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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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爆炎

◆◆◆



「モドレオ様! 緊急のご報告があります!」

「入っていいよー」


 黄色いお姉ちゃんが来たのかな。

 でもきっとお姉ちゃんの大切な人たちがお姉ちゃんを守ろうと頑張るから、まだ早い気がするすなあ。もしかしたら、違う報告かな。もう1人の魔女の話かなあ。


「あの、何と申し上げれば良いか……。不思議な話ではあるのですが、海が燃えています! 海上から炎が上がっており、島に近付いています!」


 やった。やったやった。僕の思った通りだよ。


「来た。来た来た来た来たあ!」

「モドレオ様……?」


 嬉しすぎてつい言葉に出ちゃった。

 でも、もう我慢なんかできないよ!


「怒りんぼの魔女にやられちゃった国の人から聞いたけれど、あの魔女はやっぱり不死なんだね! お兄ちゃんじゃ殺せないはずだよ! でも、これでもうすぐ黄色いお姉ちゃんが僕の物になる! 嬉しいなあ!」

「あ、あの……」


 そうと分かったらお爺ちゃんを早く呼んで準備しないと。パーティーには人が多い方がいいよね。


「この手紙を()()()()に投げてきて! 今すぐだよー!」

「は、はっ!」


 何年も待って、探して、やっとお姉ちゃんを見つけたんだもん。

 早く死なないお姉ちゃんの悲鳴を聞きたいなあ。



◆◆◆



「モドレオ様の命でこちらに参った。黄衣(おうえ)の魔女とその騎士はいるか。今すぐ私たちに付いてきて欲しい」


 扉の前で男が告げた。

 俺はすぐにリリベルを離し、エリスロースとセシルを静かに叩き起こす。2人とも眠りが浅いのか、すぐに身体を起こした。

 目が糸で縫い付けられて目蓋を開けられないはずなのに、セシルは寝ぼけ眼の目を擦るような仕草をして俺に問いかけてきた。


「敵……?」

「分からない。俺が出るからリリベルと一緒にいてくれ。エリスロースはクレオツァラを起こして来てくれ」


 そう2人に頼むと、俺は小走りで扉の前まで向かう。

 こんな夜にわざわざ呼び出して来るのは、どうせ碌な用事ではない。燐衣(りんえ)の魔女の話だろうか。


 扉を開けると、全身鎧で顔も見えない者が4人いた。この家を囲むように威圧感を与えながら立っている。なぜか皆息を切らしていている。


 俺は彼らが無理矢理家に入って来ないように、扉の1歩前に出て出入り口をわざと塞ぐ。

 同時にその1歩によって家の外に出ることで気付く。妙に生暖かい風が吹いているのだ。

 昼時の外は心地良い海風が吹いていて、寒くもなく暑くもない過ごしやすさであったが、今は夜深くなってきたというのに空気が暖かい。

 彼らが息を切らしているのは走ったからでは無く、この暖かさによるものだと分かった。

 この空気なら寝苦しい夜になってしまいそうだが、それよりも気になるのはなぜ昼より夜の方が暖かいのかということだ。


 彼らの息切れについては1度頭の片隅に追いやって、彼らに応答する。


「どのような用件でしょうか。緊急ですか?」


 まずは向こうの出方を窺いたい。


「今すぐに来て欲しい。用向きはモドレオ様より話を頂けるだろう」


 怪しさ満点である。


「明日では駄目でしょうか。今日は夜も遅いですし」

「今すぐだ。断るなら無理矢理連れていく」


 記憶を失っていることを知っていたとしても、相手が魔女と知っていてこの口振りで続けるのは、余程腕に自信があると見える。


 そして、「無理矢理連れていく」という言葉は、俺にとっては拒否するのに十分な言葉である。

 サルザスで牢屋番として働いていた時に、似たような状況を何度も見てきた。

 連行を拒否する捕虜たちに、容赦無く太い木の棒で身体中を叩きつけて引き摺り出していく兵士たちを俺は見た。その後、連行された捕虜が元の牢屋に戻ることなんて無かった。

 その現場を見てきたからこそ、彼らの言葉に素直に従うことなんてできそうにないのだ。


 俺が断りの言葉を口に出そうとした瞬間に、鐘の音が鳴り始めた。あまり遠くに響くような鐘ではなく、金属の板を叩くような軽い音だ。それが何度も打鍵される音が響いて、「火事だ!」という叫び声も一緒に放たれる。


