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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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落命

 俺はただ何もできず、リリベルとモドレオの行動をただ見ていることしかできなかった。

 何度怒って、何度悲しくなって、何度気が狂いそうになったか分からない。


 これだけ目でリリベルに訴えかけているのに、彼女はもう俺を見ようとしない。

 俺が最も望まないことを彼女がしようとしていることを、俺の血の記憶と混じった彼女が理解していないはずがない。


 それなのに彼女は俺の命乞いをして、自らの服を脱ぎ捨て、これから何度もモドレオのために殺されると誓う。

 リリベルが過去にどれだけの仕打ちを受けていたか、俺の記憶を介して知っているはずなのに、彼女はそれでも自身を犠牲にしようとする。


 彼女が地獄の痛みを引き受けてまで犠牲になろうとするのは、彼女は自分が不死だと知っているからだ。不死であるリリベルと1度きりしかない人生の俺とで、命の尊さを天秤にかけ、あっさりと自分を犠牲にする。

 死なない彼女の命は、あまりにも軽い。




 リリベルのために何もしてやれない俺が絶望しかけていると、後から小さく声が響いて来た。

 か細く聞こえる控え目な声で聞き覚えがある。


「ヒュ……!」


 耳が澄ませる。


「ヒュー……!」


 少しずつ、ほんの少しずつ声が近くなっている。


「ヒューゴ、どこにいるの……!」


 それはセシルの声だった。

 燐衣(りんえ)の魔女の相手やノイ・ツ・タット国民の治療をお願いしたはずなのに、なぜ降りて来たのか。もしや燐衣の魔女は既に倒されたのだろうか。




 だが、彼女の声を聞いて俺はあることを思い出す。


 アルマイオと戦っていた時に、彼女が俺に詠唱してくれた魔法。

偽視罪(ぎしざい)』のことを。

 魔法をかけられた者の目を代償にすることで、視界に映る自分にとって最も都合の悪いものを消す魔法。


 それはセシルの魔力で詠唱された魔法で、俺の目を代償にする。


 リリベルの魔力だけが使えないこの空間で、口を動かせず詠唱することができない俺が唯一使えることができる魔法!




「燐衣の魔女が、土を抉って地下に潜って行ったの……!」


 辛うじて響いて来たセシルの言葉に、いよいよなり振り構っていられないと思った。

 賢者の石を使えるモドレオに気取られず、彼を無力化する方法を今すぐに思い付かなければならない。


 例えば、俺のたった2つしかない目で、彼の存在を消そうとしたとしよう。

 その場合、俺の目とモドレオが果たして等価なのだろうか。両目が犠牲になっても彼を無力化することに失敗した場合は、彼は中途半端に生き残り、賢者の石の力によって万全に戻ってしまうのではないか。


 そうなったら一貫の終わりだ。俺が魔法を使えると気付いたら、彼はすぐにでも俺を殺そうとするだろう。

 俺がまだ生きていられるのは、俺がリリベルを封じ込めるための鍵になっていると彼が思っているからだ。俺とリリベルが今までにいくつもの旅をしてきて、俺がリリベルから信頼を受けているということを彼は知っている。


 もっと確実な方法を考えなければならない。




 賢者の石の破壊をふと考えてみたが、難しそうだ。

 石そのものを消し去るには、石に込められた膨大な魔力ごと掻き消す必要がある。燐衣の魔女の炎を消すだけでも目に痛みが走ったのに、石を消すのに両目で賄い切れるはずがない。

 それでも魔力が込められた石そのものを消さなくても、ただ破壊するだけだったら俺の目でどうにかなるかもしれない。


 しかし、肝心の石の場所が分からない。

 あの白装束の下のどこかに隠しているかもしれない。

 目で見たものにしか干渉できないであろう『偽視罪』という魔法を確実に発動させるためには、賢者の石が俺の視界に確実に入っていなければならない。




 陽の光の当たらない肌寒さを覚える採掘場に、妙な暖かさを感じ始め、確実に燐衣の魔女がこの場所へ近付いていることを実感する。

 そしてそこで初めて、モドレオを無力化しても、この場で燐衣の魔女の炎に対抗するためには、少なくとも俺に目が1つ残っていなければならないと気付く。




「お姉ちゃん、もっとこっちに来てよー。殺せないよー」


 リリベルはふふんと鼻を鳴らす。


「ここで死のうと、そっちに行って死のうと同じだよ。」


 リリベルは恐らくモドレオと俺の距離を離そうとしている。

 モドレオを自分のところに近付けさせて、未だ俺に向けられている杭の切っ先を少しでも遠ざけたがっている。


 モドレオは秘めた殺人衝動を抑えることができず、急いでリリベルのもとへ駆け寄って行ってしまった。




『魔力は自然界に存在するものや、自身の体の中にある魔力管に流れる魔力を動力源としているんだ』


 リリベルの声を聞いている内に、不意に初めて彼女に魔法に関する知識を教えてもらった時のことを思い出す。


『通常は肉眼で確認できるものではないけれどね』


()()()――』


 走馬灯のように彼女とのこれまでの旅路を古い記憶から追いかけていく。

 今度はオークの谷で白いドラゴン、アギレフコが放った白い結晶の魔力を吸い上げるリリベルを思い出す。




 モドレオが躊躇なく手に持つ杭を彼女の胸に突き刺してしまった。

 彼女は苦悶の表情を浮かべて、呻き声を上げながらも、モドレオを両手で優しく迎え入れる。


 モドレオは苦しむリリベルを見て更に興奮し、彼女を殺すことに夢中になってしまい、彼女が何をしているのか全く気にしていなかった。

 リリベルは胸から鮮血を噴き上げながら、モドレオの司教帽を外して、彼の頭を優しく撫でる。


「なるほど……。ここにあったのだね」




 セシルに『偽視罪』という魔法をかけられているという()()()()を、エリスロースの血の魔法を通して、()()()()()()()()


 魔女の中でも1、2を争う程の魔力量を持ち、魔力の扱いに長けていて、魔力の流れに敏感な彼女は、モドレオの賢者の石がどこにあるのか、()()()()()




 彼女と一言足りとも言葉を交わしていないのに、俺の考えている何もかもが彼女に伝わっていたことを俺は知る。


 司教帽が取り除かれたモドレオの頭には、賢者の石が埋め込まれていた。髪の毛が無理矢理どかされたように肌に直接埋め込まれた魔力石が、痛々しく表出して小さく輝いているのが()()()


 彼女はモドレオに何度も杭を突き立てられながら、急に俺の方へ視線を合わせて、目一杯の笑顔を見せる。




 彼女の笑顔を見てから、俺はモドレオの頭に埋め込まれた石だけに視点を集中し、願う。


 彼女の笑顔のために、賢者の石よ。


 真っ二つに割れてくれ。


 願うと共に、石はガラスが割れた時のような音を立てて、光を散乱させた。

 叶った願いの代償として、リリベルの表情が一瞬でぼやけ、目で見える世界があやふやになる。


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