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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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集結

 酒場に活気が戻ると、周囲の客は会話が円滑にできるよう声量を上げ始める。

 その結果、俺たちも声量を上げないと誰彼の言葉が聞き取れなくなる。昼間だというのに、こうまで賑やかになるとは想定していなかったので、リリベルが食事を済ませたところで酒場を出ることにした。

 そもそも3人の魔女が羽織るマントの色がとても目立っていて、視線を感じるのだ。


 外は人集りがなくなり、普通の町並みに戻っている。

 路上には一部血が垂れた後があり、それが大通りの坂の上の方まで途切れ途切れではあるが続いていた。


 すっかり腹が満たされて満足気な顔をしているリリベルだが、今の彼女はある意味無防備な状態なので、彼女の顔を見て和んでいる場合ではない。彼女は、魔法に関する知識や俺やセシル等これまでに関わってきた人物の情報が欠落している。

 更には善悪の判断すら失われた状態であり、突然見知らぬ男から父であることを明かされたとしたら、彼女はなんの疑いもなく信じるだろう。今の彼女には良い人と悪い人の区別がつかない。


 だからリリベルと手を繋いで、片時も離れないようにする必要がある。


「いいかい? 外では俺の手をしっかり握って離さないようにな」

「はい、お兄様!」


 育ちの良い妹と思えば何の違和感も感じられない。

 エリスロースもクレオツァラも俺を奇異な目で見ていた。リリベルの記憶が無いことを知っている2人だが、兄妹以外にもっと良い役どころがあったのではないかという顔をしている。俺だって焦っていたのだから仕方がないだろう。




 ひとまずエリスロースが憑依しているノイ・ツ・タット国民の自宅に、荷物を置きに行くことになった。

 酒場を出てから聖堂へ続く大きな通りの坂を上がっていくと、すぐに商店が建ち並んでいるエリアに入る。

 食品を取り扱う店や魔力石店、衣料品店など、たくさんの店があり、人の動きもある。通りを挟んだ向かい側も同じように店があり、店主が呼び込みをする声が街中によく響いている。


 商店と商店の間の小路を通り、突き当たったところの家が彼の家になる。若い男の彼は1人暮らしのため、見知らぬ4人組が突然お邪魔しても問題ないようだ。


 家は2階建てではあるが、荷物やごみまみれの部屋もあり、5人がここで寝泊まりするには手狭だ。

 宿屋を探そうにもこの国には旅人が来ないため、宿屋が一軒も無い。

 俺とクレオツァラは5人が寝泊まりできるぐらいのスペースを作るために、ゴミだらけの部屋を整理することになった。

 ただ整理するだけなのも面白くないので、彼と他愛もない話を交える。


「クレオツァラさんは、目的を達成するためなら、どのような悪事だろうと働くのですか?」

「急にどうしたのだね」


 クレオツァラは、笑いながら聞き返した。

 彼は誠実な人間である。だからここに来るまでに行った多少の悪事に心を痛めていないのか心配だった。

 例えばノイ・ツ・タットへ入国するために、エリスロースは既に何人かの国民を魔法にかけている。命を落とした訳では無いのだが、それでも本来は平和に暮らしていたはずの誰かを操っている状態なのだ。

 ある意味で犠牲になった人を彼は良しとするのか気になったのだ。

 そのことを彼に伝えると、彼は作業を止めずに淡々と返してくれた。


「なるほど、そういうことか。ふむ、そうですな。私は、私の中にある正義に基づいて行動している。だから、今のところは問題ありませんな」

「正義……それは信念という意味でしょうか」

「その通り。ヒューゴ殿は、仮に魔女殿とは別の主人がいたとして、その人が誰かを殺せと言ったら素直に従いますかな?」


 彼の質問から自然と頭の中で、リリベルがもし誰かを殺せと命令してきた場合の姿が思い浮かんでしまった。

 殺すには理由が必要だ。なぜ相手を殺さなければならないのか。相手がどういう生い立ちで、どんな性格なのか、それらの情報を吟味してできた人物像をもとに、殺すに値する者なのかを知りたくはある。

