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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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終点4

 頭で彼の言葉を処理するにはとっくに限界は超えていた。

 微睡む者(ドーズマン)の夢も、列車に乗ったことも、オークやアギレフコとの戦いも、ミレド王とフェルメア王妃との出会いも、何もかもが彼によって仕組まれていたことだと彼は言う。


 信じられる訳がない。

 この無邪気な子供が?

 全く信じられない。


 そう思っていても、知ったかぶりでは答えられないような情報をいくつも述べるモドレオのせいで、最後には否定することができなかった。


「なるほど。君は私を玩具にして遊ぶために、それだけ努力したのだね」


 リリベルの喋り方は、俺がよく知る彼女と同じであった。

 彼女はエリスロースの血を飲み、俺やセシルの記憶を介して自身の記憶を取り戻したようだ。


 ほんの少しだけ、ほっと安堵する。


 彼女がいつもの彼女に戻った。リリベルの記憶が戻ったのなら、彼女がこの場で戦い負けることはない。

 俺が万が一に死んだとしても、モドレオの暴力に屈することはきっとない。


「お姉ちゃん! そうだよ! 僕、すっごく頑張ったんだよお!」


 それなのに彼女は魔法を放つ素振りを一切見せない。

 なぜ魔法を放たない。


 彼女は常に俺の顔を見つめ続けていて、俺の心を読み取ったかのように、問いに答えた。


「ヒューゴ()()()。私は君の目の前にいるそこの彼によって、私の魔力を使った魔法は詠唱できないみたいなんだ。ごめんね」


 モドレオの言葉を一旦無視してから、彼女は歩みを止めてその場に座り込んでしまった。


 魔法が使えないって、一体どういうことだ。


 そう思ってから、すぐにモドレオが賢者の石を持っていることを思い出した。

 着ていた黒鎧が無理矢理剥がされたのも、彼女が魔法を使えないのも、モドレオの賢者の石の力に依るものだとすれば納得はいく。賢者の石の力によってこの空間ではリリベルの魔力を使った魔法は詠唱できない。

 できれば他の理由が思い付きたかったが、それが自然な話だと思う。


「君が賢者の石をどれだけ使い込んでいるのか知らないが、君の夢の実現にとてつもない魔力を使っている気がするね」

「それはねそれはね! 死体を使って賢者の石の魔力を補充しているからだよ! 生き物ってね。死んだ後もしばらく身体に魔力が残っているんだ! 魂って言うのかなあ? とにかくねえ。死体に残っているその魔力がとっても良い魔力なんだよお! あ、知ってる? 人の血ってしょっぱいんだよー」


 モドレオの言葉で今まで頭の片隅にあった疑問が少しずつ解けていく。

 オークの谷の谷底近くにあった人間やエルフなどの養殖場は、モドレオの悪趣味が達成されるためのものだけではなく、賢者の石の()()になっていたのだ。

 だから、あんなにたくさんの命があったのだ。

 いくつもの人間の体を継ぎ接ぎした人間もどきは、モドレオの悪趣味が極まった末に生まれた怪物。


「興味深いね。君は人や動物に残った最後の輝きの証すら奪っていくのだね」


 リリベルが本当に興味があることには、興奮して語りかける。

 だから、彼女が放った「興味深い」は嘘だ。

 彼女が知りたかったのは賢者の石の魔力量だろう。

 だが、そう簡単に枯渇しないことを知ってか、彼女は諦めたように悲しげに次の言葉を吐き捨てた。




「ヒューゴ君が私をどう思っているのかはよく分かるのだけれど、今の私には、私自身が君のことをどう思っているのか、よく思い出せないんだ。でも、それでもね。なぜだか私は君に長生きしてもらいたいと思うんだ」


 最初は俺に目を合わせて、その次はモドレオに目を合わせる。


「君と喜んで遊ぼう」


「だから、そこにいる人は、この島から追い出してくれないかい?」


 馬鹿なことを言うな!


 俺が最も望まない彼女の言葉に、全力で否定したいのに、声は出ない。

 否定を表す表情すら許されない。


「それならー。服を脱いでよ! 綺麗なお姉ちゃんの肌を切り裂いた時の肌や臓物が動く様を見たい! 死んでいく瞬間の表情とか青ざめていく身体を見たい! 見たいよ!」


 ぴょんぴょんと跳ね回るモドレオは無邪気にお願いする。


 いや、お願いではない。


 飛び跳ねているが、彼は手に持った杭を俺の首元に向けたままだ。確実に脅している。


 コイツは人間ではない。人間と思えない。動物でもないし魔物でもない。

 人間の皮を被った悪意の塊だ。


 彼が他人の感情を読み取ろうとする気配を感じられない。もしかしたら感情を読み取っていてながら、わざと悪意をぶつけている節すらある。




 アルマイオが気絶する前に言った意味深な言葉を思い出し、その意味が少しだけ分かった。

 モドレオを守ると言い張っていた彼の心は、大切な弟を守るという意味はもちろん含まれているが、それと同時にモドレオの暴走から他の人々を守るという意味でもあったのだろう。


 モドレオが敵と判断した者をアルマイオが皆殺しにしているのは、戦いで生き残った者たちがモドレオの悪意に晒されないよう、彼なりの慈悲でもってそうしたのだ。


 今なら理解できる。

 クレオツァラがアルマイオのことを誤解していたと言ったが、彼は誤解なんかしていなかった。

 アルマイオは多分、今も昔もクレオツァラの信じている彼のままだ。


 アルマイオは強い騎士だが、それでも彼の実力を持ってしても全てを救えない。救えないから賢者の石を使って人を操ろうとするモドレオより先に人を殺す。

 救えない彼のせめてもの救い。




 全てが繋がる。

 苦しまないように敵を楽に殺そうとする彼の意に反して、昼間の港で生捕りにされた侵略者が鋸引きの刑という残虐な刑に処されたのは、人を操るモドレオの仕業だ。


 戦いの中で巻き起こるノイ・ツ・タット国民の歓声はモドレオの声だった。




 リリベルは『魔女の呪い』によって死なない。

 だからアルマイオは殺さなかった。

 そして俺たちがリリベルを奪い返しに来るはずだと分かっていて、説得に応じずあえて戦った。彼女を知る俺たちが死ねば、その後の彼女の悲しい結末を知らずに済むから。それが彼があの時に唯一できた救いなのだ。


 モドレオの狂った世界を守るため、そして狂った世界に巻き込まれた人たちを救うために、アルマイオは人を殺そうとする。




「そうだね。裸の方が私が苦しむ姿をよく見えるだろうね」


 そして、アルマイオが守っていたモドレオの狂った世界に、リリベルは足を踏み入れてしまった。


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