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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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爆炎3

 身体に灼熱の嵐が襲ってきたはずだった。

 俺の身体は黒鎧ごと焦がし溶かされているはずだった。


 盾を具現化して防御することも間に合わず、両腕で防御の体勢をとったが焼け石に水だ。強烈な熱を持つ炎は鎧の魔法防御を突き抜けて、中にいる俺の身体を焼け焦げさせていただろう。


 だが、直接炎の波が俺たちを襲ってくることはなかった。

 確かに焔の波は1度俺たちを飲み込んだはずだったが、セシルの一言で波は引き裂かれたように、俺の両脇を素通りしていったのだ。


偽視罪(ぎしざい)


 たったその一言で、俺の視界にある炎は火力を弱めていき、やがて鎮火する。

 彼女の魔法の詠唱の影響だろう。

 俺はすぐ後ろにいるセシルの方へ振り返ろうとすると、その気配を感じたのか彼女は兜を掴んで無理矢理燐衣(りんえ)の魔女の方へ向けさせた。


「今、ヒューゴに魔法をかけたわ……。今の貴方の目は、視界に映る自身にとって最も都合の悪いものを消すことができるわ……」


 彼女の言う通り、俺の視界に炎は映らなかった。さっきまであれだけ燃え盛っていた炎は、今や火のゆらめき1つも残さず、燻っているだけだ。

 何が起きたのか理解するのに時間がかかるとろこだったが、彼女の言葉と自分の目の前で起きている現象がすぐに一致してくれたおかげで、すんなりと受け入れることができた。

 ただ、俺の後ろ側を通り過ぎて行った炎が、今もぱちぱちと燃える音を聞かせてくるのは、後ろ側では火事になっているということだろう。


「これなら燐衣の魔女と戦うことができる」


 視界に映る燐衣の魔女に焦点を合わせて、今度は奴を無力化しようと試みるがその前にセシルに忠告されてしまう。


「人間や魔女は消せないわよ……。生者を消すには、それ相応の魔力と犠牲が必要だから……」


 魔力が足りないと言うのは分かるが、犠牲とは何だ。

 そう思っていると、両目が鈍く痛み始めてきた。耐えられないという程の痛みでは無いが、それでも気持ち悪さを感じる痛みだ。


「この魔法は、魔法と呪術を混ぜ合わせた特殊なもので、私の魔力と貴方の目を消費することで成り立つの……。貴方が消したいものを消し続ける限り、目は消費されていき、最後は光を失う……」


 そんな危険な魔法を本人の承諾無しでいきなり詠唱するのはどうかと思ったが、そうでもしないと俺とセシルは今頃灰になっていたのだ。まだものは見える。後悔や愚痴は後にして、今はこのことを幸運なこととして片付けておかないとならない。


