親愛
◆◆◆
男エリスロースの家に帰ると既に魔女3人は眠っていた。
セシルとリリベルは本来の家主のベッドで寝ており、肝心の家主エリスロースは扉を開けてすぐ近くにあるソファに横になって寝ている。
今のこの島の気候が過ごしやすいおかげで、ソファでも外套を掛けるだけで眠ることはできるが、冬だったらきついかもしれない。
クレオツァラは先に2階へ上がり、綺麗にした部屋で寝に入った。
俺はリリベルの寝顔を一目見てから寝ようと、彼女の寝るベッドまでゆっくりと近付く。足音で誰かを起こさないように努める。特にセシルを起こしたら、きっと食事の恨みそのままに怒ってしまう。
以前、リリベルの髪を切ったことがあるが、今は時も経ち少し伸びてきたようで肩より下に金色の髪が流れている。
あどけなさの残る幼い顔つきで無防備に目蓋を閉じている彼女は、やっぱり名のある魔女には見えない。
サルザス国で初めて出会った時、彼女の肌は病的な白さだったが、今は血色も良く、白いながらもピンクがかった色で健康であることを知らせてくれている。
目を逸らしたくなるような皮と骨だけのようだった身体も、普通の健康な人間の女の子と変わらない姿に戻ってくれている。
彼女がこうして健やかであることが、俺にとっては嬉しい。
願わくばこの先も心身ともに健やかに生きて欲しい。ただの人間である俺が、不死の彼女の最期を見届けることは無いだろうが、それでも俺が終わるまでは、健やかでいて欲しいものだ。
はがれかけた毛布を彼女にかけ直して、ゆっくりと階段近くの手すりまで歩いて、その下に腰掛けて眠る体勢に入る。
ここからなら扉から1番近いし、異変があればすぐに気付けるだろう。
◆◆◆
今、このモドレオ様の執務室には、モドレオ様と俺、ヴィヴァリエ、ヘズヴィル、そして衛兵が2人いる。
夜中ではあるが、モドレオ様に敵襲への対処結果を報告した。
炎の魔法を操る女について報告すると、それは燐衣の魔女という者かもしれないと、モドレオ様は仰った。
「襲撃者の死体は全て回収し、地下墓に安置しております。ただ、燐衣の魔女の死体だけは回収できておりません」
「そっか、海に沈んでるのかも。仕方ないよ」
モドレオ様は死体を丁重に弔う。生きている内は敵かもしれないが、死者になったら救われるべきと仰るのだ。
弟は寛大で優しい。兄として誇らしいし尊敬する。モドレオ様は偉大な王になると確信している。
「君たちにお願いがあるんだ」
俺たちは同時に掛け声を上げた。モドレオ様の命に逆らう者などこの場にはいるはずもない。
「エストロワの偉い人からもらった情報なんだけれど。今、ノイ・ツ・タットに滞在している黄衣の魔女って、燐衣の魔女と仲間みたいなんだよ」
「昼に来たあの小娘でしょうか?」
ヘズヴィルと俺は黄衣の魔女の顔を見ているからすぐに思い出せるが、ヴィヴァリエは見ていないから後で特徴を教えてやる必要があるな。
「そうそうー。それでね、あのお姉ちゃんと部下の騎士を捕まえてきて欲しいんだ。本当かどうか事情を聞きたいの」
「抵抗された場合は如何いたしましょう」
「んー、生きていればどういう状態でも良いよっ! 手足は無くても大丈夫!」
ヘズヴィルの質問が終わって、次は俺がモドレオ様へ伺う。
あの魔女の騎士と共に飲んでいたクレオツァラは、恐らく仲間だろう。モドレオ様は仲間の存在を承知の上で、全員を入国させたのだ。その魔女の仲間の処断について尋ねたい。
「モドレオ様、黄衣の魔女の他の仲間がいたら、如何いたしましょう」
「うーん、国民に危害が及ぶかもしれないね。殺しちゃおう!」
モドレオ様ならそう言うだろうとは思っていた。
旧友クレオツァラの命を奪うのは残念だが、これもモドレオ様の正義のためだ。
それに、国民の命を憂いているのは俺も同じだ。モドレオ様と俺の正義のためには、友の命も犠牲にせざるを得ない。
仕方ない。
今度は、ヴィヴァリエが手を挙げてモドレオ様に伺いを立てようとした。
「モドレオ様、俺も1つ良いですか?」
「いーよー」
「その命は緊急ですか?」
「うん! 夜の方が国民も出歩いていないだろうし、夜が良いかなあ」
◆◆◆
俺は階段の手すりを背に、胡座をかいて座りながら眠っていたはずだが、胸の辺りに違和感を感じて目が覚めてしまった。
もしかしてネズミでも通ったのかと思って一瞬恐怖の感情が湧き上がったが、目を開くとリリベルがいた。
彼女は俺の胡座の中にすっぽり収まる形で横向きに座っていた。
「あ、お兄様。起こしてしまってごめんなさい」
「リリベル、風邪を引くから布団に戻った方が良い」
俺の忠告に彼女は首を横に振り、潤んだ瞳で顔を上げて胸に手を当ててきた。
「お兄様と一緒の方が良いです。だめですか?」
その顔をされたら断れる訳がないだろう。
記憶を失っていても、自分の武器を無意識に発揮できる彼女はやっぱり魔女だ。魔法を使う女ではなく、魔性の女という意味である。
だが、ずっとこの状態にさせる訳にもいかないので、妥協案としてしばらくはこのままで良いと彼女に言ってみた。彼女は一変して不安げな顔から満面の笑みを見せて、顔を俺の胸に押し当てた。
そのまま、彼女は小さな声で俺に喋りかけてきた。
「私ね、前のことが全然思い出せないの。でも、思い出せないけれどお兄様の顔を見ていたり、手を握ってもらっていたりすると、とっても嬉しくなります」
無意識に俺を安寧の存在にしてくれていることは、正直嬉しい。
俺は彼女の頭を撫でながら、話を聞き続ける。
「お兄様とずっと一緒だったら良いなって思います。お兄様のことは全然思い出せないけれど、そう思っちゃいます」
彼女の言葉1つ1つに、俺の胸が締めつけられていくような感覚を覚える。嫌な訳ではない。むしろ嬉しいのだ。
俺は彼女の素直な言葉に、素直な気持ちで答える。
「俺も同じだ」
俺の言葉を受けた彼女は目を瞑ったまま、頬を綻ばせている。
まあ何とも満足そうな顔である。
もうしばらく彼女の髪を撫でてこの時間を楽しみたいと思ったが、家の外で金属が擦れ合うような音がこちらに近付いてきて、至福の時に別れを告げなければならないということが分かった。




