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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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落命2

 幾ら俺たちに関心がないとは言え、モドレオの危機に際して黒い老人が俺たちを阻止するのではないかと思った。

 だが、この決定的な状況ですら彼は動こうとしない。




「あっ」


 代わりに俺の身体は自由になる。口も動かせる。

 そして、霞む視界でも天井が赤く鈍く光っているのが分かる。

 土や岩が融解して、どろどろとした粘度で下に垂れ落ちてきた。生身の俺が触れればただでは済まない。


 だから、黒鎧に身を纏うための詠唱をする。


『おい』


 詠唱は成功し、黒いもやが鎧という形になろうとしたその瞬間だ。

 首の辺りから、水分が垂れて行く感覚を感じた。


 詠唱に集中して鎧が形作られるまでは、その感覚の正体を目で確認する訳にはいかないと思ったが、喉奥からせり上がってくる鉄臭さでおおよその見当はついた。


 霞む視界で何とかモドレオに焦点を合わせるが、彼が此方に向けて何かの仕草をしていることぐらいしか分からなかった。

 それでも、その仕草が攻撃であることは容易に想像できる。


 どうやら首を切られてしまったようだ。




 喉に溜まり続ける血が邪魔で何とか辛うじてできる呼吸をしながら油断した後悔する。

 賢者の石は確かに壊れた。真っ二つに割れるのを見届けた。

 だが賢者の石の力が失われるのを確認していなかった。


 魔力石としての効力が失われるその一瞬前に、モドレオは俺に攻撃したのだ。自分の中で思い描いたあらゆることを実現できる賢者の石を使って、俺の首を切るという事象を発生させた。




 しかし、モドレオは俺に攻撃をすることに集中するあまり、天井から垂れ落ちる溶けた岩石に気付かなかった。

 モドレオの右半身は溶け落ちた熱の塊に包まれ、一瞬で腕が発火する。


『黒……盾……よ』


 口の中に溢れた血のせいでうがいをしているかのように、言葉が濁り出る。

 具現化した盾を上向きに掲げて、すぐさま走りモドレオとリリベルが溶岩に当たらないようにする。リリベルを引き寄せて、なるべくモドレオとリリベル2人を庇えるようにする。


 彼女は自分の傷など考えずに、すぐさま鎧越しにある俺の傷口に回復魔法を詠唱するが、なぜか血が止まらない。

 その疑問を答えたのはモドレオだった。彼は焼かれる痛みに叫び声を上げつつも、その痛みをまるで愉しむかのように俺とリリベルに語りかけてきた。


「無駄だよ……! 僕の考えた最強の魔法だ……もん! その傷は……治せないよ! あは……はっ!」


 天井から爆発音が鳴り、その瞬間に強烈な熱が一帯を支配する。

 このままでは全員が燐衣の魔女の火に焼かれて死ぬ。




 残念なことにここで命の覚悟をしなければならないようだ。

 リリベルの回復魔法を遮って、彼女に無理矢理黒盾を持たせて上から降る溶岩を守らせる。


「ま、待って!」


 リリベルの騎士としてこれまで働いてきたが、まあ、悪くはない思い出だった。


「私が必ずその傷を治す魔法を作る! だから行かないで!」


 この先リリベルのことを守っていけないのは、少し残念だが、セシルやエリスロースがいれば何とかなるだろう。


「そんなことは言わないでくれ! お願いだ!」




 心の中で放った言葉が、そのままリリベルに伝わってしまうのは気恥ずかしいが、はっきりと伝えられて良かった。

 盾を掲げるために両手が塞がったリリベルの頭を一撫でしてから、燐衣の魔女を倒すために1つ彼女にお願いする。


 歌を歌ってくれないか。

 そう、心の中から彼女の心に伝えて俺は盾の外に出る。




 すぐに天井を見上げると青い炎が触手のように蠢いていて、中心に塊が見える。

 青い炎に身が晒された瞬間、黒鎧が発火し、内側にいる俺は地獄のような苦痛を受ける。


 俺が焼け焦げて死ぬ前に、燐衣の魔女を止めなければならない。これ以上リリベルに苦痛を味合わせる訳にはいかないのだ。

 微かに見える視界を生贄に、俺は再び願う。


 青い炎よ消えてくれ。




 身体中に痛みを感じているので、今更目に痛みなど感じたところで、どうともないと思ったが、予想以上に耐え難い痛みが目の辺りを襲った。


 それでも顔を背けるつもりはない。




 青い炎が弱まり、炎は赤色へと変化し、やがて燐衣の魔女から吹き出る炎は弱まっていく。

 それでも炎を完全に消し止めることはできず、たまに身体の一部から爆発したかのように火が吹く。

 炎が弱まったことで着込んでいる鎧の発火は止まるが、熱は残ったままで既にきつい。


 手足を失い胴体だけになった彼女は、炎を触手のように動かすことで移動していたため、炎がなくなった彼女は力無く地面に叩きつけられる。


 それでもすぐに顔を上げて、彼女の怒号が採掘場を響かせる。


「その子供だ!! 殺させろ!!! その子供が!」


 彼女は怒りの声を上げる度に火が噴き上がる。俺はそれを抑えるために死ぬ気で彼女を見つめ続ける。


 リリベルとは言葉を話さずに通じ合えるが、燐衣の魔女とはそうはいかない。

 文字通り、声を振り絞って彼女に語りかける。


「彼にはもう悪行を行うことはできない。そして彼は既に罰を受けた」

「どけ! どかないならお前ごと焼き殺すぞ!!」


 俺の意図を汲み取ってくれたリリベルが、悲しげながらも歌を歌い始めるのが聞こえてくる。


「僕の……私の父と母を! 殺した! ()()()()()()! その様子を私に見せて! 私を無理矢理()()()()! お前を!」


「殺す!!!」


 俺のこれまでの人生で怒る人は何人も見てきたが、彼女の怒りは誰よりも熱く激しい。

 怒髪天を()くという言葉は、彼女に最も相応しい言葉であると思った。


 彼女の炎を抑え込むことに集中するため、黒鎧を脱ぎ解く。

 今集中するのはリリベルを守る黒盾の具現化と、燐衣の魔女の炎だけで良い。


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