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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第6章 狂った正義の味方
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発端3

 実はこの酒場に入った理由は、リリベルに野蛮な外の景色を見せないための他に、碧衣(へきえ)の魔女とここで落ち合う約束をしていたという理由もある。


 ノイ・ツ・タットに入国するには非常に厳しい審査を受けなければならない。

 まず、入国の承認をするのはモドレオ公王だ。彼がこの国に入ろうとする()()の者を見極める。

王様が判断すると聞いた時は正直不安を覚えた。あってはならないと思うが、俺が考える王様のイメージとして、王様は気まぐれでその日その日で裁量を変えて物事を決める気がするのだ。


 次に、入国には証人が必要となる。具体的にはノイ・ツ・タット国民の誰か1人の招待が必要なのである。

 口頭で門番に伝えれば良いという訳ではなく、入国者の名前と国民の直筆の署名が記入された紙が前もって門番に提出されていなければならない。

 ただの旅人がふらっとこの国にやって来て、滞在するということはできない。


 しかも、元々ノイ・ツ・タットの国民であるとしても、1度国を出てから再び戻るためには、同じ手順を踏まなければならない。

 だから再入国を容易にするために、この国の民はお互いの繋がりを強くしている。入国時から民同士の会話が盛んに行われているのは、そのためだと思う。誰とも会話していない人があまり見受けられなかった。

 義務感から生まれる上辺だけの協調性になるのではないかと最初こそは思ったが、そうさせないためにもマルム教を強く信仰させているのだろう。信ずるものが同じであれば、仲間意識は生まれやすく民同士の結束はより固いものとなる。この国を作った者は上手いことを考えたものだ。


 なぜここまで入国者に厳しいのかというと、ノイ・ツ・タットには大量の財宝があるらしいのだ。

 酒場の主人が言うには、島の中央にある聖堂『救われる地』の下には金銀等の鉱物や宝石が埋まっていて、どれだけ掘っても、湯水の如く出てくるらしい。


 ただ、この国はそれらの採掘資源を他国へ売って成り立っている訳ではないようだ。

 国同士の貿易はもちろん、個人間の商取引も一切行われることは無い。

 農耕や畜産をしていないが、それでもここでは肉やパンが食べられる。衣服は揃えられているし、木材も紙もある。

 『救われる地』で祈りを捧げれば、望む物が手に入るからだ。


 何とも怪しい話ではあるが、実際にこの国の民は外との交流を一切行わずとも生きていけるのだ。

 怪しい話とは言うが、それを可能にする物があるということを俺は知っている。

 賢者の石だ。

 世界に数える程しか存在していない超精巧な魔力石。その魔力石にはあらゆる魔法の仕掛けが施されていて、使う者の望む物を制限なく具現化することができる夢のような代物。

 賢者の石があれば、この島だけで生きていくことはできるかもしれない。


 しかし、賢者の石は所詮魔力の塊だ。いつか魔力が尽きた時のことを、使用者は、国民は考えているのだろうか。

 いや、考えていないだろう。考えないで済むための()()()()なのだろう。






「それで、入国時にリリベルが魔法をかけられたということは、本当なの……?」


 碧衣(へきえ)の魔女セシルは果実酒を(たしな)みながら、リリベルのことを尋ねてくる。


 俺はこれまでの経緯をセシルに細やかに伝える。

 リリベルは入国時に門番から魔法をかけられたのだ。

 彼女が黄衣の魔女として魔法に関する依頼をこなしていることは、ノイ・ツ・タットにも少なからず知れ渡っているようで、その魔女の力を恐れてか、この国に滞在する間は、彼女のこれまで生きてきた記憶全てを遮断する条件を付けられたのだ。

 記憶が封印されていれば、魔法を安易に使うことはできない。俺が知っている黄衣の魔女としての実力は、今のリリベルでは発揮できないのだ。


 俺は彼女の身に危険が及ぶ可能性が増すことを考慮して、彼女に入国することを諦めるよう強く薦めた。

 だが、彼女は断ってしまった。

 俺の提言を滅多に断らないリリベルが敢えて断ったのは、自身が不死であることと騎士として俺がいることも理由に挙げていたが、最たる理由は燐衣(りんえ)の魔女だ。


 推測ではあるが、燐衣の魔女は怒りを魔力に変える力があると思っている。

 ミレド王からもらった情報の1つから、そう推測するに至った。怒りを魔力に変える方法までは分からないが、今までの経験からしてどうせ『魔女の呪い』絡みだろう。

 問題は怒りだ。ミレド王は燐衣の魔女が怒れば怒る程、魔力を増し続けていたと言っていたが、果たして怒りが冷めた時に合わせて魔力も減ってくれるのかという懸念がある。

 1度怒って増えた魔力が、その先下がることは無い場合、俺たちにとって非常に不味い状況になる。1度燐衣の魔女と相対して負けているのだから尚更だ。

 だから彼女の怒りに手が付けられなくなる前に、彼女を倒さなければならない。状況は結構危うい。


「話は大体分かったけれど……。リリベルがこんな状態でどうやって燐衣の魔女と戦うのよ……」

「実はこの酒場で落ち合う者は他にもいる」


 話している内に酒場の扉が開けられ、丁度良く助っ人が現れた。


「やっと辿り着けた……。なんて入国し辛い国なんだ。疲れる、ああ疲れるさ」

「仕方あるまい。この国はその用心深さで成り立っているのだ」


 1人は赤いマントを羽織った若い男で、着慣れてよれたシャツに特徴の無い長いズボンを履いている。男だが赤いマントで判別できるその人はエリスロースだろう。

 もう1人は、商業国家フィズレにある黄衣の魔女の棲家から、1番近い町にある酒場で知り合った騎士だ。彼とは飲み仲間で、酒場で会った時にはいつも騎士談議に花を咲かせている。

