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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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終点

 リリベルのもとへ近付こうとした時に、彼女の後ろにあった水晶から突然2人の人物が飛び出て来た。飴のように粘性を持って出現し、すこしの間を置いてから形がはっきりとし始める。


 1人は白装束に白く丸い形をした司教帽を被ったモドレオ公王。彼は不敵な笑みをこぼしながら俺と目が合う。


 もう1人は初見だ。

 老人だった。ひどく生気の無い顔色に、二人羽織でもしているのかと思える程に強烈な猫背。

 顔以外は真っ黒なローブに一切包まれていて、見た目からでは身体のバランスが掴み取り辛い。

 黒のローブの下からは何か黒い液体が水漏れしているかのように、地面に零れて染み広がっている。


 聖堂の扉を開けっ放しにしているため、この地下の採掘場まで風が通って来ているようだが、その風に乗ってこの空間を循環して再び俺の鼻へ通った時に、強烈な死臭に貫かれる。不快以外の何物でもない。

 十中八九あの爺さんが発している臭いだ。


燐衣(りんえ)の魔女は倒せたー?」


 開口一番、リリベルのことではなく燐衣の魔女について言及するモドレオに、決して無邪気なだけとは言い切れない居心地の悪い邪悪さを感じた。


「いえ、今聖堂の城壁で止まっているところです。今、この国の騎士たちが必死にここを守ろうとしています」

「そうなんだー」


 そうなんだー?

 質問をしておいてまるで興味の無い返答に、俺は自覚できるぐらい眉をひそめてしまう。


「きっと、モドレオ公王が上にお戻りになって皆を鼓舞していただけるだけでも、皆が燐衣の魔女に立ち向かう勇気を湧かせると思います」

「へー」


 やっぱりモドレオは燐衣の魔女に興味は無い。

 それどころか、国民も騎士たちにも興味が無い。彼らの死にまるで気にかけている様子が無い。

 上は地獄だということを分かっていないのか?


 モドレオの味気無い返事に、更にどう言葉を続けていけば良いか分からなかったので、単刀直入にリリベルのことを尋ねてみる。

 無礼だろうと何だろうと、右手に持つ黒剣は構えたままにする。


「なぜ、黄衣の魔女を連れ去ったのでしょうか?」


 その一言を待っていました言わんばかりに、モドレオは屈託の無い笑顔に変わる。

 国民や燐衣の魔女の話題よりも、彼が1番話題にしたかった内容はリリベルのことだと分かった。その時点で彼に対する俺の心証は、軽蔑の念がほとんどを占めている。


「黄色いお姉ちゃんにはね、ずっとここで僕と遊んでもらうんだー」

「えっと……。遊ぶのなら無理矢理に連れて行くことも無かったのでは……」

「んーん。()()()だよ。ずっとー」


 モドレオは首を横に振って、座り込むリリベルの隣に自分も座り込んで此方を見やる。


「お前のくだらぬ飯事(ままごと)を見るために呼び出されたのなら、俺は帰るぞ」


 そこで初めて、ずっと立っていた黒い老人が言葉を放つが、まず尋常では無い違和感が耳に残るところに気が引っ張られた。

 言葉の音の源が彼の口からではなく、全く関係の無い所から聞こえるようで気持ち悪い。


「おじいちゃんの魂を返して欲しくないのお?」

「……ぐぐぐ、返す気など無い癖に。(はらわた)が煮え繰り返りそうだ」


 一体何の会話をしているのかまるで理解できなかったが、帰ろうとしていた黒い老人はモドレオの言葉で諦めたようだった。

 モドレオは魂とやらを返す気など無いと分かっているようなのに、あの老人にとってそれが余程大切な物なのか、彼はここから去ることをしなかった。

 あの黒い老人が戦いに参加するとなると想定外だ。一見して騎士ではなさそうだし、人間とも思えない。


「あ、ごめんねえ。話の途中だったねー。ずっと遊ぶってお兄ちゃんに言ったら断られると思って、ちょっと強引に連れて来ちゃったんだあ」


 今、そのようなことを考えている場合ではないことを彼は理解できていないのだろうか?


「僕は黄色いお姉ちゃんとずっとここで遊びたいけれど、それだとお兄ちゃんが可哀想でしょ? だから鎧のお兄ちゃんだけは特別にお姉ちゃんと一緒にいさせてあげようかなって思ったんだ!」


 それに、彼との会話で違和感を覚えた。どこかで聞いたことのあるような言葉だ。以前にも聞いたことがあって、今日も聞いたことがある言葉。

 だが、今は頭の中に答えがはっきりと出ず、もやで一杯だ。


「遊ぶのは構いませんが、一生と言うのは困ります。どうか寛大な心で許していただけませんか。そして、まずは上にいる燐衣の魔女を倒してから、この話を改めていたす訳にはいかないで――」


「この話を改めていたす訳にはいかないでしょうか」と言うつもりだったのに、突然喉の奥から言葉が出せなくなってしまう。

 正確には舌や空気を使って音を出しているはずなのに、その音が何かに吸い込まれて言葉として出力できなくなっているような感覚だ。

 それどころか、俺が身に纏っていた鎧や剣が、俺の意志とは関係無く無理矢理に霧へと変貌させられた。

 一瞬で俺は生身の状態になり、兜から解放された視界はよりはっきりとリリベルを捉える。


 言葉を出せないどころか、身体も動かせない。全てその場に固定されたように動けない。俺の今の体勢に合わせて、一切の余裕なくすっかり収まるような透明な型に押し込められたようだ。

 動かせるのは瞬きと口の動きと呼吸だけ。


 声も出せないし、身体も動かせない。

 見えるのはリリベルとモドレオ、黒い老人がいる景色だけだ。


 モドレオは突然、何もなかった掌から1本の細い杭のようなものを生み出して、持ち替える。

 杭を手で握り固めたその構えは何かを突き刺そうとする時の構えと同じだ。


「やめろ!」と大声で叫びたかったが、放った言葉はただ息を吐くという結果に終わっただけだった。

 既に俺は怒りに支配されていて、再び身体を動かせると分かったら、モドレオの四肢を切り落としてやると思っていた。

 無情にも俺は、これから起こるできごとにただ見ていることしかできなかった。


「お姉ちゃん、起きてー!」


 そう言うと、モドレオはただ無邪気にリリベルの頬に杭を突き刺した。


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