赤色4
門の前でアルマイオが槍と剣を携えて俺たちの反撃を待っている。
彼は俺たちを門の奥へ通さないために門の近くから離れるつもりはないようだ。よって誘き寄せることもできそうにない。
走りながら大通りの様子を一瞬だけ確認すると、俺が家から出た大通りを挟んだ反対側の家からクレオツァラも出てきたのが見えた。服がぼろぼろで血が滲んでいるように見えた。
夜ではあるが燐衣の魔女が身に纏う炎のおかげで、周囲は明かりを必要としない程明るい。
セシルの無事はどうかと大通りの坂の下辺りを見ると、青緑色のマントが地面に広がっていた。
マントの下にいた彼女はゆっくりと起き上がって、外れていたフードを被り直した。生きていて良かった。
2人のとりあえずの無事を確認してから、アルマイオに集中して走り出す。
アルマイオの左がわに回り込み、槌を脇に持ちながら、走った勢いをそのまま活用して思い切り槌を横振りする。
この攻撃が当たるとは思えないが、クレオツァラが駆け寄ってくる音が聞こえるので、俺の行動でアルマイオの注意を逸らすことができていれば満足だ。
だが、彼にとって今の俺はまだ脅威にはなり得ないのだろう。
彼は剣で俺の槌の振りに合わせて同じ方向に添って流したのだ。彼に当たるはずだった槌の軌道が無理矢理変えられて、何もない空中を振り抜いた後、地面に叩きつけてしまう。
軌道を無理矢理変えられたことに気付くまで、俺は頭の中で何が起きたのかを整理しなければならなかった。一瞬のできごとであるが、その一瞬が命取りだった。
アルマイオの剣が突如目の前に現れる。筋力強化の魔法を施した彼の腕力でこの剣が振り抜かれたらどうなるのか、想像に難くない。全力で身体を後ろに逸らして剣の振りを避けると、剣と兜との接触で火花が散るのが見えた。本当にギリギリだった。
アルマイオは俺が地面に倒れるのを確認すると、すぐには攻撃できないと判断したのか、足音だけでしか確認できていない彼の斜め後ろに走り寄ったクレオツァラに身体を向けて、身体よりも大きな長い槍を振り回す。
『疾風剣!』
本来なら槍の刃に巻き込まれていたところを、クレオツァラは素早く身体を伏せて刃から逃れる。
そして、すぐに身体を起こして振り切ったアルマイオの身体の懐に再び潜り込み、剣を兜の隙間に捩じ込もうとする。
俺はアルマイオから視点を外さないまま倒れた身体を起こして、槌を握り直す。
そして、彼の背中に向けて槌を下から振り上げる。
『覇震!』
攻撃が後少しで届く寸前のところで彼が詠唱する。衝撃波がまたやってきて俺たちは吹き飛ばされる、そう思ったのだが身構えても全身への衝撃は襲ってこなかった。
そして、なぜかアルマイオが怯んでいる。
だが、それでもクレオツァラの攻撃はアルマイオに止められてしまう。
彼の剣なら鎧より先の肉体へ届き得るとアルマイオは判断したのか、下がることなく一気に前へ詰めて鎧の塊をクレオツァラへ叩きつける。
アルマイオは何か呻くような声を上げていた。
苦しんでいるのか?
クレオツァラに意識が向いている今、俺への注意は向けていなかった。
下から振り上げた槌は彼の背中に衝撃を与える。長い柄の先に取り付けられた槌の頭は、遠心によって強烈な力を得ている。
軽い音を立てると同時に赤い鎧に一筋のヒビが縦にできる。
さすがに1度の攻撃で鎧が割れるようなことはない。
もう一度振りかぶって槌を同じ場所に叩きつけようとすると、さすがにアルマイオの反撃に合う。
横振りされた槍が腹に直撃し、少し後ろに後ずさらざるを得なくなる。幸い刃ではなく柄が当たっただけなので、俺の鎧に目立ったダメージはなさそうだ。
先程の正確な攻撃と違って、急に彼の攻撃精度が悪くなったように思う。
まるで目が見えていないような……。
あ、そういうことか。
恐らく今、アルマイオの視界はセシルに奪われている。
すぐに身体を後ろに向けて大通りの坂の下へ目を向けると、目が見えていないはずのセシルが、見られていることを分かっているかのように、俺に向けて親指を立てていた。