 名前をクレオツァラ・サザールと言う。


 俺とリリベルが日課の剣術訓練をしている時に、参考にしている本があって、その本は『クレオツァラ流剣術伝書』と表紙に書かれている。

 そう、彼がその作者だ。いつもお世話になっています。


 俺は手を振って2人を迎え入れる。




 1つの丸テーブルを5人が囲む。

 リリベルは先程注文していた料理がきたので早速食べている。味付けされた米の上に、卵を溶いて焼いたものが覆いかぶさっていて、更に赤色のソースがかかっている珍しい食べ物だ。

 彼女はその料理を口に運ぶ度に、満面の笑みになる。これまでのリリベルの記憶がある状態なら、きっとこの料理の作り方に興味を示していただろう。


 入国後、記憶を無くしたリリベルをこの状態に持っていくには、相当の努力を要した。

 一時的とは言え、これまでの記憶を無くしてしまったのだから、ひどく混乱してしまい、挙げ句の果てには幼子のように泣き出してしまったのだ。

 そこで、彼女に嘘をつくことにした。俺は彼女の兄で、旅する途中で頭をぶつけて記憶を無くし、家に帰る前にこの島で一旦落ち着くために来たという(てい)で、長い説明の末に落ち着くことができた。


 記憶を無くしたと言っても、言葉や物の使い方などは覚えているので、完全な記憶喪失状態では無いようだ。生きるための全ての知識が失われていたらどうしようかと思ったが、その点については安心した。


 リリベルから碧衣(へきえ)の魔女セシルに視線を移すと、不意に疑問が湧いた。


「碧衣の魔女は、入国時に何も制限されなかったのか?」


 俺の質問に彼女は眉をひそめたので、何か癪に触ることでも言ってしまったのかと不安になってしまう。


「セシルで良いよ。私と貴方は友達でしょ……?」


 青緑色のフードの下から覗ける黒髪と可愛らしい顔を、台無しにしてしまう糸で縫い付けられた両の目蓋は、痛々しく血が付着している。

 目はその人の感情を読み取るための情報源として、重要なものの1つだ。その目が見えない状態になっていては、眉の微かな変化や声色で何となく察することしかできない。

 だが、彼女ははっきりと物を言うタイプみたいで、何に不満を持っているのか示してくれた。

 彼女は、友達に他人行儀な振る舞いをされるのは嫌だったらしい。


「そうだな。えーと、セシル」

「そうね……。私は特に何もされなかったわよ……。元緋衣の魔女さんから用意してもらった入国用の手配で簡単に入ることはできたわよ……」


「はははっ、喧嘩を売っているのか?」


 セシルの挑発に茶髪の男、エリスロースが口元をひくつかせているところを、隣に座っていたクレオツァラがなだめる。

 セシルは自分が碧衣の魔女であることを門番に明かした上で、何もされなかったようだ。不思議な話だ。

 彼女が有名人でなければ、それまでの話であったということになるが、腐っても『歪んだ円卓の魔女』の1人だ。魔女の中でも相当の実力を持つ彼女を、枷も無くノイ・ツ・タットに放ったのには(いぶか)しまざるを得ない。




 その後は他の者の入国方法を聞いてみたところ、俺とリリベル以外はエリスロースの策略のおかけで入国できたようだ。

 エリスロースは血の魔法を使って、ノイ・ツ・タットから発った者を操り、再び入国させてから署名を書かせることで難なくことを済ませたようだ。彼女の血の魔法は、操る対象の記憶を読み取り、共有することができるため、誰が署名したか、どんな名前かを簡単に盗み見ることができるのだ。

 彼女の血が混ざった者は、彼女が操っていない時は本来の自分のまま行動できる上に、基本的にはエリスロースに対して尊敬の念を抱くようになるため、彼女の意思で身体を動かされることに嫌悪感を持たない。便利な魔法である。

 もっとも彼女が敬意を抱かれるのは、彼女が血に混ざった相手に対して、傷や病があれば癒やしているという行動をしているからだろう。

 彼女に操られている者は、感謝して自発的に操られていると彼女は言っていた。


 今、目の前にいる、赤いマントを羽織った見覚えの無い短い茶髪の男は、おそらく元々はこの国の民だろう。


「それで、もう1人いるみたいだけれども、その方はどちら様……?」


 目を閉じたままのセシルが、正確にクレオツァラに顔を向けて彼の素性を尋ねた。

 俺はクレオツァラと目を合わせてから、頷く動作で彼に自己紹介をお願いするように促す。


「名乗り出るのが遅れて失礼した。私はクレオツァラ・サザール。商業国家フィズレで騎士をしている者だ」


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