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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
プロローグ
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黄衣の魔女

 今、俺が牢屋番として働いていた城は陥落した。

 あっけないものだ。

 これでこの辺りはサルザス国の領地ではなくなるのだろう。


 遠くに見える城壁の向こう側で、ゆらゆらと動く赤く濃い光が、ある種の儚さを感じさせる。

 とはいえ、この城に来てから二月(ふたつき)ほどしか経っていないから、未練や悲しさは感じない。




 今はただ、なるべくこの場から離れて、敵軍である隣国オーフラの兵士に見つからないようにしなければならない。感傷に浸っている場合ではないのだ。


 俺は腰をできるだけ低くして、草原を走り抜ける。

 周囲はオーフラの兵士たちが城を取り囲むように、あちこちで進軍の合図を待ち控えている。


 奴らに見つかれば十中八九、殺されるだろう。

 それは俺の後ろに魔女がいるからだ。


 奴らはこの魔女を血眼になって探している。もし見つかれば、俺は魔女を護衛するサルザス国の兵士として認識されるだろう。

 ともなれば、結末は推して知るべしである。




 魔女が一生懸命に俺の後ろを付いて来る。

 努めて小さな声で魔女に問いかけてみた。


「おい。お前は瞬間移動できるだろう。俺に引っ付いてまわらずさっさとどこかへ逃げろ」


 魔女はふふんと不敵に笑ってみせた。


「私は君に興味があるんだ」


「勘弁してくれ……」




 サルザスとオーフラが戦争をする理由の一つが、この魔女だ。


 黄衣の魔女。数多いる魔女の中で、1、2を争うほどの魔力量の持ち主。

 魔力が人々の生活を支える基盤になっているこの大陸で、黄衣の魔女を従える国は、永劫繁栄し続けることができると言われている。


 俺は、今も燃え盛っているあの城でこの魔女の牢屋番をしていたのだ。

 そして、この魔女と接していたからこそ分かったことがある。この魔女はイカれているし、これからも関わるべき相手ではない。

 だから、一刻も早くこいつから離れたいのだ。




「牢屋番の仕事よりも良い仕事があるんだ」


 魔女が脈絡もなく話しかけてきた。

 ああ、もう嫌な予感がする……。




「私の騎士になってくれないかね、ヒューゴ君」


 夜の草原でも輝く黄金の髪色が風で揺れて動く。黄衣の魔女は俺に転職を勧めてきた。




 目が覚めると見知らぬベッドの上だった。

 ぼんやりとした意識の中で、俺はなぜここにいるのか。ここに至るまでの間に、昨日は何をしていたのか思い出そうとしてみた。


 オーフラの軍勢が攻め入って来て、城が陥落したこと。命からがら城から逃げ出したこと。なんとか隣町のザリオに辿り着いたこと。


 少しずつ意識がはっきりしていくにつれ、記憶も蘇り始めてきた。

 だが、まだ他に何か思い出すべきことがあったような気がする。とても重要なことだったはずだが、なぜか思い出そうとすると憂鬱な気分になる。




 顔でも洗えば思い出すだろうと、体を起こそうとした時、ふと視界の端に女の子がいることに気付いた。

 そして、その女の子を完全に視界に捉えた時、全てを思い出した。

 金色の長い髪を横に流して寝ている女の子、黄衣の魔女。


「あ、最悪」


 俺は自分でも気付かぬうちに小さくボソッと正直な感想を呟いてしまった。

 呟き声に反応したのか、魔女が薄く目を開けてこちらを見やる。


「おはよう」

「お、おはよう」


 そうだ、そうだった。ザリオまでやって来たものの、夜中で、お金も満足に持ち合わせていないから宿探しには苦労したのだった。

 結局、魔女の護衛をする兵士という(てい)で、『部屋を貸さないと旅に疲れた魔女の魔力がここで暴走するぞ』と脅迫して無理矢理にではあるが部屋を借りることができた。

 宿屋の主人には申し訳なかった。




 ひどく汚れたボロボロの布切れ一枚をまとっていた黄衣の魔女は、今は素っ裸で久方振りともいえる湯を楽しんでいた。

 城にいた時は真冬であろうと、冷たい水で湯浴みをさせていた。寒さに震える体を見た時は、若干の心苦しさもあった。

 魔女は目の前で湯桶に入り、布で身体を拭いながら話しかけてきた。


「それで、どうかな。もし良ければ私のもとで働いてみないか。もちろん無理にとは言わないさ。私をもう一度牢屋にぶち込んでも構わない。恨んだりはしないから安心して」

「ここ数日の内に色々ありすぎて……。頭の整理が追いついていないんだ。だからいくつか質問させてくれないか」

「うん、いいよ」


 魔女は柔らかく微笑んで返す。


「まず、名前を教えてくれないか。初めてお前と会った時に、名前を聞いたが――」

「『魔女に名前を聞くなんて、良い度胸しているね』」


 魔女に遮ぎられて、初めて会った時と同じ言葉を笑顔で返した。その物腰柔らかい口調と笑顔が逆に恐怖を煽る。

 見た目はただの女の子にしか見えないが、魔女なのである。


「……あ、ああ。そう言っていたな」


 名前で呼べるなら話しやすいかと思ってみたまでだ。名前を聞くことで話がこじれるなら、やはり聞かないほうが良さそうだ。


「んー」


 魔女は俯き身体を拭く手を止め、少し考えていた。


「君に信用してもらうためには必要なことか」


 何かぶつぶつ言っている。


「リリベル」

「え?」

「リリベル・アスコルト」


 素っ裸で真っ直ぐにこちらを見つめる魔女は、言い終わると柔らかい表情で微笑んだ。


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