7. 覚醒
プロローグの内容が含まれます。
「この場所を知ってるのはあんただけか?」
白人の男、トールズはユキトにナイフを向けたままたずねた。
ユキトは声を震わせながら答えた。
「い、いや、僕しか知らないです!仲間なんていません!あの人を助けたかっただけです!」
トールズは薄目で睨みながら、さらにナイフをユキトの喉元に突きつけて言った。
「仲間がな、あんたがここに来る途中警衛隊と話してるのを見たって言ってんだ。これはどういうことだ?」
たしかにユキトは警衛隊と話していた。
「あの子をちゃんとした病院に連れていった方がいいと思って、それで病院のことを聞いてたんです。」
警衛隊とは、民間の自衛組織、街を守る存在だ。
国の軍とはなんの関わりもなく、独立した組織で、市民からの信用は警衛隊の方が大きかった。
「まあ、警衛隊と接触した時点で、あんたの命はねえからな。吐くべきことがあったらさっさと吐いた方がいいぜ。楽に死なせてやる。」
ユキトは今にも泣き出しそうだった。
目には涙が浮かび、汗と混ざって顎を伝う。
それでもユキトは仲間などいないのだから、なにも話すことができなかった。
ただ黙って、どうにか助からないか祈るしかなかった。
「そうか、なんも言わねぇか。」
トールズは痺れを切らし、ユキトの服を掴んだ。
「おいお前ら!この服見てみろよ!上等もんだ!こいつのこともう好きにしていいぞ!」
いつの間にか彼らの仲間が大勢集まっていた。
多くは褐色の肌で、カールした髪をしていた。
そのうちの1人がトールズからナイフを受け取り、彼に代わってユキトにナイフを突きつけた。
「へへっ、確かにな。いい触り心地だ。」
ユキトはこの日、日本で使っていた服を着ていた。
この世界に来た時に着ていたものだ。
宿で服をもらったが、日本の服も合わせてローテーションで着回していたのだ。
日本へ帰ることを忘れないように。
*
少年の額から一筋の汗が、ツーっと鼻の横を流れていった。
唇をつたい、口に入る。
塩辛い汗が唾液を増やし、ゴクリと喉を鳴らした。
荒い呼吸が、薄暗い、廃墟と化した広間で目立つ。
17歳の少年、ユキトの喉元には、ナイフが突きつけられていた。
「おい、また暴れないようにしっかり押さえろよ」
ユキトの後ろでは大柄な男が、背中に回ったユキトの腕を片手でがっしりと掴み、もう片方の手で後ろ首を、指を食い込ませて掴んでいた。
広間には見世物を見るかのように、何人もの薄汚い格好が彼を囲んでいる。
「ほんとうだ、こいつ、なかなかいい服着てんじゃねぇか。全部貰うぜ。」
ナイフを持った男は、見物を決めていた男を2人呼んで、ユキトの服を脱がせた。
彼は今までの人生で、集団で襲われたことなど1度もない。
それどころか、喧嘩すらしたことがない。
初めて命の危険を感じ、涙を浮かべながらも、喉元にナイフを突きつけられていては、大人しくするしかなかった。
「ちっ、他にはなんも持ってねぇのかよ。んじゃもう用済みだ。じゃあな、坊主。」
男は持っていたナイフを、ユキトの露わになった右胸に目がけて振りかざした。
こんなあっけなく死ぬのかよ。
ユキトは恐怖と悔しさで顔を歪ませながら、死の回避を必死で考えていた。
その潤んだ目はナイフを持った男のある一点を捉えていた。
「ああぁぁああああ!!!!!!」
突然叫び声を上げ、ユキトは男の急所を思い切り蹴りあげた。
男にとって、それは何にも耐え難い苦痛だったろう。
男は持っていたナイフを落とし、金的を抑えてうずくまった。
「こいつ!まだ暴れやがる!」
ユキトの腕を抑えていた大男はさらに腕を締め上げ、その様子を見ていた他の人たちも集団リンチに加わる。
ユキトは多人数ではもう歯が立たず、体を小さくして身を守るしか無かった。
延々と蹴られ、殴られ、角材の木片がささり、体に血が滲む。
ふと彼の目に、振りかざされる角材が、時が止まったかのようにゆっくりと写った。
彼は咄嗟に腕をのばし、振り下ろされる角材を奪うと、その男の顔めがけて思い切り腕を振った。
角材は男のこめかみに綺麗にあたり、男は目を白くして倒れ込んだ。
一瞬男たちは、ユキトの抵抗に怯み動きを止めた。
しかしすぐにリンチが再開されたが、それは先程よりも激しく強くなっていた。
もう何時間経っただろう。
ユキトは時が過ぎるのが遅く感じた。
うぅ…うっ……
もう痛みを感じない。
涙も出ない。
叫び声も枯れ果てた。
こんな状態でもまだ死んでいない自分に、彼は少しだけ自信を感じた。
意識が朦朧とし、視界が歪む。
突如、暴力の嵐が止んだ。
男たちは広間の入り口に向かって走っていく。
入り口には、ユキトにとって見慣れた恰幅のいい男が立っていた。
さっきまでユキトに手をあげていた男たちが、今度はそちらへ襲いかかる。
恰幅のいい男は右足で思い切り地面を踏んだ。
すると突然地面が揺れた。
広間全体がグラグラと揺れる。
天井は石片や砂埃を落とし、ガタガタと音を鳴らす。
男たちは立っていられず、足がもつれて地面によろける。
恰幅のいい男は倒れ込んだ奴らを次々蹴りあげ、ユキトの元へ向かっていった。
地震がおさまり、恰幅のいい男が入ってきた入り口からは、遅れて白い軍服のような格好の人たちが、槍を手に走ってきた。
軍服は襲いかかるリンチ集団をものともせず、次々と押さえつけ、縄で縛っていった。
「大丈夫か、ユキト。よく耐えたな。病院で治療してもらおう。」
そう言って、恰幅のいい男はユキトをやさしく抱えあげた。
ユキトは視界が霞んだまま、自分を抱き上げている男の顔を見上げる。
「ジェ……ムズ……さん…。」
そのままユキトは、ジェームズの腕の中でゆっくりと目を閉じた。