表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
120/723

最悪

 燐衣(りんえ)の魔女が自然に治癒しないなら、バラバラに切り刻めば良い。そうすれば確実に魔法を放つことができなくなるだろう。多分、それが燐衣の魔女を倒すという目的達成に1番早い方法だ。


 紫衣(しえ)の魔女リラはこの魔女を殺せと命じていたが、リリベルは「燐衣の魔女の暴走が止まれば殺す必要は無い」と言ってリラに問い、そして「私の騎士が何とかする」と言っていた。

 リリベルが俺に燐衣の魔女の始末を任せると言ったのは、単に彼女が燐衣の魔女に興味が無くて、一切が面倒だから俺に面倒ごとを放り投げたのでは無い。


 救えるなら救いたいと彼女にボヤいた俺の思いを、彼女は尊重してくれたのだ。

 今、燐衣の魔女の無惨な姿を見て、やっと彼女の思惑に気付けた。彼女は肝心な時に察しが悪いと思っていたが、察しが悪いのは俺だった。主人の気持ちを理解できていなかったのは、騎士としてあるまじき失態だった。

 恥ずかしさで一杯になるが、今は彼女の思いに応えるために挽回しなければならない。


 燐衣の魔女を抹殺するのではなく、救ってリリベルの期待に応えるためにここに来たのだ。




 セシルの魔法の代償によって、目にずきずきと走る痛みが未だ止むことはない。確か『偽視罪(ぎしざい)』という魔法だったか。今は俺が燐衣の魔女に沈黙魔法を常にかけ続けているため、セシルの魔法は止められている。

 短時間でこいつを無力化できたのは幸運だった。


「説得って……。話が通じるようには見えないけれど……」


 セシルに俺の思いを打ち明けると、やはりというか彼女は否定的だった。

 彼女だけでなく、俺以外の全ての人はきっと燐衣の魔女が2度と反抗できないように破壊すると言うだろう。何かの間違いで自分が死ぬ可能性が多分にあるのに、わざわざその危険に突っ込む馬鹿はいない。それは俺も充分承知の上だ。


