5. 出会い
1日遅れて申し訳ありません。
宿で働き始めて1ヶ月が経った。
この世界にも慣れてきたユキト達は、少しずつこの世界の見聞を広めていった。
この国はネイルド・フラム王国という。
フラムは一家という意味で、直訳すれば「ネイルド家の王国」。
1つの王族による統治国家なのだろう。
およそ150年前に隣の国、セアス王国から独立を果たし、現在は5代目ネイルド国王がこの国を治めている。
王都ヨーデは東端に位置し、そこと隣接しているこの街は、セネアと呼ばれる。
多種多様な人やモノが往来する王都を繋ぐ玄関口として、ここセネアは栄えている。
そしてこの1ヶ月、ユキトがこの宿で過ごしている間、2つの出会いがあった。
*
ユキトがこの宿で働き始めて3日目の午後、客がチェックインしだす頃、ユキトは広間でのんびりくつろいでいた。
他にすることがなく、ボーッと人間観察をしているユキトの目には、この街を経由して王都に商品を運ぶ行商人、王都に招集されている軍人、ときおりただぶらぶら旅をしているという男などが映っていた。
その中で、とりわけユキトの目を奪った男性がいた。細身の長身で、若い色白の男性だった。
それはこの世界に迷い込んだ初日にも見たことがある。
髪の毛の代わりに白菜のような長い葉が流れるように後頭部に向かって生えており、耳が尖っている。
透き通るような薄い緑色の目は、何もかもを見透かしているかのようだ。
顔立ちは整っていて、白いスーツとレッドカーペットが似合いそうな男だった。
「ロネ」と名乗る彼はエルフだった。
追っかけファンを数万、いや数十万人は従えていそうな、はっきりと、それでいて淡い雰囲気を醸し出す顔面に興味の惹かれない女はいない。
リンゼルさんも少しボーッとしているようだった。
ロネが近づいてきても上の空。
声をかけられてハッと我に返り、思い出したかのように宿の手続きを済ませていた。
そしてもう1人。
ロネに目を奪われた羊が1人…。
「ちょ、母さん…」
母は彼を見つけるやいなや、目にキラキラを纏って飛び出した。
「あなた!うわっ!すごい!頭が葉っぱ…!妖精さんなの!?肌っ、白っ!!美容液は?何を使ってるの!?」
この光景を父が見たらどう思うか……。
まあ、物珍しさに惹かれているだけなのだろうけど。
グイグイ迫る母に、端正な顔立ちが焦った表情で周りに助けを求めていた。
案の定、客に迷惑だとリンゼルさんに怒られた。
ロネは少し戸惑いを見せながらも、荷物を部屋に置くと再び外に出た。
彼が出ていった広間を見渡すと、他の客は先程のエルフについて話を弾ませていた。
どうやらエルフがこの街にいるのも珍しいらしい。
ロネが出てった後、今度は別の興味深い客がやってきた。
「あの、ジェームズさんはいますかね」
綺麗な白いシャツの上に青い艶のあるベストを着た、いかにも貴族といった格好の男性は、扉を開けるとオドオドしながら尋ねた。
優しそうなタレ目の中年で、頭頂部と前髪がとても寂しい。
ユキトはその男性の顔を見て、懐かしさを覚えた。
アジアの顔だ!
この世界にもアジア系の顔はいるんだな。
故郷が恋しくなる。
そこへジェームズが2階から降りてきた。
「ヒロアキ!元気か?ガッハッハッ!!」
ヒロアキ?
え、ヒロアキ?
その名前はもう日本人のそれだった。
「ユキト!ミサキ!ちょっと俺の部屋に来てくれ!」
ジェームズがユキトと母の名前を呼ぶ。
*
佐藤博明は東京に住むしがないサラリーマンだった。
いつもと同じく、その日は仕事帰りに居酒屋に立ち寄って、ほろ酔いで池沿いの歩道を歩いていたら、強引にこの世界に引っ張り込まれたらしい。
まさかの日本人3人目。
ジェームズとヒロアキ、そしてユキトと母の4人は狭い部屋で密談を始める。
「俺はあんたらの他に、俺らと同じようにここに来た人を2人知ってる。その1人がこいつだ。」
聞けば、ジェームズがこの世界に来るよりも少し前にこの世界に来たという。
やはり言語がわからず、食料にもありつけないまま道に倒れていた彼を、たまたま通りかかった貴族の方が拾ってくれて今に至るらしい。
ジェームズとはこの世界に来て数週間たった時に会ったという。
「日本語で泣き言零してんのが聞こえてきてな、俺が面倒見てやったってわけだ!」
それからはジェームズが買い出しに行く時に何度か外で会っているらしい。
同じ世界のコミュニティは必要なのだ。
そして、今日この宿に来た理由は、
「また言葉を少し理解出来るようにしてもらいたくて」
ヒロアキがお世話になっている貴族には、ヒロアキは全く言葉がわからないという認識があるため、いきなり言葉が理解出来るようになっては不審がられる。
そのため、少しずつジェームズの力を借りて、少し成長は早いが、自然と言語を習得したように見せているようだ。
「ただ今日は、いつもより強めにしてもらいたいんです。」
ヒロアキが注文をつける。
「ん?ダラダラやるのに痺れを切らしたか?」
ニタニタと笑いながらジェームズが聞いた。
「いえ、そうではなくて、来月あたりにこの国で祭りが開かれるんですよ。で、私のとこのお屋敷が王都に招待されてまして、情報を得られるチャンスなのではないかと思う次第で…」
「なるほど、王都には他国のやつらも来るのか?」
「そうみたいです。詳しくはわかりませんが…」
祭か。
国全体で開かれるのだろうか。
ユキトは祭りの騒がしい雰囲気を想像した。
その隣でジェームズがヒロアキの額をコツンと突く。
ユキト達と違って、ヒロアキは頭痛や吐き気はしないようだ。
おそらく日頃から少しずつ言語を頭に流しているから、情報量に混乱することもないのだろう。
ヒロアキの用事も済み、4人は少し談笑をつづけた。
ヒロアキにとっても、ユキト達は異世界に来て初めての日本人だったらしく、思いのほか話が盛り上がった。
空が赤く染まる頃、ヒロアキは貴族の屋敷に帰っていった。
*
これがユキトの出会いだった。
今後彼らが、ユキトとどのように関わっていくかは、また後ほど。