「大丈夫よ……。目が見えなくなっても、多分リリベルなら治せるわ……」

「治せるのだったら、セシルの目は既に普通に見えているはずだろう?」

「それもそうね……」


 適当なことを言って俺を懐柔させようとしたことがバレた彼女は、バツが悪そうに後ろで控え目に笑った。彼女も彼女で、魔女として立派に邪悪だ。

 だが今は彼女に追求する時ではない。


 今1度、燐衣の魔女に目を向けると、彼女は両目に指を突き立てたはずなのに、今はしっかりと歩いてこちらに向かって来ている。良く見ると両目はしっかりと見開いている。

 そしてこちらを認識したのか俺たちに向かって破顔して手を振ってきた。


「あ、黄色いお姉ちゃんと一緒にいた鎧のお兄ちゃんだ! おーい!」


 目は見開いているが、目から頬に伝って血が流れた後があり、更に胸には長い槍が突き刺さったままという異常な状況である。

 奴はそれを全く気にも留めずこちらへ歩いて来るのだ。これに恐怖を感じないと言う者がいるなら是非会ってみたい。


「貴方のことを呼んでるみたい……。彼女、随分と嬉しそうだけれど、本当に戦ったの……?」

「戦ったよ。戦ったし、殺されかけた」


 燐衣の魔女は友達に会えて嬉しくて笑っているのではない。

 嬉しさの感情を表す言葉を吐いておきながら、自身の周囲から炎を噴き出して俺に当ててくるのだ。この喜びは、殺したい相手に再び会えたことへの喜びだろう。


 俺はすぐに、炎を()()して消し止めると、彼女は首を傾げながら転倒する。


「あれ、おかしいなあ」


 地面に突っ伏したと思うと、すぐに身体を起こして再び歩み始める。まるで亡者だ。


 俺は剣を抜き放ち、ゆっくりと奴に歩み寄り、少しずつ歩を速めて奴との距離を縮めて行く。

 不死だというなら奴の四肢を切り落として、目と口を塞ぐ。詠唱させなければ炎の魔法が再び俺たちを襲うことは無いはずだ。ひとまずそれで無力化はできる。


「黄色いお姉ちゃんは元気?」


 燐衣の魔女の言葉に一切耳を傾けること無く、溶けた地面を蹴り奴の元へ走り抜き、剣を振り切る。

 奴の顔や手は熱で燃えて焼け爛れている。奴が放つ炎は、奴自身さえも身を焦がしているのだとはっきりと分かった。それが平然とできるのは、奴が狂っているということもあるが、何よりも不死であるからだろう。


噴火(ヴァルカン)


 俺の足元、石畳のなれ果てがあった場所が突如盛り上がった。反応して足元を見ると、小さな火柱が噴き上がる。奴は地面から炎を呼び出して放ったのだ。


 そして、その行動が囮であることに気付いた時には遅かった。

 燐衣の魔女に近付けば近付く程、奴を見ようとする俺の視界は()()()()()()のだ。こんな簡単な罠にまんまと引っかかった俺は、自分に何と馬鹿なことをしているのかと後悔する。


 すぐに燐衣の魔女の方へ視界を戻すが、奴は口が裂けるかという程に顔を歪ませていた。


獄炎(ヘレンフォイア)