「それに、ヒューゴのやろうとしていることはただの拷問だよ……」


 彼女の言う通りだ。狂っているかどうかは置いて、燐衣の魔女の自由を奪った状態で、こいつの思想を捻じ曲げようとするのは、拷問と何ら変わらない。

 だが、どれだけ正論を言われようと俺の心を変える気はない。今回の件の望む結末は「燐衣の魔女を改心させる」だ。

 だから俺は彼女の言い分をまるっきり無視する。


「四肢と身体は布に包んで、皆を連れてこの国を一旦出る。この国にこれ以上混乱を振り撒くわけにはいかないからな」

「誰もいない所に移動するなら、私にも好都合な話だけれど……」


 瞬きで無作為に誰かを殺すセシルにとって、周囲に誰もいない状況というのは願ってもないことになる。無闇に人が死ぬのは、彼女にとって忌避すべきことなのだ。


 セシルにエリスロースの家に大きな布を取って来てもらい、燐衣の魔女を顔だけ残して包む。


「悪いがもうしばらくこのまま我慢してくれ」


 死と復活を絶えず繰り返す燐衣の魔女に、俺の言葉が届いているとは思っていなかったが、口の端を歪ませて笑った。目が合った。

 血と火傷でまみれた顔は、最早人の顔なのか判別も付かない。それでも目と口の動きだけで案外判別が付くものなのだなと驚いた。




 包み終わって燐衣の魔女を抱え上げようとした時に、不意に坂の上から声がかかった。


「あー。それ、何してんだ?」


 燐衣の魔女に魔法をかけ続けるために、横たわっている魔女を視界から外れないように、少し離れてから大通りの坂上側へ顔を向けて、見上げる。


 すぐ目の前にセシルがいて、その奥の坂の上の方はまだ家が燃え盛っている。何かが割れたり爆ぜたりする音があちこちで聞こえている。

 その炎の光に照らされて、大通りの真ん中に1人の騎士が立っていた。

 全身銀色の鎧に包まれていて、随分とスリムに見える。兜の両側からそれぞれ角が生えていて、何かの生き物の角を取って付けたような形だ。鎧っぽく見えない。

 無機的な形であるはずの鎧が、目の前の鎧に関しては全体を見ると、それ自体が別の生き物に見えてしまうのだ。


 モドレオ公王との謁見時に見かけた銅色の騎士ヘズヴィルと赤色の騎士アルマイオとは全然違う。


 先程の騎士たちの襲撃から察するに、応援が来たと思って良いだろう。

 理由は分からないが、彼らは無理矢理俺とリリベルを連行しようとしているのだ。

 彼らと荒事になりたくはないので、一刻も早くここを抜け出るために彼にありのままを話すことにする。


「燐衣の魔女を捕らえた。これ以上火の手が及ばないように俺たちはすぐにこの国を出るつもりだ」


 銀騎士は後頭部に手を当てて頭を掻くような仕草をとる。本来なら生身の頭にやる仕草を、兜にやっているのだから恐らく癖なのだろう。


「それは助かったな。礼を言うぜ。ま、俺も嫌な予感がすげえしててな。できるならさっさとそいつを連れて外へ出て欲しい所なんだが、一旦そこに置いたままにしてくれ」


 今度は腰に手を当てて、左足に重心を傾けたり右足に重心を傾けたりとし始めた。落ち着きが無い人のようだ。


「で、そっちの鎧の方は、黄衣の魔女の騎士か? そうだとしたら俺と一緒に聖堂へ来て欲しいんだが」


 やはり、そういう話になるのだな。

 俺も嫌な予感がしていたよ。


「断らせて頂きたい」


 銀騎士の更に後方から突如爆発音が鳴り響いた。音と同時に家を形作る木材が空に舞い上がっていた。木材が飛び跳ねている所は、男エリスロースの家があった場所の近くだ。


「俺も戦いたくねえんだよ」

「向こうの爆発は何の爆発だ?」

「聞いてんのか?」

「答えろ!」


 自分でも会話になっていないのは分かっていた。

 だが、あの爆発によってリリベルの身に危険が及んでいるかもしれない可能性が湧いてしまうと、自分でも驚く程冷静さを失っていた。


「ヒューゴ……!」


 銀騎士と俺の間にいたセシルが突然に飛び跳ねて、俺に体当たりをして来た。ぶつかってきたと同時に爆発音が聞こえた。

 俺は彼女に対しては油断していたので、体当たりであっさり彼女ごと後ろへ倒れ込んでしまった。


 何事かとすぐに身体を起こすと、彼女は俺の膝上で横たわり(うずくま)ったまま動かない。


「どうしたんだセシル?」


 青緑色のマントの上から彼女の身体を揺すろうと手をかけてから、すぐに異変に気付いた。彼女のマントの肩辺りが、赤い色で染まり始めたのだ。

 すぐに彼女を押し退けてから前に出て、剣を構えて銀騎士と対峙する。


 銀騎士は片手に筒のような物を持って、こちらに向けていた。

 その筒の向き先と彼女から出る血で、明らかに攻撃されたことが分かる。


「やめろ!」


 俺は怒りの感情に身を任せて無意識に怒鳴り散らす。


(わり)いがそりゃ無理だ。俺の言うことに従わねえなら、そっちの方の女と同じにしてでも連れて行くぜ」


 そっちと言うのは、すぐ横にいる燐衣の魔女を指しているのだろう。

 四肢をもいでも連れて行くと言っているのだ。最早これ以上の説得は無駄だろう。

 セシルに怪我を負わせてしまった今、俺がここでアイツと戦うしかない。


 銀騎士に向けて剣を構えようとして、すぐにはっと思い出す。


 しまった。

 怒りで無意識に怒鳴ってしまった。




 それは、怒鳴ってしまったことに悔いているのではない。

 そんな女々しいことを言っているのではない。




 燐衣の魔女に向け続けていた意識が途切れてしまっていたことに悔いているのだ。




 俺が燐衣の魔女に意識を向けることをやめた結果、奴にかけ続けていた沈黙魔法が無くなる。

 沈黙魔法の詠唱を止めてしまえば、怒りで増幅し続ける魔力によって奴は簡単に沈黙という束縛から解き放たれる。




 燐衣の魔女を縛るものが今は、()()()()


