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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第1章 24時間戦争
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3日前

 なぜ、こんなことになってしまったんだ。


 今、俺の目の前には数え切れない程の魔物がいる。

 緑色で人型のゴブリン、真っ黒で異様に爪の長い犬型のヘルハウンド、身体が岩か何らかの鉱石でできているゴーレム、見たこともない名も知らぬ魔物が他諸々。


 多種多様な魔物が比喩でも何でもなく隙間なくこちらへ向かってくる。一体誰の声なのか判別できない程に叫びが絶え間なく続き、耳がおかしくなりそうだ。


 だが、この場から逃げる訳にはいかない。

 俺は今、人が1人通れるぐらいの通路で、黒鎧を身に纏いながら魔物の進撃を抑えているところだ。

 この道を魔物に突破されたら、俺の雇い主である黄衣の魔女リリベル・アスコルトに危害が及ぶ。いや、魔女だけではない。後ろには遺跡調査隊のメンバーが何人かいる。


 最悪なことはここが遺跡の中で、俺の後ろにある部屋が袋小路ということだ。

 倒しても倒しても前から見たこともない魔物の群れが、まるで祭りに参加しているのかのごとく湧いて出てくる。


 なぜ、こんなことになってしまったんだ。

 ことの発端は3日前に遡る。



 ◆◆◆



「黄衣の魔女殿は居られますかな」

「えーと、どちら様でしょうか」


 丸々と肥え太った物腰柔らかな男が召使い2人を供に現れた。

 後ろに馬車があるが、要人を乗せるために使うような綺麗な見た目から、この男はそこそこの地位にある者ではないかと推測できる。


「失礼。(わたくし)フィズレ国立学院で歴史学教授を務めておりますタンタ・ロベリアという者です。黄衣の魔女殿に仕事を依頼したく参上しました」


 確かそのような名前の差出人の手紙を受け取った記憶があるな。

 遺跡調査の手助けをして欲しいとかなんとか、という内容だったか。


「ああ。お手紙は頂いています。今呼びますので、家の中へどうぞ」


 ロベリア教授と召使い2人を家の中に招き、適当に椅子に座ってもらう。

 リリベルは研究部屋で魔力石を作製していたはずなので、俺はすぐさま2階へ階段を駆け上がり、魔女の研究部屋の扉を開ける。


「リリベル。フィズレ国立学院の歴史学教授が今来てる。仕事の依頼があるそうだ」

「仕事の依頼だなんて珍しいね」


 少し煤けているが綺麗な黄色のローブを身に纏った金髪の女の子が椅子から立ち上がり背伸びをする。

 金色の髪に金色の瞳を持つ彼女は黄衣の魔女リリベル・アスコルトである。


 俺とリリベルは、サルザス国を南に抜けてアルダリオの更に南、フィズレという国に逃げのびた。

 フィズレは商業を生業とした国家で、国王はいるものの実質的な国を動かす権力を持った奴らはほとんどが商人だ。また、フィズレの周辺国家はフィズレを非戦闘地域として認定し、その代わりにフィズレ領内にて貿易商売を行なっている珍しい国だ。

 北側は山で囲まれているが、南側は海に面しているため、海からやって来る貿易商の相手もできる。


 俺たちはそのフィズレの北側にある森に家を建て2人で暮らしている。

 黄衣の魔女としての彼女を狙う者たちがいつか襲ってくると考えて定住するつもりはないが、今はここをしばらくの拠点としている。


 だが、やっぱり黄色のマントに金髪の女の子なんてどう考えても目立つので、居を構えてから1ヶ月と経たないうちに黄衣の魔女がフィズレにいるということが国中に知れ渡っていた。

