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妹の友達が居候しているのだが、親は出張中、妹は部活の遠征に行ってて二人きりな件

作者: ヨルノソラ


「お兄ちゃん、今日からしばらくの間、詩織しおりちゃんウチに泊まることになったから! よろしくね!」


「‥‥‥は?」


 それは、バイト帰りで二一時過ぎに帰宅した日のことだった。


 珍しく玄関まで迎えにきた妹が、俺を見るなり嬉しそうに言ってきた。


 俺は玄関先で立ち尽くしたまま、頭の中を整理する。


 詩織ちゃんって、確か柚子(ゆず)の友達だよな。


 結構な頻度でウチに来ているから、覚えている。すれ違うと挨拶してくれる愛想のいい子だ。


「しばらくの間泊まるって、大丈夫なのか。着替えとか色々」


「心配ご無用。必要なものは大体持ってきてるから。詩織ちゃん、お母さんと喧嘩して家出してきたんだって。それでしばらくの間ウチに居候させてほしいみたい」


「居候……そういうことか」


「うん。じゃ、よろしくねお兄ちゃん」


「あぁ、わかった」


 家出を助長することは褒められたことではないが。


 もう家に泊めるのは確定事項みたいだし、俺がなにを言っても聞かないだろう。


 首を縦に振ると、柚子は軽やかな足取りで自分の部屋へと戻っていく。


 俺が柚子の言ったよろしくの意味を、履き違えていることに気づくのは翌日のことだった。



 ★



 妹の友達がウチに泊まることになった。


 一泊二日ではなく、しばらくの間泊まるのだそうだ。


 幸い、今は夏休み真っ只中のため、学校のしがらみはない。まぁ、気が済むまで好きにしたらいいと思う。


 それに、ウチは親が出張中で人口密度は少ない上、一軒家で無駄にスペースがあるから、詩織ちゃんを泊めるのは余裕だ。


 妹と俺の二人の暮らしから、妹と俺と妹の友達の三人での暮らしにはなるが、なんとかなるだろう。


 実際、俺はバイトで家にいる時間が少ないし。家にいる時も部屋でゲームしてることが多い。


 だから特に問題ないと楽観的に考えていたのだが──。


「‥‥‥て──さい、‥‥‥さん」


「‥‥‥」


「……ください。……いさん」


「‥‥‥っ」


「起きてください、お兄さん」


「‥‥‥ん」


 翌朝、俺は妹の友達である詩織ちゃんに起床を促されていた。


 胸の辺りまで伸びた茶髪に、中学生にしては垢抜けた容姿。少し高めの声が俺の脳裏を刺激する。


 詩織ちゃんは俺が目覚めたことを確認すると、ニコッと笑みを浮かべて。


「あ、おはようございますっ」


「‥‥‥おは、ようございます」


 妹の友達に起こされるというファンタジーじみた状況に、脳がバグを起こす。


 しばらく呆然としていると、詩織ちゃんは小さな頭を下げて。


「昨日は挨拶出来ずすみません。今日からしばらくお世話になります。南野詩織みなみのしおりです」


「あ、あぁ‥‥‥それはどうもご丁寧に」


 上半身を起こし、俺も同じように頭を下げた。


 寝起きで血圧が低く、回転の悪い頭では状況の理解に手間を取る。


 いや、状況自体はとっくに理解できている。


 でも、どうして詩織ちゃんが俺を起こしにきてるのかが不思議だった。


 挨拶するにしても、俺が起きてからするのが自然だし。


「お兄さん、今日はアルバイトの日ですよね」


「うん、よく知ってるね」


「もう午後の三時です。そろそろ行かないと遅刻しちゃいますよ」


「え、‥‥‥もうそんな時間か!」


「はい、柚子ちゃんの言う通り、起きるのは得意じゃないみたいですね」


「あ、あぁそうなんだ……ごめんほんと助かった、ありがとう」


 恥ずかしい話だが、俺は目覚ましで起きれないタイプの人間だったりする。


 だから、バイトや学校がある日は、大抵柚子に起こしてもらう。


 だが、その役回りを柚子が詩織ちゃんに押し付けたのだろう。