 ゆっくりと燐衣の魔女へ顔を向ける。


 頼むから気絶でもしていてくれと願う。

 だが、こういう時の願いごとは大抵叶わないものだ。これまでに何度も同じような経験してきたから分かる。


 燐衣の魔女は焼け爛れた顔を歪ませ、歯がはっきり見える程笑っている。


偽視罪(ぎしざい)』の魔法は今、俺にかかっていない。俺にとって都合の悪い炎を消す術は今は無い。

 だから、燐衣の魔女の周りからすぐに熱を感じ始めた。


「ぶち切れそうだよ、お兄ちゃん」


 魔女の身体を焼くように青い炎が広がり始める。


 ああ、黄衣の魔女リリベルでも歯が立たなかった青色の炎が再び出てしまった。

 1度、燐衣の魔女と戦って負けた時に最後に見た、青色の炎が再び出てしまった。


 状況は最悪だ。


「くそったれっ! やっぱり予感は的中したじゃねえか!」


 銀騎士が叫びながら手に持つ筒状の何かから光を撃ち放つ。炸裂音と同時に放たれるそれはまるで小さな大砲だ。

 光の粒は全て燐衣の魔女に撃ち込まれ、四肢の無い彼女には避けようが無くただの的になっている。

 しかし燐衣の魔女は銀騎士の攻撃を全く無視して俺を見つめ続けていた。


 撃たれる度に跳ねる身体を直視はできなかった。


「さっさとここから消えろ」


 今までの無邪気な口調から一変して、乱暴で粗雑な物言いになったので思わず動揺してしまう。


「ぼ、僕が……私がいる内に、お兄ちゃん……お前」


 奴は余りにも支離滅裂な言葉を放つため、何を言いたいのか分からなかった。

 先程まで青い炎で焼かれて殺されかけた記憶を思い出して、身体が恐怖で強ばっていたところだったが、次に奴が怒鳴りつけた言葉で俺の身体は自由になる。


「さっさと、消えろ!」


 まるで人が変わったようだ。


 セシルの元に駆け寄り彼女を一気に抱え上げて、すぐ横にある溶けた家の間にある路地に入り込もうとする。


「あ、おい! 逃げるな!」


 銀騎士が今度は目標を俺に変えて光の粒を放ってきた。セシルに当たらないように奴に背を向けながら、移動する。

 魔法防御の鎧は十分に機能しているが、ひび割れたような音が背中から何度も聞こえてきた。長くは保たない。


黙視権(もくしけん)……』


 セシルがそう言うと、光が飛んでくることは無くなった。彼女が銀騎士の目を奪ってくれたことに感謝しつつ、全速力で路地に入る。

 裏路地はまだ家の形を残しているものもあるが、どれも燃えている。

 狭い路地はすぐに行き止まりになるが、今更大通りに戻ることなどできない。燐衣の魔女が間も無く怒りを解き放つからだ。


 俺は大通りを上に行く方向にある家の扉を蹴破る。

 部屋の中に人はいなかった。とっくに上へ逃げたのだろう。

 俺はそのまま燃え盛る木の壁に向かって、助走をつけて突撃する。肩から衝撃を与えると、案外壁は脆く崩れ落ちる。


 そうやって壁をぶち抜いて、また扉を蹴破ってまた壁をぶち破る行為を何度か繰り返して、再び別の路地に出てきた。


 入り組んだ路地を当てもなく走っていると、大通りに抜ける道に出る。

 この辺りは商店が建ち並ぶ通りで、エリスロースの家があった場所の近くだ。


 火の手が上がっている店もあるが、まだ下の方と比べると酷く燃え上がっているという程では無い。

 意を決して、大通りに出てエリスロースの家がある路地を目指して、大通りを出て端際を走って行く。


 すると、後ろの方で爆音が鳴り響いた。

 爆音と共に強烈な熱風が吹き荒れて、俺とセシルは前方へ吹き飛ばされる。

 身体が浮き上がって勝手に回転する視界に、一瞬だけ青い炎の波が映るのが分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