騎士を愛する者より、怒りを込めて4
聖堂へ入る門を潜ると、幾つもの麻布が地面に広げられていた。布は膨らみを持っていて、その下にあるものを隠すために広げられていると考えられる。
いつだったか忘れたけれど、幼い頃に見た覚えがある。綺麗に整列されたそれは死体の列だ。
顔が判別できたものもあったのか、ちらほらと特定の死体に泣きつく人間がいた。
死体の列を越えて聖堂内に入ると、ひどく破壊されて元が何だったのか分からない木片が隅に片付けられていて、堂内の丁度真ん中辺りには何らかの戦いの跡がある。床は抉れていて血の跡もおびただしい。
最奥に設置されている祈りを捧げるための象徴は、斜めに傾いている。
脇にある階段を上り、一旦聖堂の外伝いに出て、モドレオの玉座があった部屋に辿り着く。
扉が既に開放されていて、玉座でアルマイオが書類にかじりついていた。
「アルマイオ、魔女殿をお連れしてきたぞ」
クレオツァラの呼び掛けにアルマイオは筆を止め、立ち上がって急ぎ足で私を迎え入れようとする。王様なんだからそこで座って待ってればいいのにね。
扉の内に入ろうと足を踏み入れたその瞬間に、真横から幼い声に呼び掛けられる。
「お姉ちゃん!」
モドレオだった。
彼は勢い良く私に抱きつき、脇腹をナイフで刺してきた。
そこで初めて、アルマイオが飛び出てきたのはモドレオを制止するためなのだと分かった。
「モドレオ!!」
「魔女殿!」
私は慌てるアルマイオを手で制止して、脇腹の痛みを享受する。
「えへへー。痛いー?」
「すっごく、痛いよ……君と私しかいない場だったら泣き叫んでいたかもしれない」
モドレオは私の一言に嬉しそうに顔を揺らす。彼は一刺しで満足したのか、乱暴にナイフを引き抜いてから床に置き、私の血が付いたそれを寝そべって眺めるのに集中し始めた。
私のことが好きなら加減して欲しいものだよ。
彼の右手と右足は無い。賢者の石が無ければ魔力を大して持たない子どもであるのに、とてつもない生命力である。
「1週間と経たずにもう元気なのだね……ちょっと傷を治して良いかい?」
「あ、ああ……」
刺し傷を癒やし終わると、アルマイオに用意された椅子に座らせてもらう。
ちなみにクレオツァラは私の後ろでモドレオの監視中。
落ち着いた私は早速アルマイオに嫌味を言わせてもらう。
「元気な弟さんですね」
「本当にすまない……」
明らかに動揺して冷や汗を流す彼を見て、少しは溜飲が下がる。
「弟は、モドレオはもう解放した殺人衝動を抑えつけることができない。常に生き物を殺したがっている。俺の責任だ……」
「君の責任なのは構わないけれど、刺されたのが私じゃなかったらどうするつもりだったのさ。俺の責任だって後悔するだけ?」
「も、もちろんそのつもりはない。本当はこの部屋もモドレオと私以外立ち入りできないようにするはずだったが、今は、その、忙しくて……いや、申し訳ない」
苦心する彼を見てもっと苛めたい衝動に駆られるが、ぐっと腹の内に抑え込む。
これより先は浮気になってしまう。
なぜ一瞬そう思ったのかは私でも意味不明で分からないけれど、とにかく嫌な気分になったので、話を変えて本題に入ることにした。
「ところで、なぜ私を呼んだのかい?」
私の問い掛けに、彼はハッと思い出したような顔になって態度を改めてきた。
「地下の採掘場にある巨大な紫水晶について聞きたい」
採掘場の景色を頭の中で思い出す。
あの場所は記憶にはっきりと残っている。
囚われのお姫様を救いに来た王子様のようにヒューゴ君がやって来てくれて記憶が戻った瞬間の私はそれはもう心臓が破裂しそうな程……おっといけない。
「あの採掘場に入ったことは俺もあるが、ただあの水晶が何なのかは分かっていなくてな。モドレオは『地獄の門』だと言うのだが果たして何なのか教えてくれないか?」
「調べてみないと分からないね。それこそ君の弟に教えてもらえばいいじゃない」
「モドレオから詳しく話すのはルール違反だと言われて教えてくれないのだ」
面倒臭い兄弟だね。
「今この国で1番魔法に詳しい貴方が頼りなんだ。礼は何でも言って欲しい」
「それなら私の騎士を再び目覚めさせる方法でも調べておくれ」
「それは……わ、分かった」
彼の反応を見ればすぐに分かる。
こいつもヒューゴ君はもう死んでいると思っている奴だから、全く期待なんかしていない。




