正義
「アルマイオ、私だけであればお主に敵うことはないが、3人でかかれば劣勢は免れぬぞ」
クレオツァラはアルマイオにそう語りかけながら、後ろに回り込み、鎧のヒビを入った箇所に剣の柄頭を打ちつけて、鎧を更に破砕する。
金属の甲高い音が鳴り響くと割れた鎧の破片がアルマイオから零れ落ちた。彼の背中が露わになる。
「まさか目を見えなくする姑息な魔法を使う奴がいるとは思わなかった」
「アルマイオさん、貴方は外の世界を知らなさすぎたんだ」
彼がセシルのことを知っていたなら、きっとこの戦い方にも変化があっただろう。
アルマイオは、全く攻める素振りを見せず衝撃波で簡単に吹き飛ばされてしまう魔女に油断し、倒す優先度を最も低くした。それが彼の敗因だ。
両手に持つ槌を今度はアルマイオの足に叩きつける。
視界を奪われた彼は、どこから攻撃が来るかを予想することはできず、なす術も無く片膝を地に着ける。
俺の攻撃に合わせて、今度はクレオツァラがアルマイオの割れた鎧の隙間に剣を差し込もうとする。
『筋力強化!!』
アルマイオが更なる物理攻撃の向上を計るが、クレオツァラの剣は既に彼の肉体に狙いを定めている。
彼の詠唱の効果が発揮する前にクレオツァラの攻撃は達するはずだと思った。
『筋力強化!!!』
クレオツァラの「何!?」という一言と共に強烈な風と打撃が俺の身体を襲う。
ここで、身体能力を強化する魔法を重ねることに意味があると初めて知った。
先程もらった蹴りとは比較にならない威力で、黒鎧が悲惨な音を立てながらまた俺は後ろへ吹き飛ぶ。それでも今度は槌を地面に立てて、吹き飛ぶ勢いを殺し、何とか無様に地面に横たわるようなことにはならなかった。
すぐにアルマイオの位置を確認すると、すぐ近くにクレオツァラが倒れていた。
考える間も無く、すぐにアルマイオの元へ走って槌を再び叩きつけようとする。俺が攻撃している間にクレオツァラが起き上がってくれることを祈ったが、生身の彼はもろにアルマイオの攻撃を受けたようで、剣を杖代わりにしてどうにか膝立ちするのが精一杯そうに見えた。
俺の攻撃に対処しようと、アルマイオが同じような攻撃を繰り返したら近くにいるクレオツァラに被害が及ぶかもしれない。そう思った俺は、槌を思い切りアルマイオに投げ付けて、クレオツァラに肩を貸して聖堂の城壁側まで下がる。
アルマイオはもちろん目が見えていないため、槌にぶつかると反撃のために彼は再び槍を四方八方へ振り回し始めた。
身体能力を向上させた彼の槍捌きは、大きな風切り音と時折地面にぶつかった時の衝撃で破片を周囲に撒き散らしていた。
クレオツァラを気にかけようとしたが、彼はアルマイオから目を離さないままで、自分がどのような状態になっているのかをまるで関知する気が無い。
彼の右腕は力無く垂れ下がっており、明らかに負傷している。息も切れ切れで良くない状態であることは確かだ。
「アルマイオ。強化魔法は使えば使う程、自信の肉体に負荷を与えることは知らぬ訳では無いだろう」
クレオツァラの声で、俺たちがどの位置にいるのかアルマイオに知らせることになったので、内心冷や汗が止まらなかった。
だが、彼がすぐに攻撃を仕掛けることは無く、片手に持った槍を構えたまま何か逡巡しているように見える。
一体何を躊躇っているのだろうか。
兎に角、位置を悟られた以上、移動しなければならない。
そして、クレオツァラの肩を持ち上げた時に、はっと気付く。すぐ後ろにある城壁が兜の隙間から見える景色に入る。
アルマイオは恐らく、自分の攻撃で国民やモドレオ公王を守る城壁を壊さないかを懸念しているのだ。
身体能力を底上げした彼が剣技を放てば、城壁が無事では済まないことを彼は知っている。
それならとクレオツァラを連れて静かに移動する。
騎士として、俺の性格としてこのような卑怯な手はできれば使いたくなかったところだが、今はリリベルのために幾らでも汚い手に染まることはできる。もちろんその後は良心が痛むこともセットで付いてくるが。
ゆっくりと城壁に沿って歩いて、足を着けた場所は城門前だ。開いた門の奥を見ると、数多くのノイ・ツ・タット国民が避難していた。
アルマイオは目が見えず、城門前から下手に移動できないが故に、攻撃されるまでその場を動かなかったが、彼にとってはそれが失敗だった。
俺とクレオツァラの攻撃と、彼自身の反撃が、彼の位置を少しずつ城門から離していたのだ。
クレオツァラは城門前にいることを認識して、友であるアルマイオに説得を図ろうとした。当然だが、俺に説得を止める気はない。これ以上の血が流れないのであれば、それが最も良いことであるからだ。
「アルマイオよ。今、私は城門の前にいる。開いたままの門へ向けて、お主が攻撃を仕掛ければ門の内側にいる民がどうなるかはわかるだろう。この戦いを止める気は無いか?」
アルマイオの構えが解かれて、彼はその場に立ち尽くした。戦意は喪失してくれたと思って、少しだけこちらの緊張を解くことができそうだ。
そう思った時だった。
「駄目だ。敵は何があろうとも、必ず殺す。モドレオ様のために」
アルマイオのその言葉から、彼の戦意がまるで喪失していないことは明らかだった。
彼は降ろしていた槍と剣を再び構えると、両方が煌々と光り輝き始めた。大きな船1隻を軽々と吹き飛ばす剣戟を放とうとしている彼に、正気を疑わざるを得ない。
「馬鹿な! アルマイオ! 待て、攻撃するな――」
『極光剣!!』
クレオツァラの叫びも虚しく、槍と剣に光を保ったままアルマイオが俺たち目がけて突撃してきた。
視界が光に包まれたと同時に、身体が強烈な衝撃によって後ろへ吹き飛ばされて城門内に押し込められる。