 もしかして、生暖かいのは火事のせいだったのか。

 火事という言葉を聞いて、非常に嫌な予感を感じて身体中から汗が出てしまっている。暑さが原因ではない。


「火事みたいですよ」

「それは別の者たちが対処する。話を逸らすな。指示に従う気が無いのか」


 話を逸らそうとしてみたが、どうやら聞き入れる気は無いようだ。

 それどころか、彼らは腰に提げた剣の鞘を手で持ち上げ始めた。後はもう一方の手で剣の柄を掴めば、戦いの始まりになる。


「ヒューゴ殿!」


 2階の窓を力任せに開ける乱暴な音が聞こえてから、クレオツァラが叫んだ。

 目の前の彼らから目を離すことはできないので、耳だけを彼に傾けて応答する。


「何ですか!」

「港の方で火の手が上がっておる! 巨大な火柱の渦だ!」


 以前、燐衣の魔女と相対した時に放たれた魔法の1つと似ている。

 炎が竜巻のようになって周囲に熱風を撒き散らしながら、近くにいる人や物をじわじわと溶かし燃やす恐ろしい光景が、すぐ目の前で起きているかのようにはっきりと思い出せる。


「十中八九、燐衣の魔女です!」


 その言葉を聞いてすぐに行動を起こした彼の判断力と胆力には驚いた。

 何と彼は、2階の窓から飛び降りて俺と4人の鎧騎士の間に着地してきたのだ。

 既に臨戦体勢のクレオツァラが、剣を抜いて彼らと戦いになる前に、俺は彼らにお願いをする。

 彼らと殺し合いなんかしたくない。甘えたことを抜かすなと誰かは怒るかもしれないが、それでも一言でもいいから言わせて欲しい。

 彼らの守るべき者を俺にも守らせて欲しいのだ。


 モドレオ公王の呼び出しは置いて、今は燐衣の魔女と対峙すべきだ。


「力を貸してください。火事はただの火事じゃない。敵が攻めて来ています」


 火事を知らせる金属の音と叫び声に混じって、徐々に悲鳴が聞こえ始めた。火に襲われた悲鳴だろう。

 すぐにエリスロースやセシルを呼んで、燐衣の魔女と戦わなければならない。さもなければノイ・ツ・タットの国民の命がじりじりと失われていく。


「3度目は無い。黄衣の魔女を連れて行く」


 痺れを切らした4人の鎧騎士は剣を抜き始めた。

 彼らが彼らの使命を全うしなければならないのは承知の上だ。

 だが、彼らに国民を守りたいという気持ちがあるように、俺はリリベルを守りたいのだ。リリベルを無理矢理連れて行かせる訳には行かない。


『おい』


 『おい』という詠唱で、俺の身体から吹き出す黒い霧は、一瞬で黒色の鎧と剣に変化する。

 剣を握り、俺とクレオツァラは鎧の騎士たちと対峙する。


「ヒューゴ殿、準備は良いですな」



◆◆◆



 モドレオ様のご指示を受けて、黄衣(おうえ)の魔女の滞在先へ向かおうと城門を出ようとしたところだ。

 正にその時、港の方が赤く輝いているのをヘズヴィルが発見した。


「なんだありゃ、火事か?」


 ヴィヴァリエは空まで明るく照らすその現象の元を手持ちの望遠鏡でただ眺めていた。

 だが、ここからでは家々が邪魔で港をはっきりと確認することはできないだろう。

 彼の何でも観察しようとする癖には慣れたものだが、その暇があるなら衛兵にモドレオ様へ報告するよう指示を出して欲しい。


 俺が代わりに衛兵に港方向の異変をすぐに調べるように城門を守る衛兵に伝える。

 伝えている途中で今度は衛兵が1人坂を駆け上がってこちらに走って来た。


「アルマイオ様! 黄衣の魔女が衛兵と戦闘をしております! 突然巡回中の衛兵に襲いかかって来て、4人が魔女と戦っています!」


 どういうことだ。

 モドレオ様から黄衣の魔女とその部下の騎士の身柄を拘束するよう指示が出たのは、たった今のことだ。勘付かれたにしても早すぎる。

 まさか、モドレオ様の予想通り、本当に黄衣の魔女と燐衣(りんえ)の魔女は結託してこの国を襲おうとしているのか?

