋肉も呆気なく失われるだろう。そのことが残念だと思っている訳ではない。弱くなったら弱くなったで、私が守れば良いだけなので特に気にはしていない。


 今度は喉を触ってみる。

 私とは全く違って、肌を突き破るのでは無いかと心配するぐらい喉仏が突き出ている。それを触るのが楽しい。

 首も逞しく、私と違って簡単に折れそうにはない。剃り切れたと思っていたけれど、髭の剃り残しがあって少し悔しくなる。


 次は手だ。

 私の手がすっかり収まる彼の手を握ると、この上なく安心感で満たされていく。

 訓練でできた手のタコは少し硬く、犬の肉球みたい。この手で握る剣や盾で私が守られているのだと思うと、言葉で表すことができない強い感情が生まれる。もどかしくて気持ち悪いけれど、嫌な感情ではない。




 ただ、その強い感情が表れると、決まって涙が出てしまうのが嫌だけれどね。


 いつまで主人を待たせるつもりなのだと、彼の頬をつねりたくなる。既に何回かつねったかな。


 なぜ私の願いを聞き届けてくれないのか、悲しくなってしまうのだ。

 早く起きて欲しい。

 君は死んでなんかいない。

 どうか「リリベル」と呼んで欲しい。




 涙を引っ込めるために目を閉じて俯いて、気を落ち着かせようとしたら、突然頭を撫でられる。




 もしやと思ってすぐに顔を上げると、彼が目を開いて微笑んでいた。




 笑顔で迎え入れて彼の名を呼び掛けようとしたけれど、一転してすぐに煮えたぎるような怒りが沸き上がる。憎い相手をナイフで刺し殺すぐらいの勢いで座っていた椅子を蹴り上げ、リリフラメルのもとへ飛びつき彼女の髪を捻り上げる。


「本当に、本当に、それだけはやめろ」


 私自身、驚くぐらいに獣のような低い声で彼女を脅していると感じた。


 ヒューゴ君の身体を魔法で生き永らえさせるためには、1日中魔法をかけ続けてなければならない。ただ、その場合は私が一切眠らないでことにあたる必要がある。万が一、私が眠ってしまった場合に彼に何かあっては困る。

 そこで、リリフラメルに私の魔法を教えて、夜の間は彼女にヒューゴ君を世話させているのだ。


 だから、ヒューゴ君が微笑んで頭を撫でてきたのは、リリフラメルが彼の身体を操った結果だとすぐに分かった。


 この家がどうなっても良いから、この女を殺してやりたいと思ってしまった。

 だけれど、もう片方の手で自分の太ももを肌を突き破るぐらいに爪を突き立てて、殺意に湧く私を落ち着かせようとする。どうか落ち着いてと自身に願ってみる。


「できるなら君を100回は殺してやりたいけれど、ヒューゴ君に君を任された以上、そんなことはしない。だから、やめて欲しい」

「ご、ごめんなさい! ただ、お前が泣いていたから、少しでも悲しくならなければ良いと思って……」


 単なる悪意によっての行為ではなく、彼女なりの優しさだったということに気付いて、やっと殺意が内側へ戻って行く。

 掴んでいた彼女の髪を離して、深く深く深呼吸をする。


 大丈夫。大丈夫だ。


 リリフラメルのベッドに座り、彼女の身体を後ろに向かせて、ぐしゃぐしゃにさせた青い髪を手で梳かしてあげながら、彼女に諭す。


「私が君の親に化けて、同じようなことをしてきたら君は嬉しいのかい?」

「私は嬉しいかも……。でも、ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 どうやら私が大人気(おとなげ)なかった。大人気ないというか、この世界の人間の年齢で考えれば大人ではないから、大人気なくて当然なのかもしれない。

 代わりに私は狭量だったと思って、もう謝らなくていいとリリフラメルの頭を撫でる。彼女と歳はそう違わないし、何なら彼女の方が歳上であろうに、この状況は一体何なのだろうね。


「私も悪かったね。髪を引っ張って、ごめんね」


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