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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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友達

 男エリスロースの家に戻ると、いきなりクレオツァラに一献酌み交わさないかと誘われた。

 記憶の無いリリベルから離れたくはなかったので断ろうとしたが、セシルが彼女の面倒を見ると言って、俺の返事も聞かずに無理矢理家の外へ俺を追い出す。


「せっかく友達が腕によりをかけて料理を作ったのに、酒飲みに走る男はしばらく帰って来なくていいよ……」


 セシルの捨て台詞を最後に扉は勢い良く閉められてしまう。


「ヒューゴ殿も隅に置けませんな」

「ほとんどクレオツァラさんのせいじゃないですか……」


 セシルの機嫌を損ねた張本人をわざと恨めしく睨んでやったが、当の本人は全く気にもかけていない。

 クレオツァラは俺たちが帰って来るまで、胡散臭い魔女2人にずっと気を使っていたため、俺との酒で気晴らしをしたかったのだろう。気持ちは分かるが、今度は俺がセシルに気を使う羽目になったぞ。この後彼女とどう接すれば良いのだ。


 細い路地を抜けて、大きな通りに出る。右に曲がって坂を下っていけば港に行き、左に曲がって坂を上っていけば聖堂に行く。

 モドレオの謁見が終わって聖堂から家に戻ってくるまでに、港近くとは別の酒場を見つけたことを彼に話すと、彼はその酒場へ行くことを所望したので、左に曲がって行く。

 既に太陽は海の向こうへ落ちていて、夜になっている。小さな月と星々の頼りない光では、月が破壊された以前よりも足元は暗くなっているのだが、家々の窓から漏れ出ている明かりが通りを照らしているため、道が見えない訳では無い。


「ヒューゴ殿。私の旧友の名はアルマイオというのだ」


 道すがらにクレオツァラが旧友について語ってくれた。

 アルマイオと言えば、港の騒ぎで何人もの街人がその名を叫んでいた。

 赤色の騎士アルマイオはモドレオの横に立っていた。全身を鎧で包んでいたため顔は見えなかったが、声からしてクレオツァラよりは若かった。


「モドレオ公王の傍に赤い騎士が立っていました。兜を被っていて声がこもっていたので声色ははっきりとしなかったけれど、クレオツァラさんよりは若かったと思います」

「彼かもしれんな」


 クレオツァラはアルマイオが騎士として元気にやっていると分かって、ほっと安堵するような様子だった。これだけ友に想われているアルマイオに羨ましさを感じる。


 俺は物心がついた時から、既に奴隷としてこの大陸に連れて来られて、友と呼べる者などいなかった。

 子どもの頃は専ら偉い誰かさんの屋敷の小間使いとして働き、体が大きくなってからは生産奴隷として農場で働いた。もちろん俺の他に歳の近い奴隷はいたし、そこそこ付き合いの長い者もいた。

