謁見
銅色の騎士も赤色の騎士も、戦っているわけでもないのに室内でも兜を被るのは、戦いの頻度を物語っている。昼も夜も気が抜けないのだろう。
その殺気立った鎧の騎士たちとは反対に、モドレオはただの白装束であり、身を守る防具を一切付けてはいない。彼が戦いに参加しないことを示している。
参加しないと言っても、そもそもこれだけ小さな男の子で、王となれば簡単に戦場に出向く訳がない。出てきたところで戦場に無用な混乱をもたらすだけだ。
そんな小さな男の子は、嬉しそうに肩を揺らしてリリベルのもとへ小走りで向かい、彼女の手を取る。彼女と歳が近いからなのか、やけに彼女に馴れ馴れしい。
それとも知り合いなのだろうか。
だが、記憶を失う前の彼女から、モドレオという名に心当たりがあるようには感じられなかった。
「燐衣の魔女だっけ? ノイ・ツ・タットに向かっているとエストロワの人から教えてもらったんだよー。困ったことがあったら僕に言ってね?」
モドレオの息巻く好意にリリベルが戸惑っていたので、彼女の代弁をしなければと1歩前に出る。
「モドレオ公王。黄衣の魔女は今、記憶が定かでは無いため、積もる話は望めないかと思います」
「うんうん、知ってるよ」
知っているということは、リリベルの記憶を消すことに賛成したということだ。彼は彼女の記憶が無いことを知っていて、わざと彼女に語りかけている。
主人に恥をかかせている上に、恥をかかせていることをモドレオやリリベルより身分が下の俺に知らしめている。俺個人としての気持ちを吐露するならば、良い気分ではない。
だが、ここで俺が一声上げれば、彼女に更に恥をかかせる上に、下手をすれば殺されるだろう。彼の皮肉に対する気の利いた返事もできない俺では、この場は我慢するしかない。
「魔女のお姉ちゃん、燐衣の魔女が来るまで暇でしょ? 僕と一緒に遊ぼうよー」
ぐいぐいとリリベルの黄色いマントを引っ張り、部屋の奥へ連れて行こうとするモドレオに対して、さすがに俺は一言言わざるを得ない。
「モドレオ公王。我々は先程この国へ到着したばかりで旅の疲れも少しながらあります。燐衣の魔女との戦いのために、どうか今日は身体を休めることに時間を使うことを、お許し頂けないでしょうか」
胸に手を当てながら礼をして、彼の許しをどうにか得ようとする。もし、断られてしまったらリリベルの傍にいさせてもらうように強くお願いするだけだ。それすらも断られたら、俺の命を賭けて彼女を守る覚悟だ。
「えーそんなー」
子どもながらの駄々をこね始めてきたモドレオに、さすがに俺もどう対応して良いか分からずに困ってしまう。
幸運なことに、そこへ赤色の騎士が助け舟を渡してくれた。
「モドレオ様、彼らはここに遊びに来た訳ではないのです。せめて彼らのことを終えてからでも遅くはありません」
赤色の騎士の一声で渋々モドレオは、彼女の手を離し元の席へと戻って行った。
態度には出せないので、あくまで心の中でほっと胸を撫で下ろす。
「わざわざ挨拶に来てくれてありがとう! じゃあ悪い魔女を倒したら必ず会いに来てよねー」
リリベルと俺は揃って礼をして、銅色の騎士に誘導されながら再び部屋を出る。
来た道を戻って聖堂内部の礼拝堂まで戻ると、銅色の騎士の見送りは終わった。
「すまなかったな、モドレオ様に代わって私が謝る。モドレオ様は見た通りまだお若いのだ」
俺は慌ててヘズヴィルに頭を上げるようにお願いする。モドレオと違って、部下の騎士たちは非常に礼儀正しいので、その温度差に混乱してしまう。
「モドレオ様のお言葉通り、我々の力が必要であれば遠慮無く言ってくれ。まあ、燐衣の魔女とやらは我々が殺すだろうから君たちの出番は無いと思うが」
前言撤回だ。ヘズヴィルもどこか棘のあるような言い方をしている。
ヘズヴィルはそのまま巡回のために聖堂を出て行ってしまうのを見届けてから、俺はリリベルの様子を確認する。彼女の心に負担がかかっていなければ良いのだが。
「国王への挨拶も済んだし、エリスロースの家へ帰ろうか」
「お兄様、燐衣の魔女って何でしょうか」
既に稚拙な嘘に綻びが出始めている。
この島には、一旦落ち着くために寄っただけという体なのだから、燐衣の魔女の「り」の字すら彼女は存在を知らない。それに自分自身が魔女であることも、今の彼女は知らない。
「俺たちを狙って悪巧みを考えている奴がいるんだ」
彼女は更に不安気な表情を示してしまったため、頭を撫でて元気付ける。この励まし方で正しいのかは分からない。
「大丈夫だ、リリベルのことは俺が守る。だから俺から離れないでくれ」
「分かりました、お兄様!」
彼女の手を取り、聖堂を後にする。