 そのおかげで手紙や荷物も届く。よくもまあ道もろくに整備されていない辺境の地にわざわざ馬車や竜車で届けてくれるものだと感心する。




 リリベルとロベリア教授の挨拶もそこそこに、早速本題へと入った。


 依頼内容はこの国に古くから存在する遺跡の調査に帯同して欲しいとのこと。ちなみに遺跡は最近ではダンジョンと呼ぶ者もいるらしい。

 過去に幾度となく調査隊を送り込んだが、これまでに無事に生還した者は2名だけ。最初は国お抱えの兵士や魔法使いを先兵として向かわせていたそうなのだが、それも全滅。

 問題は遺跡の最奥にある盗賊などの侵入者対策として作られた魔法トラップだそうで、生還した者の言葉によると無数の魔物の叫びが聞こえてきたとのこと。


 仕方なく、戦闘や魔法の専門家を金で殴りつけて解決しようという訳らしい。


 その話を聞いたリリベルは滅茶苦茶嫌そうな顔をしていた。苦虫を潰したとか歪んだとかよく表現されるが、それら嫌な顔の例えを全て詰め込んだような顔だった。お茶に口をつけた彼女はカタカタと歯でコップを鳴らして威嚇し始める。

 その顔を見たロベリア教授は慌てて報酬の話について持ちかけた。


「報酬についてですが、お金はもちろんお出しします」


「もう1つ、遺跡の最奥に存在する宝を差し上げます」

「宝?」

「ええ、世界に数える程しか存在しないと言われている超精巧な魔力石。魔力石自体にありとあらゆる魔法の仕掛けが施してあり、通常の魔力石と違って用途が定まっていない石です。伝承では、その石を持つ人が想像したあらゆるものをこの世に具現化することができると言われております」


 リリベルは急に血相を変え、身を乗り出した。


「賢者の石か!?」


 初めて聞いた。そんな魔力石があるのか。

 聞く限りは夢のような魔力石だが、本当にそのような物があるのか疑わしい。


「ええ、そうです。(わたくし)はこの大陸の歴史を研究しておりまして、この地域で発掘を行った際に見つかった古い文献から、遺跡に賢者の石が2つ存在するという記述があるのです」


「また、過去に奇跡的に生還した調査隊員の2名とも遺跡の奥でとある物を見つけたと言っておりました。暗い遺跡の中でも光る2つの宝石のような塊があったと」


「その2つの内の1つを報酬として差し上げます」


 リリベルは珍しい魔力石に興奮し、歴史の調査について語っていたロベリア教授もまた興奮していて、暑苦しい。

 若干冷静さを失ったリリベルに代わって俺は気になったことを彼に聞いてみた。


「1つお聞きしてもよいですか」

「何でしょう」

「話を聞く限りとても貴重そうな魔力石だと思うのですが、2つしかない石の内の1つを報酬とするのは余りに大盤振る舞いではないでしょうか」


 リリベルがハッとした顔をした後に急にキリついた顔に戻って格好いい魔女を装うとしていた。


「つまり、超貴重なお宝の1つを辺境の、超怪しい魔女で、見た目真っ黄色の、ガキ、しかも女に本当に宝を渡す気があるのか、と言いたいのかな」


 魔女リリベルが自虐的に俺に問いかける。

 いや、そこまで言っていない。


「確かに遺跡調査費を捻出している出資者たちは、()()を望んでいます。しかし()()の発掘経過については興味がないのです」


「ようは調子した結果得た物が売れたら何でもいいのです。掘り出したお宝の内の1つが遺跡のトラップに巻き込まれて破損したと言っても文句は言いますまい」


「更に(わたくし)は賢者の石の歴史には興味がありますが、石の能力や金額には興味がありません。なれば石1つで高名な魔女殿の力が貸りることができるとあれば、安い買い物です」


 この男は意外と(したた)かな奴だ。商業国家に生きているだけはある。

 リリベルはふふんと鼻を鳴らしてドヤ顔を俺に見せびらかしてきた。おそらくだが、自分が賢者の石とやらを出す価値があると思われたことが嬉しいのだろう。

 意外とちょろい奴なのだ。


「それで、私に何をして欲しいのかな」

「遺跡に設置されている魔法トラップを排除して欲しいのです」


 既に魔女のやる気は満々といったところだ。


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