2. f**kin guys!!!
建ち並ぶ家々の隅に立って、だんだんと焦りも消えたユキトは、現状の整理を始めた。
これは……、この状況は……。
「夢だ。」
夢に違いない。
「きっとまだ車の中で寝てんだな。」
声に出してそうは言っていても、やはり夢にしてはやけにリアルな感覚に、これは現実だと思わざるを得なかった。
試しに頬をつねってみる。
痛み以外、何も変わらなかった。
「はぁ、なら、現実的なことを考えよう。」
こんな状況にも関わらず、いつになく冴え渡る頭でユキトは問題をひとつひとつ考え始めた。
まず第一に、ここはどこか?
異世界だ。
おとぎ話に出てくるような人がチラホラ見える。
第二に、帰れるのか?
どうやって来たのか分からないのに、帰り方など分かるはずもない。
この問題は後回しだ。
なら次に考えることは、ここでどうやって生活していくか?
彼は手持ちを確認したが、尻ポケットに突っ込まれた長財布とスマホしか無かった。
こんなことなら車に荷物を置いてくるんじゃなかった。
少しばかり後悔しながら財布の中身を確認していく。
潜んでいたのは4千円と512円。
今まで溜め込んできたコンビニのレシートと、クーポン券がごちゃごちゃと入っているだけ。
そして保険証。
いくら偉大な野口英世でも、ここでは役に立たないだろう。
スマホをつけてみたが、充電が62%。
しかし電波もWiFiもないこの世界では連絡など入れられるはずもなく。
できることはオフラインでも可能なゲームアプリだけ。
ユキトは少しゲームを開いて……。
おっと、そんなことをしている場合じゃない。
街を見渡してみた。
看板や壁にはられているチラシなどを見てみるが、見たこともない文字が書かれている。
街ゆく人々の話し声に耳を傾けてみるが、何語を話しているのかさっぱりだった。
日本語でも英語でもない。
「これじゃ宿にも泊まれないし、物も買えないな。」
ホームレス生活をするしかないのか?
乞食みたいに?
最悪の想定を考え始めていたそのとき、向かいの家の路地からこちらに向かって走る女性が見えた。
「あ、やっぱりユキだ!!!」
ん?
あれは……?
「母さん!!?」
………。
どうやら母親も同じく異世界に来てしまったらしい。
「よかった!いきなり変な場所に出たから、アキちゃんたちもいないし。とりあえず夢じゃないか確認だけ!!」
言いながらユキトは強めのハグをうけた。
「ちょっ!いいから、あ、苦し、ギブギブギブ!」
「あー、ごめんね!」
ユキトの母は、歳に似合わず、いつになくキャピキャピとしていた。
きっとこの不思議な世界に興奮しているのだろう。
「はぁ、はぁ、夢の確認でなんでハグなんだよ!」
ユキトはツッコミを入れながら、2つの意味で顔を赤らめた。
しかし柄にもなく、母親がいることに心強さも感じていた。
そして問題解決の糸口をつかむべく、親子密談。
会話の中で、やはりここは夢などではなく、異世界なのだと再確認。
そして今後の生活の問題。
「そうね、まずはジェスチャーで会話をする!そして宿を見つける!でもそれと同時に、アキちゃんたちも見つけなきゃね。」
そうだ。
ユキト達2人が異世界に迷い込んだのなら、妹と弟もこの世界に……。
それに、橋にいた他の人も……。
思い出したかのように、加えて母が言った。
「それと観光も同時進行で!」
もとよりポジティブ思考の強い母親だ。
ユキトはこの言葉に半ば呆れつつも、安心感も覚えていた。
しかし母の口角はいつもより上がっていないように見えた。
上手く笑えていないようだ……。
さて、やることは決まった。
まずは聞き込み(ジェスチャー)からだ。
*
『ほんとにごめんね。あなたたちがなにを喋ってるのかわからないの。今商売中だから、他の人に聞いてちょうだい。』
10連敗。
パンのようなものを売っている店の女主人がそろそろ眉にシワが集まってきたので、軽く頭を下げて、ユキトと母親は次のターゲットを探し歩いた。
言葉の全く通じない相手とのコミュニケーションはかなり骨が折れる作業だった。
ほとんどは母親が手当たり次第に人を捕まえて聴き込んでいた。
ユキトは母の補助としてジェスチャーをしてみるが、どう表現すればいいのかもわからず、奇怪なダンスを踊るだけだった。
そのせいで、そのうち人が彼らを避け始めたように思えた。
現に、途中で話しかけた2人はかなり迷惑そうな顔色で、声をかけただけで怒鳴ってくる人もいた。
それにしても、母強し。
学生時代は水泳をしていた母は、精神的にも肉体的にもスタミナが人一倍強かった。
諦めず人を捕まえ続けている。
この異世界転移物語の主人公は、もしかして母さんなのか……?
そんなことをかんがえながら、忙しない人の中で、暇そうな人を探してみる。
「ユキ!その目、どうしたの!?」
相手に逃げられ、戻ってきた母が、唐突に尋ねた。
「え……目…?」
ユキトの黒かったはずの瞳は、美しく真っ赤な輝きを放っていた。
彼は自分の目を確かめようと、写りの良さそうな綺麗なガラスを探した。
ふと、1人の男性が目に留まった。
金色の髪は短く刈り、金色の立派なあごひげを蓄えたその男性は、立派な腹を突き出してこちらに向かって歩いていた。
なぜかユキトには、その男性の元に行った方がいいように思えた。
「母さん、あの人。あの人にも話しかけてみようよ。」
母はユキトの目を心配しながらも、言われた通りにその男性の元へ行き、ユキトもそれについていく。
「あの!すみません!」
どん!と強めに男性の肩を叩いて母が尋ねた。
「Wha!! What da f**k!!!」
その言葉は、今まで聞いたどれとも違う、聞き慣れた言葉だった。
「え、英語!?」
いや、聞き間違えかもしれない。
ユキトと母は、一縷の望みにかけて、分かるはずもないだろうが言葉を交えて、身振り手振りで状況を伝え始めた。
「He,He,Hey! f**kin guys! Are you Japanese?」
間違いない。
これは英語だ。
日本人か?て聞かれたよな、それぐらいなら聞き取れる。
しかもジャパニーズを知ってるってことは……。
「あ、あーゆー、ふろむ、あーす?あめりか?」
英語を勉強しておけばよかった。
ユキトはそんな後悔を少し頭に残しながら、下手な英語で質問する。
「ちんけな英語だな!無理に喋らんでもいいぞ!俺は日本語も話せるからな!そうかお前ら!俺みたいにこっちの世界に来ちまったんだな!!」
男性は一気に答えた。
まさか、他にも異世界にやってきた人がいたなんて。
驚きもあったが、安堵が勝る。
言葉が通じる嬉しさに、ユキトの顔が綻んだ。
隣をみると、母親も安心したのか、はたまた今までの疲れがどっと出たのか、道端に座り込んでしまった。
「おいおいおい、大丈夫か!とりあえず、道の真ん中で話すのもなんだ。俺の宿に来い!そこでいろいろ教えてやる!見たところあんたら、この世界に来たばっかりのようだしな!」
ユキトと母は男性が住んでいるという宿に向かって、彼の背中を追いかけた。
異世界生活に希望が見えた。