 だが、奴隷は病気や怪我をして動けなくなったら、真っ先に捨てられる存在だ。仲良くなっても長くは続かなかった。


 だから、友達と呼んでくれたセシルや酒に良く付き合ってくれるクレオツァラは、俺にとって心をくすぐられる存在であった。


 主人が流行病で死んで、家が衰退していくと奴隷を食わせていく金がなくなった。そうして俺はお役御免になると、今度はサルザス国で牢屋番として働くことになった。

 俺の意志というものはなく、ただその時の環境と偉い誰かの意志に合わせて生きてきただけだ。


 それが今はこうして自由に生きている。

 サルザス国の国境の城が陥落した時から、きっと自由だったのだろうが、その後は頼る者もいなくて結局給金もあまり出ないような仕事しか受けられなかっただろう。

 もしかしたらどこかで野垂れ死んでいたかもしれない。


 自由に生きていて、かつ不自由の無い生活ができているのは、リリベルのおかげである。

 最初は魔女だからと忌避していたが、成り行きでも彼女の騎士になって良かった。彼女は命の恩人なのかもしれない。




 酒場に入ると、港の酒場とは違って店内は落ち着いた雰囲気だった。

 たまに大きな声が上がることはあるが、それ以外は割と静かだ。お上品な店である。

 俺たちは店の隅にある丸いテーブルへ向かってから落ち着く。

 椅子は木でできているが、座面は何重にも張られた動物の皮でできており、弾力があって座り心地が良い。

 店主や女給も清潔感のある白い前掛けを付けていて、周囲の客が食べている食事を横目で見ると綺麗に盛り付けされている。実際に上品な店なのだろう。


 リリベルからは給金をたくさんもらっているので、手持ちの金もそれなりにある。少しぐらい豪遊したって問題無いから、勘定の心配は特にする必要は無い。

 申し訳なかったが、この時点になってしまうとセシルの怒った顔は忘れてしまって、先程頼んだ食事のことを楽しみにしてしまっている。




「クレオツァラさんは、騎士以外のことを生業にしてみようと思ったことはないのですか?」


 食事と酒が入ってから少しばかり経って、酔いも回り始めてきた。心地良い酔いの中で話は弾んでいき、今はクレオツァラの人生これまでの話を聞いていたところだ。


「考えたことはないな。剣と誰かを守護すること1本でこれまで生きてきた。この歳になってもまだ未熟だと思うことはある。私は騎士として完成されていると思ったことはない」

「クレオツァラさん程の熟練者がですか? またまた謙遜を」

「謙遜などではないさ。私の教えを習った騎士が戦いの中で死んだ知らせを聞くことがある。その時に、もっとこうしておけば良かった、ああしておけば良かったと考えることはある」


 クレオツァラは酒を見つめて、遠くの記憶を呼び覚ましている。


「嫌なことを思い出させてしまいました」

「いやいや、良いんだよ。騎士が戦いに身を置くことは当たり前の話だ。誰だって死ぬ覚悟はできているはずだ」


 少ししんみりさせてしまった。反省だ。

 俺も彼に続いて酒を少し口に含んで、心地良い一瞬の沈黙があって、先に飲み込んだ彼が続けて口を開く。


「モドレオ様の印象はどうだったかね?」

「幼い方でした。年相応の無邪気さがあって、王として生きていくには、周りの者がより親身になる必要があると思って、大変そうだなと思いました」


 クレオツァラは「そうか」と小さく返事する。

 彼がここに来たのは、アルマイオの変貌振りとモドレオの暗部という噂話を確かめるためだ。謁見時の少しの会話から2人の全てを測ることはできないが、俺の初見の感想してはどちらも()()だった。


「モドレオ公王とは、燐衣の魔女の件が片付いたら再び会うことになっています。その時に彼の素性を探れたら良いのですが……」

「無理に調べなくても良い。ヒューゴ殿にはヒューゴ殿の使命があるのだから、そちらを優先して欲しい」


 クレオツァラは皺の入った笑顔で酒の入ったカップを掲げて、俺の方へ近付ける。

 俺は彼のカップに自分の持つカップをぶつけてから、2人同時に飲み干す。彼は無理しなくて良い言うが、俺は彼の望みが叶えられるように応えたい。それぐらいの恩はもらっているのだから、返したい。


「久し振りだな」


 わざわざ隅のテーブルで寛いでいる俺たちの方へやって来て、声をかけてきた者がいた。

 赤色の髪が目立つ彼は、俺には見覚えのない者だった。

 それならクレオツァラの知り合いの可能性があって、ノイ・ツ・タットで彼が顔を知っている唯一の知り合いと言えば、アルマイオだろう。


「アルマ――」

「すまん。俺はこの国で騎士をやっているのだが、顔を皆に晒したことがないんだ。騒ぎになるかもしれないから、大きな声で名前は出さないでくれ」


 クレオツァラの「アルマイオ」という呼びかけを途中で遮った彼は、アルマイオで間違いないようだ。

 俺よりは明らかに年上だろうが、30歳も経ていないだろう。それ程、声も顔つきも若い。

 ただ、幾度もの銭湯を経験したからなのだろうか、長袖の服の端から覗く肌には、傷が多く見えた。眼光も鋭く、笑顔ではあるが、心から笑っているようには感じられない。来たるべき襲来のために、気を配り続けているような感じがする。