 自然に発生するような炎の動きとは違う、蛇のように這いずり動く炎が一瞬で俺を貫いた。

 炎を視認して消し止めたのは、俺の肌に強烈な痛みを感じるようになった後だった。それでも立っていられるのは自分でも不思議だ。


 奴は自分の意思とは関係無しに再び消えた炎に疑問を持ったのか、動きをわずかに止めた。隙だ。

 その隙にもう1度振り抜き損ねた剣を振るう。


 ここから一気に畳み掛けて、戦いを終わらせる。それしか無い。


 燐衣(りんえ)の魔女に向けて力一杯に剣を振り下ろすと、右腕が胴体から離れる。

 オークなどの人型を除いて、人間の姿をした者を斬る感覚は初めてだ。


 それは剣から手に直に伝わってくる。

 ああ、今、肉を裂いている。ああ、今、骨を砕き割っている。ああ、今、切り口から血が流れている。ああ、奴は苦痛で顔を歪めている。


 視覚や聴覚も更に手伝って、俺に人を斬る実感を十二分に与えてくれる。

 気分は最悪だ。罪悪感で俺の胸が目の前の魔女と同じように、胸を槍で貫かれたような気分になる。


 それでも俺は、留まることを知らない罪悪感を抱えながらでも、奴を斬り続けなければならない。

 燐衣の魔女をここで止めなければ、リリベルの身が危うい。何の罪も無いノイ・ツ・タット国民の命が失われる。友が悲しむ。


 俺1人の心に傷が付くだけで皆の命が救われるのなら、謹んで燐衣の魔女を斬る。今に限ってはその思いだけは変わらない。

 だから、鎧の中の焦げ臭さなどは、もっと平気で無視できる。


噴火(ヴァルカン)!』

黙視権(もくしけん)……!』


 燐衣の魔女の詠唱に続けて、すぐに後ろからセシルの詠唱が聞こえた。

 セシルが燐衣の魔女の位置をどうやって補足しているのかは分からないが、燐衣の魔女が突然左手で目元を押さえたことから、奴の視界は再び彼女に奪われているのだろう。


 直後、俺はすぐ足元で噴き出そうとする炎を、思い切り横に転がることで回避し、体勢を立て直す。

 奴が目を押さえている左腕を確認し、側面から剣の切っ先を地面から上へ振り抜く。


 斬られた勢いで燐衣の魔女は横によろめくが、それを逃すまいと俺は更に一歩踏み進め、今度は左足を狙う。


 息をついている暇など無い。


 あちこち肌が焼け爛れているが、奴は見た目はただの少女で、鍛え上げた筋肉がある訳では無い。俺の筋力でも十分に斬り落とすことができる。

 今までクレオツァラの剣術指南書を読んで訓練してきた甲斐があった。

 黄衣の魔女の騎士になりたての頃は、出鱈目な剣の振りでとても何かを斬れたものではなかったと、自分でも自覚はしていた。

 だが、今は斬るという行為に少しは要領を得ているつもりだ。今度こそ要領を得ているつもりだ。


 剣の重みに膂力(りょりょく)を加えて、今できる全力の斬りつけを行う。


 奴が地面に付けているものは、右足と胸に突き刺さっていた長槍の切っ先のみだ。

 間も無く体のバランスを失って、両腕も無い今、溶けた地面に力無く倒れていく。奴は辛うじて無い腕を前に出して、顔をぶつけないような素振りを見せるが、ただただ腕の切り口が地面に力強くぶち当たる。もちろん傷口にとてつもない痛みが走るのだから、奴の悲鳴が聞こえてくるのは想像に難くないし、実際俺の耳に入ってきた。


 今は同情するな。

 心を鬼にしろ。


 そう自分に言い聞かせ続け、倒れ込んで槍の重みで身動きが取れなくなった奴の右足を最後に斬り落とす。


 四肢を全て斬り落とし、焼け溶けた地面の上に血塗れの胴体が転がる。

 最後に俺が詠唱するのはリリベルが教えてくれた魔法の1つ。魔法攻撃を止める魔法だ。


 リリベルから借り受けている魔力を手に込めて、燐衣の魔女に向かって解き放つ。

 罪悪感に入り混じりながらも、頭の中に魔法陣をイメージして詠唱を口に出す。


「いったあい! 痛いよ! 酷い――」

沈黙(サイレンス)!!』


 例え、怒り続けることで無限の魔力を手にしていようと、魔法を放出できないなら無意味だ。


 幸運だったのは、奴が近接攻撃に対する経験が無かったことだろう。奴が剣に覚えがあったりすれば、こうは上手くいかなかっただろう。


「捕まえたの……?」


 セシルが建物の陰に隠れながら、状況を確認してきた。


「ああ。こいつは魔法陣を描くこともできないし、移動することもできないし、詠唱することもできない」


 地面で這いつくばる奴に沈黙(サイレンス)の魔法をかけたまま、俺は一息つく。

 安全を確認したセシルが、俺に近付いて回復魔法を詠唱してくれた。鏡が近くにある訳も無いので、一体鎧の中身がどれだけの火傷を負っていたのかは分からない。見えなくて良かったとも思う。




 改めて燐衣の魔女を見るが、常人であればとっくに死んでいるであろう姿だった。

 仰向けに倒れたこいつは、依然として槍が胸に突き刺さったまま、無くなった両手足の元から血を流し続けている。


 とっくに死んでいるであろうというより、既に何度も死んでいると思う。

 こいつの目が力無く閉じて、すぐに目を見開き、また閉じる。それをずっと繰り返している。

 致命傷を負っても死ねない身体なのだと確信できた。燐衣の魔女は確かに不死だ。


 ただ、リリベルと同じ不死性ではない。彼女は死んだとしたら、死ぬ直前の状態に戻って生き返る。時間を巻き戻しているような感覚だろうか。

 そして、死ねば死ぬほどその直前の状態に戻っていく。途中で手足を斬られていようとも死に続ければ最後には五体満足で生き返るのだ。


 だが、こいつは時間を巻き戻して復活しているのでは無く、ただただ死んだらすぐに生き返るだけのようだ。今のこの状態では、こいつは死と復活と、その間に生まれる痛みを感じながらそれを繰り返すだけだろう。この「不死」は()()()()欲しいとは思えないな。


「悪いがしばらくはこのままでいてもらう」


 燐衣の魔女の耳に入っているのか分からないが、俺はせめてもの気遣いでそう語りかける。和解できたなら、最後には元に戻してやりたいと伝えたいのだが、伝わっているだろうか。心からの気狂いに話が通じるか分からないが、それでも伝わって欲しいと思う。




「で、これどうするの……? どうにか殺さないの……?」


 セシルが単純な疑問を投げかけてきた。

 次の手を実行に移す時だ。


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