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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
プロローグ
13/731

魔女の冠

 宿屋の戸を開けると、周囲には松明を持った町人たちが何十人と待ち構えていた。


「お前……えーと、リリベルは後ろにいてくれ」

「君は今、私の魔力でできた魔法の鎧に包まれている。物理攻撃だけでなく、魔法攻撃にも耐性があるはずだよ」


 リリベルは俺の背に隠れながら、鎧の説明をしてくれた。

 魔法の鎧だからなのか、重さは全く感じない。鎧の見た目の重厚感から想像できる重さを加味して手足を動かそうとすると、あまりの軽さに想像以上に手足が動いてしまってぎこちないぐらいだ。


「血は、我々は争いを求めている」


 町人たちの内の何人かがそう呟くと、それぞれの口か目か耳か、赤い血が多量に出始める。こう何人も奇怪な現象を起こすと


流血(ノクタ・タ)


 それぞれの詠唱から生み出された血の波が重なり合って大きな波へと変貌する。

 鎧とはいえ、水分である血の魔法が防げるのか不安はあるが、リリベルの言葉を信じて身を守るポーズを取る。


 血の波が一斉に俺たちへ目がけて襲いかかる。


 しかし、その一滴たりとも俺たちにかかることはなかった。

 鎧に血がかかる瞬間に、まるで見えない壁があるかのようにその手前で血の波が跳ね返る。


 思わず、すげぇと呟いてしまった。


「魔力による防御力は、魔力量と魔力の精度に依存するんだ。魔力量は私が存在する限り気にすることはないが、魔力の精度については君の腕にかかっているから、頑張ってね」

「魔力の制御なんてやったことないのだが」

「大丈夫。防御するというイメージを持ち続けていれば、その内扱いは慣れてくるよ」


 緋衣の魔女はあっと呟いた後、更に続けた。


「相手が私以上の魔力量と君以上の魔力精度を持つ者だったら、防御が破れる可能性もあるから気を付けてね」


 魔法を初めて扱う人間の魔力精度なんてたかが知れているのだから、防御を破られる可能性大ってことじゃないか。

 もしかして今防御できたのは奇跡だったりしないよな。


 俺はすぐさま振り返りリリベルを両腕で抱え上げその場を逃げた。

 俺でも驚くほどの脚の軽さで、鎧を着ていない時の走り以上の速さで町人の間を駆け抜けた。危うく足がもつれて転ぶところだったが何とか堪えた。リリベルは若干恐怖に引き攣った顔をしている。


「その速さで転ばれたら私の身体がズタズタになりそうだね……」

「き、気を付ける」


 荷物を背負ったリリベルを抱えているのに、重さを全く感じさずに走ることができた。

 どうやら魔力で鎧が軽いだけかと思ったら、俺の肉体自体も強化されているようだ。


散血(フィレマ・タ)


 血の塊がそのまますぐ横を通り過ぎて家の壁に殴りかかった。壁はひしゃげていて、相当な威力であることが窺える。

 そのまま家の壁伝いに走り、再び暗い路地に潜り込む。


「このまま一気に走って町を出る! 掴まっていろ!」

「うん」


 さっき転びかけたことがよほど怖かったのか、魔女はしおらしくなっていた。

 だが丁度いい。静かにしてくれていれば走るのに集中できる。






 正直、町を出るのは余りにも簡単だった。

 道中に攻撃を受ける場面は何回もあったが、魔法はどれも避けられないほどの速さではなかった。正確には鎧がなければ避けられなかった。


 町の入り口を出てすぐに辿り着いた俺は、リリベルをその場に下ろす。

 軽く走った程度の息切れはあったものの、未だに疲労感は感じられない。こいつの魔力による恩恵を今更ながらに感心する。さすが魔女の中でも1、2を争うほどの魔力量を持つと言われるだけはある。


