黒鎧の騎士
『俺は黄衣の魔女リリベル・アスコルトの騎士になることを誓う』
リリベルに伝えられた言葉をそのまま口に出すと、得も言われぬ異物感が身体に入り込んだ気がした。
「これで私の魔力が君の中に流れ込んだよ。契約成立」
「もしかして口から血を出したりしないよな」
「失礼な」
変わった変化といえば黄衣の魔女リリベルの魔力が流れ込んだ感覚ぐらいで、意外な結果に拍子抜けした。
例えば魔力が合わないと痛みを伴って失敗することもあったりするのかと思った。
「では早速、防具と剣をイメージして欲しい。何でもいいけれど私は格好いい姿が良いかな」
俺はリリベルの言われた通りに鎧と剣を想像してみる。
格好いいかどうかは分からない。
騎士になることを誓ったのだからやはり見た目は騎士がいいのだろうか。
騎士と言われてすぐ想像できるのは、頭から爪先まで隙間のないほどの鎧。
サルザス国の祭典で良く見る祭典用のもので、正直着る縁もなかったので戦闘に特化しているのかは分からない。
それに合わせて剣も作製に手間暇がかかりそうな祭典用の両刃剣も想像する。
鍔の部分は豪華な装飾で剣身はただ直線になっているのではなく、鍔の始まり部分から一旦分厚く幅が広くなって剣先まで再度幅が狭くなっている。
俺の思い描く騎士を想像したことをリリベルに伝えると、彼女は次にこう告げた。
「次はその防具と剣を私の魔力を使って具現化してみよう」
「私の魔力が君の身体に入った時に、いつもと違う感覚を感じなかったかい? その感覚を思い出しながら、防具と剣を想像しながら、魔法を唱えるみたいに言葉を出してみてくれ。言葉は何でもいい」
急に注文が多くなって焦る。
だが、異物感は今なら思い出せる。
「感覚の想像が難しかったら、私の顔を思い出してくれたら良いよ」
『おい』
急な茶々が入って集中が途切れてしまったので、リリベルを睨み付けてやると彼女は両手を上げて目を逸らして場を濁そうとした。
もう一度集中するために目を閉じた瞬間だった。
体の内側から再び異物感が感じられるようになり、目を開けると俺の身体の周りをモヤがかかり始めた。
やがてモヤが濃くかかって俺の身体全体を覆うと、モヤは硬く冷たい何かの形になった。
顔も全体が覆われていて、目の部分にあるわずかに横に開いた隙間だけが外を確認できる唯一の穴になっていた。
横穴の先にはリリベルを覗くことができた。
彼女は腹を抱えて大きく笑っていた。
「おめでとう。君は今、黒い鎧に包まれているよ……格好……いいね」
堪えきれなかったのか再びリリベルは笑い出した。
そんなに見た目がおかしいのだろうか。
「君がこれからその鎧と剣を具現化する時の言葉は『おい』だ」
なるほど。具現化する時の言葉がおかしかったのか。
「いやいや。短い言葉で詠唱することは戦闘面でも役に立つからね。わざと『あ』とか『ん』とか短い言葉で魔法を詠唱することですぐに魔法を放つことができるから」
「でも……。初めて魔法を唱えた人の詠唱が『おい』だなんて……ふふっ」
こうやって素直に笑っている分には、見た目相応の女の子だ。
確かに、ちょっと格好いい言葉で詠唱してみようかと思ったが、まさか『おい』が魔法の詠唱になるとは。やり直せないものか。
金色の髪が小刻みに揺れ動いていたがやがて止まると、彼女は俺に鏡を見せてくれた。
そこには頭から足の先まで真っ黒な鎧に身を包まれた俺がいた。
腰回りには片側だけ垂れ下がった黄土色の布が巻かれていて、その上には黒い鞘に収まった剣を提げていた。
その真っ黒な出立ちは、サルザス国の祭典で見た荘厳で明るい雰囲気のある鎧とは違って、人が近付きたいと思わせるような雰囲気を感じさせない。
顔をにやけさせたまま俺が買った荷物を背負い部屋の戸に手を伸ばした。
「さあ、騎士よ。私を守っておくれ」