騎士を愛する者より、怒りを込めて
私の気分は最低最悪だ。
ダリアが動かなくなって、こんなに悲しい思いをするならこの先、誰かと関わることなんてしないって思っていた。
でも、頭がおかしいと思える程に優しいヒューゴという男に会って触れ合っていくうちに、気付いたら彼のことを興味深いと思ってしまった。
閉ざしたはずの心の殻が、なぜか彼によっていつの間にか破られていたんだ。
ダリアから何度も言い付けられた「恋をしなさい」という言葉が、唯一この世を生きる糧で、彼の行動を観察し続けていけば、もしかしたらその「興味深い」の先に恋を理解することへの扉が開けるのではないかと思っていた。
書物や観劇で得てきた愛に関する知識を都度、頭の中から引き出しながら、彼と行動を共にしていった。
それで、彼と行動を共にしていけばしていく程、私の頭がおかしくなっていくのだ。
彼のせいで私は馬鹿になっている気がする。いや、責任転嫁は良くないね。
黄衣の魔女としての私を尊敬する彼のために、最初こそ私はすごい魔女であり続けた。あり続けようとしたのさ。
尊敬から来る愛というものがあると私は知っていたからね。
でも、いつからか分からないけれど、ふと別のことも考えるようになったんだ。
すごくない私も見て欲しいって。
格好悪い姿を見せるなんて本当は嫌なはずのに、それなのに私は無意識に彼へありのままを晒し始めようとした。
強い魔法を使う私も、病に伏せてへろへろになる私も、料理ができる私も、お化けが怖い私も、気分が良いと鼻歌を歌う私も、全て見て欲しいと思うようになってしまった。
そして、逆に彼にも同じようなことを求めたんだ。
いや、心の中でただ求めていただけだ。そんなことは口が裂けても本人に直接は言わない。言えない。
一体それで何の得があるのか私は説明できない。仮にそのような面倒な奴が近くにいたら、私なら距離を置くだろうね。
そうやって遠回しに自分で自分を面倒な奴と評しているのに、気付いたら彼にその「面倒な奴」を見せているのだから、毎夜寝る前にいつも、自分の愚かな行為を思い出して、馬鹿な私に嫌気が差すことを繰り返しているのさ。
ほらね。
ちょっと気分が悪い原因を心の中で語ろうとしたのに、核心に入らず、だらだらと彼のことに関する私のくだらない感情を思い出してしまった。最近はずっとこうだ。
私のこの状態そのものが恋だとするなら、非常に面倒で気に入らない。
ダリアに「やっぱり恋をするのはやめる」と言ってやりたい。
……まあ、言わないけれどね。
話を最初に戻して、なぜ私の気分が悪いのか。
それは目の前のベッドで寝ているヒューゴ君が目を覚まさないから。
彼の傷は全て癒やした。喉の傷もだ。
この国の王が、絶対に他人が癒やすことのできない魔法を詠唱したとか抜かしていたけれど、そんなこと私には関係ない。ヒューゴ君に関することであれば殊更だよ。
そもそも勝手に私の騎士に傷を付けること自体が――おっと。また話が脱線するところだった。
ヒューゴ君の傷を全て癒やして、見た目は完璧に元の彼に戻したのだけれど、彼は目覚めなかった。
どんなに彼をゆり動かしても、お伽噺の流れに乗っ取って口づけを交わしてみても、彼は眉ひとつ動かさない。
「ごめんなさい」
気分が悪い2つ目の理由は、ヒューゴ君のベッドの隣、今私が腰掛けているベッドで横になっている魔女もどきだ。
名前をリリフラメル・オルギーというこの女は、ゼンマイ仕掛けのように同じ言葉を繰り返して目を背けている。
「もう終わったことだから、謝る必要は無いと言ったよね?」
「それなら、なぜ怒った顔をする!」
怒りの沸点が低いのか、怒らせたつもりはないのになぜか私に噛み付いてくる。
両手両足が無く、芋虫みたいに這うしかできない彼女は、私か他の者の手当てを受けざるを得ない。
火傷も治療はしたけれど、全身火傷だらけだったので髪の毛なんか最初はなかった。それが3日経つと彼女の髪は身体から足先まで覆える程に伸び切って、それを切るのに労力がいるから腹が立つ。ボリュームもあってもっさりして切りにくいのも腹が立つ。髪の毛が青いことにも驚いて腹が立つ。
最も腹が立つのは、リリフラメルがヒューゴ君に抱き寄せられて頭を撫でられて、彼女と彼の雰囲気を良くするために私が歌わされたことだ。
仕方ない状況であったとはいえ、思い出してしまうとどうしても腹が立って上手く気持ちを整理できなくなる。
書物で読んだ知識を引っ張り出すと、こういうのを嫉妬と言うらしい。それで、私自身が嫉妬しているということに再自覚すると腹が立つ。
他人の名前を自発的に覚えたのは久しぶりだよ。
「怒ってない!」
リリフラメルを抱え上げて、横にあった椅子に座らせる。手足が無いからか軽く持ちやすい。
腹は立つけれど、長い髪を無闇に引っ張って痛い思いはさせないように、リリフラメルの髪をゆっくりと手で梳いてから2度目の散髪をしてあげることにする。
丁度私たちのいざこざを聞き届けていたセシルが、開いていた扉をノックしてから溜息をつきながら言った。
「貴方たち、またやってるの……?」