 彼は俺の方へ手を差し出し握手を求めて来た。


「君は魔女の騎士ヒューゴだね。私はアルマイオだ、よろしく」


 気を配って自分の名前だけ小さく話す彼に、俺は酒の入ったカップを机の上にすぐに置いて、彼と握手を交わす。

 静かな酒場の隅に3人の騎士が集結する。



◆◆◆



 1日中漕いだのに、全然あの島に近付けないじゃん。


 どうなってるのこの海。あ、海の水美味しい。


 早く辿り着いて壊さないと、僕を先に追い越していった海賊の船が、島の人とまた争い合っちゃうよ。


 止めないとだね。殺さないとだね。


 ああ、でもこの船、全然進まないんだもん。この海、潮の流れが速いんだもん。


 ああ、ムカついてきた。



◆◆◆



 また来やがったな。


「昼に来た海賊の旗だな。敵討ちかなんかか?」

「どうされますか、ヴィヴァリエ様」

「アルマイオをすぐに呼んでくれ。敵襲だ」

「ヴィヴァリエ様は……」

「どうせ雑魚だろ、俺の出る幕はねえな。アルマイオが1人いりゃあ十分だ。俺はここにいる」

「はっ! すぐにアルマイオ様をお呼びします!」


 実際アルマイオなら問題ねえが、そんなことよりも俺はここで監視していなきゃならねえ。

 魔力感知できるこの望遠鏡は、夜でも魔力のある物を色を付けて見させてくれるから、使い勝手が良くて楽なんだが、たまに見えちゃいけねえ奴が見えちまって困る。


 でけえ船のすぐ横にいる小さな船。相変わらず船を漕いでいて、全くこっちに辿り着く気配のない女。

 だが、嫌な予感がする。こういう時の嫌な予感は大抵当たるから、今の内に神に祈っておかなきゃならねえ。


「昼に見た時と違って、魔力量が増えてんぞ……。もう望遠鏡越しじゃ眩しくて何も見えねえ……」



◆◆◆



「リリベル、美味しい?」


 セシルお姉ちゃんが料理の感想を聞いてきた。お姉ちゃんが作ってくれた料理はとっても美味しいって言ったら、お姉ちゃんはすごく嬉しそうにしていて、何だか私も嬉しくなっちゃった。