 俺とリリベルが、互いに素直に発言できる関係性だからだろう。


 それではもし、主人がリリベルではなくて、遥かに身分の高い別の誰かだったとしたら、本来は理由を問いただすことなんてできないだろう。


 だがそれでも俺は、そのもしもの主人に対して、殺す相手のことを尋ねてしまうと思う。


 そもそも俺は人なんか殺したくない。誰かを殺したくはないのだから、素性も知らない誰かを殺してしまった場合はきっと、勝手に相手の素性を想像して、後ろめたい感情を持ったまま、その後も殺した相手のことを思って、いつまでも引きずりながら生きていくことになると思う。


 だから、自分の良心が痛まないように最後は聞いてしまうと思う。

 それで不敬だと言われて騎士をクビになったとしても後悔はしないだろう。元々は騎士になりたくてなった訳では無いのだから、辞めたところで未練もきっと無いだろう。


 そこまで考えてやっとクレオツァラの言いたいことが分かった。

 彼もきっと俺と同じなのだ。


「俺は俺自身の信念に基づいて行動すると思います。俺が殺したくないと思ったら、主人にそう言うかもしれないです」

「私も同じだ。だからこそヒューゴ殿とは美味い酒が飲めるのかもしれんな」


 嬉しいことを言ってくれるが、クレオツァラは「だが」と付け足して、続きを話す。


「騎士としては失格ではあるな。融通が効かない上に、主人よりも己の感情を優先させて行動しているのだからな」

「でも、なぜ黄衣の魔女とは別の主人と仮定したのですか? 今の主人で想像しても良かったのでは」

「ははは! ヒューゴ殿、今仕えている主人に関しては、自分の信念を曲げても良いと考えておるだろう? 御二方のやり取りを見ていれば分かるさ」


 なるほど、だからあえて別の主人で仮定して考えさせたのか。


 確かに、今の俺にとってリリベルは、騎士として仕えていたいと思える魔女だ。

 相手が例え聖人であったとしても、その存在がリリベルを害してしまうなら、殺さないで済むあらゆる方法を考えて、それでも尚殺すしか道が無いと分かった時に、結局俺は殺してしまうだろう。

 そこだけは、別の主人で想像した時とは決定的な違いになる。


 殺した後はきっと後悔の念に苛まれることになると思うが、そうなったとしても良い。良心を犠牲にしただけで彼女を守ることができるなら、俺は最後には決断する。これだけは絶対だ。


 幸運なことに、未だにその経験をせずに済んでいるのは、彼女の魔女としての強さと、彼女自身の優しさのおかげだ。

 そして、クレオツァラがあえて仮定の主人で想像させて、俺の答えに対して「同じ」と言ったのは、本当に俺と同じなのだろう。彼にとっても、自身の信念を曲げて良いと思える主人がいた場合は、平気で信念を曲げて行動すると言っていたのだ。


