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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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発端4

 クレオツァラがノイ・ツ・タットへ同行して来た発端は数日前に遡る。



◆◆◆



 フィズレにある黄衣の魔女の家から1番近い村にある酒場に、今日初めてリリベルと訪れることになった。

 彼女は席に着いて開口1番、「麦酒をください!」と元気良く店員に声をかけたので、俺も元気良く「麦酒ではなくホットミルクをください!」と叫んだ。店員が最終的に持ってきたのはホットミルクだったので、リリベルは頬杖をついて、ぶつくされながら俺を見つめてきた。

 俺は騎士としての役目を果たしたまでである。


「私はいつになったらお酒を飲んで良いのさ」

「せめて後2年は待ってくれ」

「この国には子供が酒を飲んじゃいけない決まりなんて無いのに。国によっては、この年齢になってもお酒が飲めないと社交界では馬鹿にされるんだよ?」

「リリベルの名誉と健康を天秤にかけるなら、健康を選ぶさ」


 酒を飲んでいる訳でもないのに、どことなくリリベルの頬が赤らんでいるように見えた。もしかしたら今が夜で蝋燭の明かりしかないから、そう見えただけかもしれない。それ以降は酒の話を続けることは無く、作戦会議に話が進む。


緑衣(りょくえ)の魔女から知らせが来たよ。虫の知らせならぬ木の知らせでね」

「どんな知らせなんだ?」

燐衣(りんえ)の魔女は隣国のエストロワで船を盗み、ノイ・ツ・タットへ向かっているという知らせさ」


 聞いたことのない国だったが、リリベルの話によるとフィズレから船を使って行ける島国だそうだ。


「それともう1つ。偶然にも偶然なのだけれどね。ノイ・ツ・タットの王様のモドレオだっけ。そんな名前の人から招待されているのだよ。ノイ・ツ・タットに来てくれってね」


 リリベルは懐から手紙を取り出して俺に見えるように机の上に置いた。

 彼女宛ての手紙は全て目を通しているはずだが、それは読んだことの無い手紙だった。


「緑衣の魔女が私に直接送ってきたんだよ。驚いたよ、私の部屋の窓に蔦が手紙ごと絡まっていたんだもの」


 とんでもない手紙の渡し方である。想像だが、植物から植物へ枝という手渡しで送ってきたのかもしれない。


 手紙に改めて目を通してみると、俺とリリベルの名前を宛先に、燐衣の魔女討伐のために力を貸して欲しいという内容で書かれていた。


「なぜ俺の名前も入っているのだろうか。リリベルが黄衣の魔女として、多少は人々から認知されるようになったのは分かるのだが……。それに、届いた2つの知らせは、余りにもタイミングが――」

「そう、タイミングが良すぎるのさ。もしかしたら、燐衣の魔女の罠かもしれないね」

「そんな馬鹿な――」

「おお、ヒューゴ殿ではないか! 君がここに女性を連れてくるなんて珍しいな」


 作戦会議の途中で、軽快に肩を叩かれて聞き覚えのある声に呼び止められる。それなりに人がいる中で、すぐに俺だと分かって声を掛けてくれるぐらいには、彼とは仲が良い。

 すっかり白髪に染まって顔や手は皺が目立っているが、筋肉はしっかり付いており、眼光鋭く濁りの1つも無い。背は俺よりも高く、姿勢は正しい。俺に騎士の何たるかを教えてくれる、良き友クレオツァラである。


 彼はこの酒場の常連で、一時俺がリリベルの騎士を止めようか迷っていた時に相談に乗ってくれた。


「クレオツァラさん、こちらは俺の主人です」


 俺は席を立って彼に譲ってから、リリベルの隣に座り直す。

 クレオツァラは呆気に取られたような、それでいて不思議そうな顔でリリベルと俺を交互に見つめてきた。


「君の主人が女性だとは聞いていたが、まさかこんなに幼いとは」


 確かにリリベルは若いが、さすがに幼いとまでは言えるだろうか。俺よりも長生きしている分、リリベルぐらいの年齢の者を見ると幼く見えてしまうのかもしれない。


「ふふん、彼の主人をやらせてもらっている黄衣の魔女である」


 リリベルは胸を張って両手を腰に当てて、ふんぞり返る。

 人がたくさんいる中で、「魔女」の言葉を大きく出さないで欲しいところではあったが、言ってしまったものは仕方ない。

 クレオツァラは更に驚いてしまい、さすがに心配する。幾ら熟練の騎士と言っても、身体は労って欲しいので驚かせたくない。

 彼は魔女という存在そのものには、畏れや嫌悪の感情は抱かずにいつも通りに接してくれた。魔女と共に仕事をしたこともあるし、戦ったこともあるそうで、心を許すことは難しいが嫌悪感は抱いていないようだった。


 彼が席に着くと同時に、机の上にあった手紙に興味を示した。


「ノイ・ツ・タットの紋章の封蝋ではないか。一体どうしたのかね」


 どうやら彼はノイ・ツ・タットのことを知っているようだ。

 俺はリリベルの許可を取ってから、燐衣の魔女とモドレオ公王の招待状を含めて、これまであったことを彼に話した。


 他人が聞いたら信じてもらえそうにないような、それなりに破茶滅茶な冒険譚を語ったつもりだったが、彼はそれを嘘だとは思わずに受け止めてくれた。彼は誠実な人である。

 俺の話を聞き終わると、彼はいきなり提案をしてきた。なんとノイ・ツ・タットへ同行させて欲しいと言うのだ。


「実はノイ・ツ・タットにいる騎士とは旧友でな。彼がその燐衣の魔女とやらに負けるとは思えんが、心配でな」

「心配?」

「ああ。ノイ・ツ・タットはこの辺りでは有数の、鉱物や宝石を産出する国なのだが、その資源を求める敵が多くてな。基本的に他国との交流を断っている上に、島自体も小さいから、簡単に国を陥落させられると踏んだ海賊や敵対国に何度も襲われている」


