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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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爆炎3

 エリスロースから聞かされた血の小瓶のことを、一緒に聞いていたリリベルに良く言って聞かせる。自身に危険が及んだ時は躊躇うことなく飲むようにという訓告に、彼女は無言で何度も頷く。俺の鎧姿に驚いて声が出せないとみえる。

 小瓶には紐を通すための穴があったので、それを付けて彼女の首にネックレスのように掛けてやる。転んで割ってしまわないか心配だ。


 燐衣(りんえ)の魔女がここに来た目的を達成するために、最も分かりやすい成果になるものはモドレオ公王の死だろう。

 争いを生んでいるのはこの国の指導者であるという思い込みによって、奴は怒りと火を噴き上げながら、モドレオを探して島中を彷徨い始める。

 そして、その道中で人々は死んでいく。唯一の逃げ場になるであろう海へ出ようにも、港が燃えていて近付けない。港以外の海岸線は崖になっていて、飛び降りた時に怪我をすることは必至だ。生きて飛び込むことに成功したとしても、その後生き延びれるかは保証が無い。


 国民は上へ向かって逃げ出す他無いだろう。


 リリベルの護衛にはクレオツァラとエリスロースを選んだ。

 現状、騎士との戦い方を最も良く知っているクレオツァラと、人を殺さずに操ることができるエリスロースが、俺たちとノイ・ツ・タット、双方に犠牲をなるべく出さずに済みそうな組み合わせだろう。


 そして、火元の確認にはセシルを呼んだ。もし、火元が燐衣の魔女であるなら彼女が必要だ。

 セシルは瞬きをする毎に誰彼構わずに命を奪うという『魔女の呪い』を持つ魔女で、その大味すぎる力はこの狭い島で使うと大変な被害を生むだろう。

 だが、彼女はこの場にいる者の中で、唯一相手に近付かずに攻撃できる手段を持つ者だ。「近付かずに」とは魔法も含む。魔法攻撃も物理攻撃も、その攻撃が必ず相手に到達しなければダメージは与えられない。

 しかし、彼女の瞬きはそれを必要としない。瞬きという動作1つに対して、死という概念が1つ無作為の誰かに送られるのだ。彼女と攻撃を受けた相手との間には、魔法も物理のやり取りもないので、攻撃を与えるということに関して彼女は確実にこなしてくれる魔女なのだ。


 ただし戦ってもらうなら、なるべく国民が近くにおらず、燐衣の魔女だけがいるような場に持ち込み必要がある。そこが難しいところでもある。


 すると、彼女は俺の心配ごとに首を振って反論した。


「瞬きをしなくても相手を殺す手段は、掃いて捨てる程あるわよ……」


 物騒なことを言っているが、それは心強い。尚更火元の確認に、彼女が必要だと思った。


 俺とセシルは家を出て、路地を進み抜く。

 たまに後を見ると、彼女は青緑色のマントに付いたフードを深く被って、そこから黒髪が時折揺れ出させている。

 そもそも目蓋を縫い合わせているのに、どうやって歩くことができるのだろうか。


「本来は弟子たちの目を借りて、外の景色を見ているのよ……。弟子の目が無くても、気配とかで何となく歩けるわ……」


 それなら、今の状況では走ったりすることは容易では無さそうだな。

 俺は彼女に一言「セシル、手を」と言ってから、こちらから彼女の手を引く。視界を乗っ取ってもらっても良いが、今の俺は全身を鎧で包んでいる。兜はいくつもの縦に入った隙間から外の景色を覗くことができるが、はっきり言って視界は悪い。

 それなら彼女の手を取って、俺が進路を誘導するのが良いだろう。

 抵抗されると思ったが、彼女は特に抵抗することなく、素直に進んでくれた。


「リリベルがこれを見たら、殺されるかもね……」

「是非、秘密にしてくれると助かる」


 彼女はくすっと笑っていた。どうやら料理の件の怒りは収まってくれたようで安心した。




 一歩踏めば大通りに出るところだが、その前に路地から大通りの様子を窺う。無数の悲鳴が一層大きく俺の耳に入ってくる。

 人々は皆、上へと走って行く。これがただの火事であるなら、火消しのために水を持って向かう者がいてもいいはずだが、そのような者は1人もいない。彼らの手に負える火では無いのだろう。

 火の手から逃れるために家財を背負っている者もいるが、その大きさ故に速度は遅い。ある者は焼けた服が肌に貼り付いて、それでも呻き声を上げながら走っている。外傷に関しては回復魔法をかければ治るだろうが、それまで火傷からくる地獄のような痛みを我慢しなければならないと思うと、絶望でしかない。


 ゆっくりと路地から身を乗り出して坂の下の方を見るが、大通りは渦を巻くような道の作りになっているため、遠くまでは確認できない。

 セシルの手を引き、ゆっくりと大通りに出て、右側の家々の壁伝いに坂を下りて行く。


 大通りに出てきた時点で熱をより感じるようになった。坂を駆け上がる風が熱を伴いながらこちらに襲いかかって来ているのだ。火傷するのも当たり前だ。

 火元の強烈な熱のせいで、空気の流れがおかしくなっているのだろう。


 商店が建ち並ぶエリアを抜けると、間も無く港の方が見えた。俺たちが最初に集まった酒場の屋根はここから見ることができるが、既に全てが炎に包まれている。

 酒場のすぐ下は港なのだが、港の開けた場所は火の海になっている。そこから風に乗った炎が潮の満ち引きのように坂を上ったり下ったりしている。


 そして火の海の波に乗るかのように1人の女がゆっくりと歩いて来ているのが分かった。

 胸に長い槍が突き刺さっている。奴の背が槍の長さよりも無いためか背中側から突き出た槍先が地面に当たって、ガラガラと音を出しながら引きずっている。


 その顔は見覚えのある顔で、(まさ)しく燐衣の魔女であった。


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