最悪2
自重で身体が地面に叩き付けられて鎧の金属音を鳴らしながら転がる。
既に死んでいてもおかしくないはずだった。青い炎の波を1度でもその身体に受ければ、俺の魔力制御では簡単に黒鎧を溶かされる。
だが、不思議なことにまだ生きている。
前後不覚に陥りそうになりながら、周囲の状況を確認しようと顔を上げると赤黒い水のようなものが見えた。身体を回して確認すると、俺と近くにいたセシルを半球状の血が包み込んでいるのが分かった。
どうやらエリスロースが近くにいるようだ。
「ヒューゴ殿!」
声がする方を見ると、血の防御壁越しに路地にエリスロースとクレオツァラがいた。
半球状の血の防御壁が徐々に路地に向かって、形を変えて伸びていき1本の通路になる。
未だ血の防御壁の外では青い炎が吹き荒んでいるが、血のおかげで思った程熱を感じない。腐っても魔女だ。
セシルを背負って急いで2人の元へ駆け寄り、4人が1つの血の防御壁の中に集結する。
周囲は轟音を響かせる程の風が流れ込んでいて、家々が一瞬で青い炎に溶かされて木材が崩れる音すら聞かせずに家としての形を失っていく。
ここに長居はできない。
負傷したセシルを手当てするために回復魔法を詠唱する。徐々に彼女の顔色から険しさが失われていくのを確認して安心する。
エリスロースとクレオツァラの方を見ると、2人とも酷く負傷していた。特にクレオツァラは左肩を押さえていて痛む仕草をしている。左肩から下は力無くぶら下がっている。
「落ち着いて聞いてくれヒューゴ殿」
クレオツァラが神妙な面持ちで俺に語りかけてきたが、彼が何を言いたいのかおおよそ見当はついている。
「魔女殿がヘズヴィルという騎士に攫われてしまった……すまない」
リリベルがこの場にいないことは一目で分かった。
そして、ここで取り乱してはいけないことも十分理解しているつもりだ。さっきの二の舞いを演じて俺自身が死んでしまえば、一体誰が彼女を助けられるというのだ。
冷静に怒りの感情を内に抑え込む。
「俺はすぐに聖堂へ向かいます。彼女を助けなければ」
「この青い炎の中移動するのは大変だぞ」
エリスロースが冷静に今の状況を述べて、俺に指摘する。
確かに青い炎が止まない限り、防御することに力を割くことになり素早く移動することもままならない。
だが、セシルの魔法があれば問題は簡単に解決できる。彼女の『偽視罪』という魔法があれば、この炎を消し去ることはできる。
「セシル、俺にまた魔法を詠唱してくれないか?」
セシルは肩の負傷に気を使わずに済むまで回復したのか、俺の回復魔法を手でどかして止めるように促した。
その後、彼女は礼を言うと共に忠告してくる。
「消し去ろうとする対象がより大きく強いものだと、ヒューゴの目の寿命をより早く縮めることになるよ……」
「構わない」
俺の目よりもリリベルの方が大事だ。目なんか幾らでもくれてやる。2つしかないが。
一体何の魔法の話をしているのかと、エリスロースとクレオツァラは怪訝そうな顔をしていたので、2人に『偽視罪』という魔法について説明する。
すると、クレオツァラが老い先短いことを理由に、代わりに彼の目を消費すると言い出した。
もちろん俺は強く否定した。
彼は俺よりも遥かに強い。それだけの強さを持った騎士が目を失った場合、これからの戦いで必要不可欠な戦力が削れることになる。
それに老い先短いと彼は言ったが、残りが短い生だったとしても、彼の世界を暗闇にしたくない。彼を友であると思うからこそ、そう思う。
強く否定したおかげで彼は渋々ではあるが、俺の思いに応じてくれた。
緊急事態に言い合いをする暇はないと彼も理解しているのだろう。
「燐衣の魔女はどうするの……?」
セシルは残された燐衣の魔女の処遇を気にかけている。
奴を放っておけば、この国の被害は拡大するだろう。
だが、俺にとっての優先順位はリリベルが1番だ。彼女をこの手に取り戻さない限り、燐衣の魔女は後回しにせざるを得ない。
それでノイ・ツ・タット国民の犠牲が増え続けるかもしれない。
それでも俺の心にある天秤は未だリリベルに傾いている。
無実のノイ・ツ・タット国民の命を守りたいとか心の中でほざいておきながら、1人の魔女のために呆気なく国民の命を犠牲にしようとしている自身の偽善振りに、自分でも驚くほど反吐が出て思わず笑ってしまった。
やはり何でもかんでも守ろうとすることは愚かな行為なのだな。
「何を笑っているのよ……」
「すまない。思い出し笑いをしただけだ」
今は燐衣の魔女を放っておくことにするとセシルに伝えようとしたら、若い男のエリスロースが俺とセシルの会話に参加してきた。
「私が燐衣の魔女の動きを止めよう、ああ止めてみせよう」