「リリベル。この鎧を解くにはどうすればいいんだ?」

「今度はさっきの逆、つまり普段の姿を想像して言葉を呟くだけでいいよ。けれども……」


 リリベルはおそらく俺の後ろの方を指差し、その方向へ顔を向かせるよう促した。


「まだ元に戻らない方がいいかも」


 赤いマントを身に纏った生贄の女がゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「お前、黄衣の魔女の騎士だったのか?」

「そうだよ。私の騎士だ」


 俺が答えるより早くリリベルが回答する。

 隙間から見える生贄の女は歩みを止めて、驚きの表情を見せている。


「人間嫌いの君が……か?」

「悪いかい」


 多分リリベルは口を尖らせて不満の表情になっていると思うが、それよりもこいつが人間嫌いということに驚いた。自分も元は人間のくせに人間嫌いって、意外とすれた性格なのだろうか。

 緋衣の魔女は動揺しながらも再び歩み始め、近付いてくる。


「驚いた。人間嫌いの魔女(きみ)が騎士を……ましてや人間を雇うなんて。お前は一体何者なんだ」

「ただの人間です。いや本当に」

「興味深いな。お前の血が見たくなった」


 緋衣の魔女がその一言を発した直後だった。

 牢屋にいた時に1度だけ味わったことのある感覚が再びやってきた。俺が黄衣の魔女に恐怖する始まりとなった感覚。

 今までの人生で味わったことのない強烈な殺気。殺気なんて気のせいだと今までは思っていたが、その時になるほどこれが殺気というものかと簡単に理解できるほどの感覚。

 殺気の元は俺のすぐ横にいる魔女からのものだった。


「それは本気で言っているのかな」

「リリベル、逃げよう」


 俺はリリベルの手を取って逃げるように促すが、引く流れに逆らって彼女は町へ戻ろうとする。明らかな殺意でもって彼女は生贄の女を殺そうとしている。

 せっかく町の外へ出たというのに、再び争いの場へ行くわけにはいかない。俺は魔女の手を少しだけ強く握り懇願する。


「頼む、リリベル」


 リリベルはピタッと足を止めて、少しだけこちらへ手を引かれた。


「我々は緋衣の魔女エリスロース・レマルギア」


 生贄の女がそう一言告げると、再びリリベルを引く手が強張る。




「ヒューゴ君。以前、『魔女に名前を聞くなんて、良い度胸しているね』と言ったね」

「あ、ああ」

「魔女が名前を教えてはならない理由が2つあるんだ。これは魔女界における戒めと言ってもいいかな」


「1つは名前を知った相手を操ることができる魔法にかからないため」


「2つは魔女から魔女に対する宣戦布告。与えられた(かんむり)、つまり私だったら『黄衣』を賭けて戦い、負けたらその冠を奪われる。冠とは君たちで言うところの称号みたいなものかな」


「その時は私は晴れてただの魔女になる」

「その冠とやらはとても大事なものなのか」

「人による、としか言えないな。魔女によって冠にどれだけ価値を見出しているか、かな。ちなみに私にとっては――」




「命よりも大切なものだよ」




 そうして、黄衣の魔女リリベルは一歩、また1歩と町の方へ歩を進める。

 彼女の言葉はいつもの柔和な話ぶりと打って変わって、冷徹で彼女がただの小さな女の子ではないという印象を思い出させてくれる。恐怖で彼女の掴んだ手を離してしまいそうになる。

 恐らく彼女は、『黄衣』を守るために緋衣の魔女を、町人を皆殺しにするつもりだろう。俺の願いよりも彼女の自己同一性が優先されるのだろうから、俺では止められない。




 いや、本当に止められないのだろうか?まだ俺にできることはないのだろうか。

 先程リリベルに頼みの一言をかけた時は、一瞬だが止まってくれた。止まってくれたということは『黄衣』の冠と俺の願いは天秤にかけられるのではないか。正確には俺の願いと、彼女がこちらに振り向くほどの言葉をかければ、天秤はこちらに傾くのではないか。


 言葉で解決できるならそれが1番だ。

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