正義5
魔力で作った槌とは言え、たった1度の攻撃でアルマイオの赤鎧が砕けるなんて思ってはいけない。
次の攻撃のために肉体全てを全力で稼働させなければならない。
呼吸なんかしている暇はない。
アルマイオに叩きつけた肩回りの鎧が、明らかに砕け散っていることが音で分かる。
それ程の衝撃を受けたアルマイオが一瞬だけ怯み、動きが僅かに鈍る。
それでも反撃の手を緩めない彼に向けて追撃する。一手遅れた彼に対して、俺は先手を取ることができる。この一手が重要なのは分かり切っている。
俺の筋力で振り回すには重すぎる槌を、身体の限界など己の肉体に聞かずに無理に振り回す。
力を入れるために食いしばっていた歯も、自然と口が開いて腹の底から声を出すように叫んでしまう。
叫び声は聖堂内で良く反響して、俺の耳に再び返って来るので少しばかり不快な気分になる。
2度、3度と槌を本気で人を殺すために力を込めて叩きつけるが、そのどれもがアルマイオに有効打になったようだ。
彼は槌を叩きつけられる度によろめき、自身の立つバランスを保つために防戦一方になる。
彼は反撃に手を回せない。
そうして槌を叩いて叩いて叩きまくった結果、アルマイオの赤鎧は見るも無惨に凹んでいたりひび割れていたりして、特に最も攻撃を集中させた左肩付近は、完全に彼の身体が露出している。攻撃を集中させたからか、鎧だけでなく彼の左腕にも傷を負わせたようで、肩から下が力無く垂れ下がっている。
それでも彼の膝が地に着くことは無く、余りの頑丈さに思わず俺は一息入れてしまう。その一息が問題であった。
たったその一息の間に、アルマイオが体勢を変えて槍を俺に突き刺そうとする。
しかし、彼の槍捌きに応えるように、クレオツァラが割って入る。槍の軌道は明後日の方向へ変わるが、彼の強化魔法の影響を受けた剛腕で槍を再び薙ぎ払うと、まるで塵でもはらうかのようにクレオツァラを簡単に吹き飛ばす。
クレオツァラはそのまま横に飛び去り、長椅子の瓦礫の山に身体を埋める。
彼の身が心配で彼の方へ視線を動かしそうになるが、すぐに思い直して今はそちらには目を向けないことにする。
彼が身を挺して、俺を助けてくれたのだ。彼の行動を無駄にしてはいけない。
もう今日だけで一体何度彼に助けられたか分からない。いい加減に彼の期待に応えないと、あまりの不甲斐なさにきっと俺自身が自分に怒ることになるだろう。
アルマイオが振り切った槍を再び戻して体勢を整えるまで、十分に時間はある。
槌を振りかぶってから、鎧から露わになった生身目掛けて振り落とす。
今まで聖堂内を響かせた金属音は聞こえず、代わりに鈍い打撃音が響く。それでも打撃音は聖堂内に響く程の音で、それ程の音を出しながら叩きつけられた彼の肩がどうなっているのかは、わざわざ想像する必要もない。
『ッ覇震!』
普通であれば悲鳴を上げてその場に蹲る程の攻撃を、アルマイオに与えたはずだった。
だが、それでも彼は止まらなかった。
アルマイオから発せられる衝撃波は、黒鎧を通り抜けて俺の身体を直接叩きつける。槌が全身に一気に叩きつけられるような感覚で、衝撃で肺の空気も無理矢理押し出されるから、痛くても声が上げられない。
彼は例え目が見えなくなろうと、腕が千切れようと、戦いを止めない。
彼の覚悟はそれ程のものなのだ。
自分の正しいと思える道を進むために、意地でも俺たちを殺そうとする。
霞みかけた視界を目の当たりにして、一瞬だけ彼の意地に負けそうになる。
それでも、無理矢理舌を噛んで気つけをして、視界を取り戻す。
意地があるのは彼だけではない。
「アルマイオに意地を通されて、リリベルを救うことはできませんでした」という結果になってみろ。
きっと彼女に叱られる。
槌の柄頭を床に突き立て、衝撃波で浮き上がりそうになる身体を抑えて、極力後ずさらないようにすることができた。
アルマイオとの距離が少し離れてしまったが問題ない。
すぐに走って寄ってもう1度彼に槌を叩きつける。
『極光剣!』
一瞬でアルマイオの持つ槍が光に包まれて、彼は横に薙ぎ払うために身体を固める準備をする。
筋力強化の魔法のおかげで、その動作は一瞬の内に完成する。
後は走り寄る俺に向けて、槍を振り抜くだけだ。
彼は意地を通しきるだけの力がある。
目の前の光と死にかけている俺とクレオツァラがその証拠だ。
俺は、俺だけでは意地を通しきることはできない。
だから他人の力を借りて俺は意地を通す。
先程、魔法に対抗しようと自問自答していた時と同じだ。
俺は何をするにも実力はないし、知識も不足している。
弱い俺は、今は誰かに助けてもらわないと生きていけないのだ。
『偽視罪……』
そんな弱い俺と友になってくれる騎士がいる。魔女がいる。
弱い俺を騎士にしたいという魔女がいる。
弱い俺に力を貸してくれる者たちに、無様でもいいから期待に応えたい。
聖堂内に響き渡ったセシルの小さな詠唱が、確かに耳に入る。
その魔法をかけられた者は、自分の目を代償に、視界に映る自分にとって最も都合の悪いものを消し去る。
消し去りたいのは、アルマイオではない。
彼が放つ光だ。
そう頭の中で考えただけで、槍に纏っていた光がその場で霧散する。
彼は目に見えて動揺していた。
その一瞬の動揺を盾に、両手で持った槌を武器にして、俺は残りの離れた距離を縮めて、力の限りに槌を振り抜く。
胴体のど真ん中に叩きつけられたアルマイオは、反動で少しだけ浮き上がるが、それでも俺に向けて槍を構えようとした。
だが、すぐに彼は槍が手からするりと抜け落ちて、膝から崩れ落ちて横たわってしまう。
彼の意地はそこでやっと終わった。