「確かに。今の主人に関しては、俺の信念を曲げても構わないと思っています。俺は彼女のことを心から敬服しています」


 そうやって騎士談議に花を咲かせて掃除は進んでいった。



◆◆◆



 波に揺られて、船に酔っちゃって気持ち悪い。


 でも、もう少しで島に到着するぞ。海は美味しいなあ。


 ずっとあの島で争いが起きているのだから、止めなきゃだよね。痒い痒い。


 争いの元は皆殺さないといけないよね。



◆◆◆



 海賊を退けてから聖堂に戻るとすぐに、ヴィヴァリエが呼んでいると連絡が入った。

 彼のことだから、海風を好んで城壁の上の歩廊にいるはずだ。


 予想通り階段を上がって歩廊に出ると、ヴィヴァリエはどこからか持ってきた椅子に座り、寛ぎながら望遠鏡で海の遠くを見ていた。


「ヴィヴァリエ、敵か?」

「おー来たか、アルマイオ。ほれ、見てみろ」


 無精髭を生やして、肩ほどまでとはいかないが長い髪を海風に揺らしている男は、俺に望遠鏡を渡してきた。


 彼が顔を向けていた先の景色を、望遠鏡越しに覗くと一隻の船が見えた。

 マストの頂点に掲げられた旗は、フィズレの商船であることを表す赤い3本線が記されている。


「ただの商船だろう。あれは敵ではない」

「あー違う違う。そっちじゃねえ。その奥にちっせぇ小船があるだろ」


 もう一度望遠鏡を覗き込み、商船の近くを注意深く見渡してみると、小さな船が確かにあった。

 船が良く見えるようにピントを調節すると、人が2人乗れるかぐらいの小船の上に(かい)を漕ぐ女がいた。顔つきはどう見ても子どもにしか思えない。


「なんだあれは」

「少なくとも漁師じゃねえな。小船で来る所じゃない。どうする? アレ、こっちに向かって来てんぞ」

「モドレオ様へ報告する。攻撃されない限りは放っておけ。どうせ誰であろうとノイ・ツ・タットには傷は付けられん」

「おいおい、防護壁への過信は禁物だぜ? 怪しい奴は殺した方が得だぜ? 殺せると思った時に殺すのが1番だ」


 過信も慢心も無い。この国に、モドレオ様に害をなす者は誰であろうと殺すのみだ。

 ただ無駄な戦いは避ける努力をする必要があるだけだ。女だろうと男だろうと、攻撃を仕掛けてこない限りは手を出さない。


 そんなことよりも望遠鏡を彼に預けて、モドレオ様の元へ急がねばならない。



◆◆◆



 他の者は家に残して、俺とリリベルはモドレオ公王に謁見するために、長い坂を上がって聖堂へと向かった。

 聖堂前の城門にいた門番に、モドレオ公王から届いた手紙を渡して取り次いでもらうようお願いすると、間もなく1人の騎士がやって来て案内された。

 全身銅色の鎧を着込んでいて、肌が見える場所が無い程の装備を携えている。歩く度に鉄の塊を床に殴り付けたような音がするので、相当重いはずだ。背中には巨大な銅色のハンマーを背負っていて、ハンマーの頭は人間の身体と同じぐらいの大きさで、分厚い。鎧の重量よりも遥かに重そうで、もしアレに叩きつけられたら並の人間は簡単に頭から三つ折りになるだろう。


「黄衣の魔女殿と騎士ヒューゴ殿だな。私は聖堂騎士の1人ヘズヴィルだ。モドレオ様がお待ちだ。付いて来なさい」


 その威圧感ある巨大な鎧から、女性の声が聞こえてくるとは想像もしなかった。

 ヘズヴィルは重さを感じさせない足取りで、聖堂内へと案内してくれた。

 聖堂は中央に通路があり、左右には長椅子が等間隔で並べられている。椅子にはぎっしりと人が座っていて、最奥に聳え立つ巨大なマルム教のシンボルに向かって祈りを捧げている。


 俺たちはその脇にある通路を通って、長い階段を上り上階へ向かっていく。

 階段を上った先にある扉を抜けると、屋外の通路に出る。その通路はこの島でも最も高い位置にあり、前後左右どの方面からでも水平線の彼方を拝むことができる。

 リリベルは、()()()()()水平線の景色に興味を示していたが、構わず手を引いて誘導する。


 そして通路を行き止まりまで歩いたところで、細かな装飾が施された歴史を感じる扉に辿り着く。扉の前には、2人の兵士が人形と勘違いしてしまう程に静止して見張っている。


「モドレオ様、黄衣の魔女殿と騎士ヒューゴ殿をお連れしました」

「入ってー」


 扉の向こうで随分気さくな声が聞こえた。

 合図と共にヘズヴィルが両手で扉を開け開くと、中は小さな聖堂のような見た目をしていた。

 ただ、最奥にはマルム教のシンボルが置いてある代わりに玉座があり、その後ろや左右にはカラフルな色ガラスで敷き詰められた窓があった。陽の光が当たると、様々な色が反射して美しさを表す。


 玉座に座る者は、モドレオ公王であると思うが、俺の想像していた以上に若い男だった。その顔の皺の無さやあどけなさから、おそらくリリベルと同じか彼女より歳下であると推測できる。

 全身白の衣服で丸い形をした司教帽を被っている。ストロキオーネ司教と似たような色合いから、マルム教の司教であることは明白だ。


 モドレオ公王が座す傍には、全身真っ赤な鎧を着込んだ者がいた。

 俺の兜と同じように頭全体を覆う兜は、横一線の隙間が唯一中の様子を窺える部位だが、兜の中は暗くて良く見えない。

 右手の手に長い槍を掴み立てていて、それとは反対側の左腰には長剣を提げていた。


「ようこそ、魔女のお姉ちゃん! 騎士のお兄ちゃん! 僕がモドレオだよ、よろしくね!」


 王というには余りに若い彼は、満面の笑みで俺たちを迎えてくれた。


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