 いずれにしろモドレオ様のご指示を達成するためには、力ある騎士の誰かが行かねばならない。


「ヴィヴァリエ、ヘズヴィル。お前たちは黄衣の魔女の滞在先へ向かってくれ。モドレオ様の身にもしものことが無いよう、俺はここを守る」

「勘弁してくれよ……嫌な予感が止まらねえよ」


 ヘズヴィルは無言で頷いてさっさと歩き出してくれたが、ヴィヴァリエは嫌々ながら彼女に遅れて歩き始めた。こういう非常事態の時こそ、力を合わせて欲しい。彼らが心配だが、モドレオ様を守るためにも今は祈るしかない。



◆◆◆



 鎧騎士たちとの戦いには、俺の鎧と剣の出番は無かった。

 クレオツァラは一瞬で相手の懐に潜り込んで兜の顎あたりを拳で思い切り殴りつけた。殴られた騎士はその場でよろめき、その隙に彼は剣を奪い、兜と胸当てのわずかな隙間に剣を突き立てた。

 そして続け様に他の騎士へ距離を詰めて、剣を持っている方の脇を突き刺し、痛みで怯んだ騎士を蹴って他の2人に押しやる。

 1人の騎士が脇を負傷した騎士を抱えた瞬間、彼は介抱しようとする騎士の剣を持たない側に回り込み、首元に剣を突き刺す。

 残ったもう1人の騎士がやっとクレオツァラの行動に追いつき、彼の背中に剣を振り下ろそうとした瞬間、彼がいた場所には既に彼はおらず、騎士の後ろ側に立っていた。


疾風剣(しっぷうけん)


 彼が一言言うと、騎士の胴体から両腕が離れ、血が噴き出す。

 最後に彼は足早に脇を斬られてその場にへたり込む騎士の首を斬り落とす。


 4人の騎士が倒れるまでにとった彼の行動は、速すぎて動きの一部しか見えなかった。コップの飲み物を飲んで、口から離す程の時間しか経っていないのに、既に4人が死んだ。


 その間にできた俺の行動は剣を構えるだけ。

 クレオツァラは自分のことを年老いた終わり際の騎士と形容していたが、彼と比較するなら俺は始まることすらできていない。

 これ程までの力を持つ騎士を初めて見た。


「ヒューゴ殿。ここからは一切の油断と情け掛けは無用ですぞ」

「は、はい」

「どうした?」

「クレオツァラさんが速すぎて俺は何もできなかった……」


 クレオツァラは死んだ騎士の所持品を物色して、武器になりそうな物を選別しながら俺に笑いながら話してきた。彼は戦いで興奮しているのか、口調が丁寧になったり、いつもと同じような気さくな話し方になったりと大忙しだ。


「アルマイオはこれ以上の強さであると思ってくだされ」


 正直、今の戦闘を見てしまうとアルマイオと剣を交えることになって勝てるとは思えない。

 今まで戦ってきた相手は、俺の目で追える程の動きをする者しかいなかった。目で見えても身体が追いつかず反応が遅れることもあったが、今のは見てから反応することすらできなかった。

 アルマイオがクレオツァラ以上の実力者であると言うなら、俺は一瞬で首が無くなるだろう。


 一瞬で戦闘が終わって、変な感傷に浸ってしまったが、すぐにリリベルのことを思い出して俺は家の中に入って行く。


 魔女3人は既に寝衣からいつもの衣服に着替えており、戦闘体勢にはなっているようだ。

 男エリスロースが俺を呼びつけ、リリベルに一本の小さな小瓶を渡す。


「ヒューゴ、この小瓶にお前と私と碧衣(へきえ)の魔女の血が入っている」


 いつの間に俺たちの血を抜き取ったんだ。


「3人の血の記憶がここに集まっている。もしもの時はこれをリリベルに飲ませろ。俺たち、私たちが知っているリリベルの記憶が彼女に入れば彼女の記憶が断片的に思い出されるかもしれない」

「今飲ませたら……?」


 セシルの質問に俺も頷く。今飲ませてはダメなのだろうか。


「本当にそうなるのかは分からない。下手をしたら余計な記憶が入り込んで混乱するかもしれない。狂うかもしれない。だから、ここぞと言う時に飲んでくれ」


 どうやら最後の手段としての血の入った小瓶のようだ。

 願わくばこれを使うことが無いようにことを済ませたいものだ。


 外から聞こえるノイ・ツ・タット国民の悲鳴の数は更に増えていて、先程は過ごしやすかった家の中もいつの間にか生暖かい空気で気持ち悪い。

 先ずは火事の火元を確認したい。燐衣の魔女ではなく、ただの誰かの火の不始末であって欲しいところだ。


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