血は祈り
血の塊改め、緋衣の魔女は理解が追いつかない俺を尻目にどんどんと話を続けていった。
《お前たちの想像通り、血こそが私、緋衣の魔女だ。元々は私もただの人間だったがね》
血の声は今まで聞いてきどの人間との声とも合致しない気色悪い話ぶりだった。言葉の一音ずつが子どもだったり男だったり女だったり聞こえ方が一定しないので、耳触りが悪い。
《元々の私である人間の身体が健在だった頃、その頃からだ。その頃から私はあの町人たちの幸せを願っていた。怪我や病気を取り除き、争いごとの仲裁も頼まれたこともあったかな》
《町人たちは私を怖がっていた。私が魔女であったから。だが、彼らは恐怖しつつも私を頼ってくる。やれ子どもが怪我をした、やれ妻が不治の病にかかったと》
《私はただただ純粋に彼らを救いたかった。ああ救いたかったんだ》
俺の横で急に何かが弾けた音がしたと思ったら、枝の集まりに火がついていた。どうやらリリベルが明かりをつけるために魔法を使ったらしい。
《しかし、人間である限りはいつか死ぬ。不便だった。まだ助けを求めている人たちがいるというのに。死ねないと思った。私が死んだら町人たちを看取れない》
《だから私は身体が死んで朽ちる前に、魔力を私自身の血に宿らせて町人たちに巡らせたのだ。血に混ざっていれば、すぐに処置できると思ってな》
《だがそれが間違いだった。ああ間違いだった》
興奮しているのか、血の塊が蠢き始めた。言葉には出さないが気持ち悪い。
《最初は何も問題なかったが、時が経つにつれて私の血に町人たちの魂が混ざってしまった。深く濃く。様々な人間の魂が、思想が、私の血に混ざった》
《その内、私が私であるためのわたしが失われていき、今ではこの様という訳だ》
《人を殺したくて戦いたくてたまらない私、人を癒したい私、商売がしたい私、祭りを楽しみたい私、救ってほしい私。一体元々の私は何だったのかもう思い出せない》
いきなり攻撃を仕掛けてきた理由に合点がいった。緋衣の魔女は謂わば様々な人間の考えが1つの頭の中に入ってきて、自分でも感情を抑えられなくて、まともに会話ができるような状態じゃなかったのだと。
《町から離れたことで血の繋がりが外れて、今ここにいる私は恐らく純粋な私になることができた》
「いつの間に俺の中に血を入れたんだ」
《『我々の意思はこの町に流れる血全てに宿る』と言っただろう? お前、祭りで売られていた肉を食べただろう》
「マジかよ」
回避不可能だろ。
《ちなみに黄衣の魔女には入り込めなかった。君の魔力ですぐに私の血が魔力ごと蒸発した》
リリベルはどうだ参ったかと言わんばかりの身振りで自慢げにしている。
さすが魔女でも1、2を争うほどの魔力量の持ち主。
《あの町には2度と行かないことをおすすめする》
「君はどうするんだい」
《私はまた町に戻る。彼らを救い続けたい。やがて私が私でなくなったとしても。望まぬ生贄を捧げ続けられたとしても》
納得はできなかった。
町人を大切に思っているなら生贄の祭りを無視し続けられる訳がない。
だが、その思いを言葉にすることはできない。結局、ただのお節介で余計なお世話なのだ。彼女がこれまでにどれだけの努力を重ねてきたのか、人間の俺には知る由も想像する思慮深さもない。
生贄として死んでしまった女にせめて報いることができればと思っていたが、その願いを叶えるためには俺の力も思慮もまるで足りてない。結局何も解決できなかった。
また自己嫌悪に陥りそうだ。
血の塊は引きずる音を立てながら町の方へ移動して行った。
俺は血の塊に向けて質問を1つ投げかけた。
「どうして、そうまでして町人たちを救おうとするんだ」
血の塊は、ゆっくりと蠢きながら語りかけた。
《人間であった頃、嵐が私の家を襲ってきたことがあった。とても強い風で家は崩れた。私は崩れた家の下敷きになって死にかけた》
《嵐が過ぎ去った後、人間たちが家の瓦礫を除いて私に治療を行なってくれた。彼らは私が魔女であることを知っていたのに、私を助けようとした》
《それだけだ。ああそれだけだ》
どのような感情なのか分かるはずもないのに、血の塊はなぜか嬉しそうに見えた。