「お姉ちゃんって……。お前、ヒューゴのことを言えた義理ではないな……」

「五月蝿いよ、元魔女……」


 喧嘩してるのかな。

 喧嘩は駄目だよって言ったら、お姉ちゃんもお兄ちゃんもすぐに仲直りしてくれた。良かった。


「これはリリベルのための握手だからな」

「ふふふ、覚えてろよ」


 両目を怪我しているセシルお姉ちゃんは、最初は怖かったけれどとっても優しいから好き。

 エリスロースお兄ちゃんも、優しいから好き。


 でもお兄様が1番好き。早く帰ってこないかなあ。



◆◆◆



 酒の席にアルマイオも加えて、俺たちの騎士談議は大いに盛り上がった。

 アルマイオはいつ敵襲があるか分からないので酒は飲まずに、水と肉料理を腹に収めていた。


 アルマイオとクレオツァラの2人は、過去に大陸中央に位置する大国レムレットの騎士として共に国を守っていたのだそうだ。

 訓練で出会った2人は意気投合し、レムレットの騎士を辞めた後も長く付き合いがあった。


 2人の昔話と騎士としての生き様を語り合うことは、とても有意義で和やかな雰囲気であると思うだろう。

 だが、その実クレオツァラと俺は緊張感で一杯なのだ。

 クレオツァラが、さりげなくアルマイオの近況を聞くところから始まって、少しずつ会話の本質に辿り着こうとしている。俺はクレオツァラの語りに乗る形で手助けをする。

 アルマイオは素直にクレオツァラの質問に答えているが、彼の意図に気付きながらわざとそうしているのか、それとも友として嘘無く答えているだけなのかは、はっきしりない。


「こう敵襲が多いと大変ではないか? 睡眠はどうだ?」

「戦闘があってもすぐ終わるさ。それに、この国も一枚岩ではない。私がいなくとも守り切ることはできる」


 そこで、噂話の真偽を切り出せない彼に対して、アルマイオと初対面の俺がさも純粋な質問を持っていたかのような(てい)で、問いかけてみた。


「昼間の戦いは見ていました。アレだけ簡単に船を破壊したら、放っておいても皆殺しにできるのではないですか?」

「いや、駄目だ。敵は確実に息の根を止めなければならない」


 アルマイオは俺に顔を向けて、嫌な感情を表に出す素振りも見せず答えてくれた。

 クレオツァラは俺に目配せしてから、今度は彼が切り込み始めた。おそらくその目配せの意味は「話をしやすくしてくれてありがとう」の意だと思う。




「お主がそこまで命を奪うことに重きを置くとは。珍しいな」

「ルーツァ、彼らは悪だよ。1度悪に染まった者が善に戻ることは無い。モドレオ様と俺はそれを知っている」

「モドレオ様……君の弟かね?」


 アルマイオは顔を下げて、少し思いにふけるような、そしてどこか物憂げな表情を俺たちに見せた。


「そうだ、モドレオ様は俺の弟だ。まあ、色々あってな……。俺は弟にとっての正義の味方であり続けると決めたんだ」


 どうやらこれ以上、話を掘り下げられそうな雰囲気では無くなってしまった。

 クレオツァラも言葉を詰まらせてしまっている。

 アルマイオは俺とクレオツァラを交互に見渡して、肩を叩いて笑顔で「すまない、暗い雰囲気にしてしまったな!」と和やかな雰囲気に引き戻そうとしてくれた。




 それから少しばかりの時が経ってから、酒場の扉が勢い良く開かれ、乱暴に入り込んで来た2人の男が何かを探している素振りを見せた。

 2人は俺たちの席を見つけると、小走りでやって来てアルマイオに耳打ちをする。

 すると、アルマイオの顔つきはこれまでの柔らかな雰囲気から、鋭い目つきに似合う険しい顔になる。


「どうしたのかね?」

「ルーツァ、すまないが私はこれで失礼する」


 彼が騎士であることと、2人の男が急ぐような素振りを見せたことから、緊急事態であることは確かだろう。

 努めて小さな声でアルマイオに質問してみる。


「敵襲ですか?」

「そのようだ。クレオツァラ、久し振りに話ができて良かった。ヒューゴ、君とも話ができて良かったよ。2人は酒を楽しんでいてくれ」


 彼は懐から3枚の銀貨を置いて、急ぎ足で酒場を後にしてしまった。彼に続いて2人の男も静かにこの場を去って行く。




「クレオツァラさん。やっぱりアルマイオさんは何か訳がありそうでしたね」

「うむ。ただ、彼なりに何かを悩んだ結果、重大な決心をしたようにも見えた。やはり私が口出しをするべきでは無いのかもしれぬ」


 アルマイオと話をしてみて分かったが、彼は好んで敵を皆殺しにしている訳では無いようだった。

 そして、彼の弟であるモドレオも何か訳ありのような言い振りであった。2人に不幸なできごとがあって、敵襲に対して皆殺しという選択肢を仕方なくとっているのかもしれない。

 そうなると、俺もクレオツァラも彼らに対して、簡単に言葉を掛けられるような立場では無くなってしまう。


 結局、2人に何があったのか分からない限り、この話は進められそうにないようだ。


「ひとまずはこの酒を楽しみ、燐衣の魔と戦うことに集中しよう」


クレオツァラのカップに合わせる形で音を鳴らして、俺と彼は酒を再び飲み込む。


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