 何度も襲われているのにも関わらず、ノイ・ツ・タットという名が聞けるということは、今も国は健在なのだろう。

 旧友の騎士は相当な実力の持ち主で、これまで幾多もの戦いに参加し勝利を収めてきたと彼は語った。


「彼は無駄な争いは好まない男でな。降伏した者は殺さず、丁重に扱って帰還用の船に乗せて帰していたそうだ」


 フィズレの港にぼろぼろの服の者がたくさん辿り着いて、港の自治組織に連行されていくのを見たことがあるが、どうやらその者たちは、ノイ・ツ・タットと戦い負けた者たちなのだと今になって分かった。

 そういえば、最近はめっきり見なくなったなとクレオツァラに尋ねると、彼は残念そうに続きを話してきた。


「それが最近では皆殺しにしているのだ。彼が皆殺しにしているのだ。ノイ・ツ・タットの国民がフィズレに来た時にそう語っていたと、人伝いに聞いた。半信半疑ではあるが、他に良からぬ噂もあってな」

「噂ですか?」

「ああ。彼には弟がいるのだが、その方はノイ・ツ・タット現公王のモドレオ様なのだ。何と言うべきか、彼は弟に心酔している節があってな……」

「家族を愛することは良いことでは無いでしょうか? 心酔という言葉は気になりますが」


 するとクレオツァラは、顔を近付けて声をひそめて話し始めた。赤の他人には聞かせたくない内容のようだ。


「先代の王が死んでモドレオ様が即位されてからなのだ。私の友が敵を皆殺しにし始めたのはな」


 王の意向に従うのが騎士の本懐ではある。王が変われば意見が変わることもある。俺とリリベルは素直に物事を伝え合うことができるが、それができない関係の騎士と主人もいるとは思っている。

 だから、いきなり彼の旧友が敵を皆殺しにしたとしても、心は痛むがそれ自体は不思議では無いと思った。

 しかし、クレオツァラの話にはまだ続きがあった。


「更に、モドレオ様は死体を集めている。フィズレや周辺国に死体が流れ着くことは無いので不思議に思ったが、ノイ・ツ・タットの近くを通過した商船の船員が、死体を回収している騎士と回収した死体を触るモドレオ様を見たと言うのだ」

「殺した者を回収して弔うためでは無いでしょうか? マルム教の司教であればいくら敵でも弔うことぐらい――」

「その船員が望遠鏡で見たモドレオ様の口は、真っ赤に染まっていたそうだ」


 その話を聞いて、俺は思わず息を呑んでしまった。話が本当ならモドレオ公王は凶王かもしれない。

 マルム教に死者の血を口にする教義や儀式でもあれば不思議では無いが、そのような話は聞いたことが無いし、あったとしたら大きな噂になるはずだ。

 マルム教が異常でないとすれば、他に考え得る簡単な仮定話は、モドレオ公王自身が異常な場合だろう。


 クレオツァラは旧友の様子を見て、可能ならその人を説得したいと話した。それ程までに友のことを心配して想っているのだろう。


「もちろんタダでとは言わない。ヒューゴ殿と黄衣の魔女殿が今直面している問題に、私の力を使って欲しい。これでも剣の腕には自信がある方でな」


 俺は正直良い話だと思った。リリベルと俺だけでは、燐衣の魔女と戦うには戦力が足りない。味方は多い方が良い。

 リリベルに彼が同行することに許可を出してもらえるか尋ねてみると、彼女は腕を組んでクレオツァラを見ていた。そういえば、彼女はずっと黙っていたままだった。


「うん、同行するのは構わないのだけれど……」

「感謝します」


 クレオツァラが礼をするが、俺は彼女が何かに気を掛けているようだったので、一体どうしたのかと尋ねてみると彼女は唸りながら答えた。


「クレオツァラという名をどこかで聞いたことがあるのだけれど……」


 今日初めて彼と対面したというのに、クレオツァラという名前に聞き覚えがある訳無いと思った。何かの勘違いでは無いかと返そうとしたら、彼女は突然、席を立ち上がってあっと声を上げた。椅子が反動で倒れてしまう。


「君、剣術指南の本を出していなかったかい!?」

「あ、ああ。私は、騎士と言っても今は特定の主人に仕えておらず、他の騎士の訓練を主に職務としている。それで、ある商人に本人がいなくても剣術を学べるようにと、本を作って欲しいと頼まれたことがあって書いたことがある」


 あ、思い出した。

 リリベルと日課で行っている剣術訓練で、参考に買った本の名前に、『クレオツァラ』という名があったことを恥ずかしながら今思い出した。まさか本を出すような有名人が、こんな酒場にいるとは思わないじゃないか。


 俺とリリベルは一瞬向き合って目を合わせてから、すぐにクレオツァラに向き直って同じタイミングで彼にお願いをする。


「いつも参考にしています。後でサインをください」

「あれはとても良い本だね。後でサインをくれないかな?」



◆◆◆



 クレオツァラの素性を皆に話し終わったところで、外の騒ぎが止み酒場に人が戻り始めた。


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