 ‥‥‥みっともない所を見せたな俺。


「寝顔可愛かったですよ」


「……か、からかうなよ」


「えへへ、それじゃ、アルバイト頑張ってくださいね」


「おう、ありがとう」


 明るい笑顔でエールを送ってくれる詩織ちゃん。


 天使か? 最近の中学生は、よく出来てるな‥‥‥。


 詩織ちゃんが俺の部屋から出ていくのを見送った後で、俺はアルバイトに行く準備を進めた。




 ‥‥‥


 ‥‥‥‥‥‥


 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥



 バイトが終わり、帰宅する。


 出発する時にも思ったが、柚子の靴が玄関に見当たらない。


 買い物に行っているのかと思ったが、こんな夜遅くに買い物に行く訳がないし。


 遊びに行くにしても、詩織ちゃんを家に残したまま行くだろうか。


 リビングに入ると、やはりそこに居たのは詩織ちゃんだけで、柚子の姿はなかった。


「おかえりなさいお兄さん。アルバイトお疲れ様です」


「あ、うん‥‥‥あのさ詩織ちゃん、柚子はどこかに出かけてるのかな」


 俺がそう尋ねると、詩織ちゃんはキョトンとした表情を見せる。


「え? 知らないんですか。柚子ちゃん今日から部活の遠征で大阪行ってますよ?」


「は? ‥‥‥遠征?」


 俺は猫騙しを喰らった気分になった。


 いや、そういやちょっと前に聞いた気がする。


 近々遠征があるから、一週間くらい家を開けるって。


 え? ちょっと待てよ⁉︎ じゃあ──! 



「だから、今、家にいるのは私とお兄さんだけです」



 詩織ちゃんから耳を疑う事実を告げられ、俺は石像のようにその場で硬直した。待て待て待て待て、なんだこの展開! 


「荷物を部屋に置いてくる」


「あ、はい」


 俺は柚子に事実確認をするため、そう言い残して、リビングを後にする。


 自部屋に戻るなり、光の速度で柚子に電話をかけると、数コールして、能天気な声がスマホ越しに聞こえてきた。


「はい、どしたのお兄ちゃん。こんな時間に」


「どうしたもこうしたもあるか! なんで、遠征行ってんだよお前!」


「なんでって、強くなるためだよ」


「今そういうのいいから! どうして、柚子が家にいないのに、詩織ちゃんを家に泊めてんだ! 俺と詩織ちゃんの二人きりになるって分かんなかったのか⁉︎」


 再三になるが、俺の親は出張中だ。柚子以外に兄弟はいない。


「え? 昨日私言ったよね。よろしくねって。そしたらお兄ちゃん『あぁ、わかった』って言ってくれたじゃん。だからてっきり了承してくれたのかと思ったんだけど」


「ちげーよ、あれは詩織ちゃんを家に泊めるのを了承しただけで──」


「──あ、ごめんお兄ちゃん。コーチ来たから電話切るね」


「あ、おい」


 柚子の手によって通話が強制終了する。


 俺は力なく腕を落とした。


 ま、マジかよ‥‥‥。どうするんだこの状況。



 柚子が遠征で帰ってくるのは一週間先。無理矢理帰らせる訳にいかないし、まず柚子が応じないだろう。


 詩織ちゃんを家に帰すのが安牌だが、そもそも家に帰りたくないからウチに泊まっている。説得に応じるかは分からない。


 まぁ、間違っても俺と詩織ちゃんで何か起こることはないだろうけど‥‥‥。


 俺はしばらく考えたのち、一つの結論をつけてリビングへと戻った。




 リビングに戻ると、鼻腔をくすぐるいい匂いがした。見れば、キッチンに詩織ちゃんが立って作業をしている。


「あ、お兄さん、お腹空いてますよね。待っててください。あと少しで出来ますから」


「え‥‥‥そんな自分でやるから大丈夫なのに」


「お仕事で疲れてるのに、無理しちゃダメですよ。私に任せてください」


 なんだこの子、良妻か? 


 俺の妹ときたら、俺がバイトでいくら疲れていようが、飯作らせるぞ? なんなら、帰ってくるのが遅くても、俺が飯作るまで呑気に待ってるぞ?


「じゃあお言葉に甘えて‥‥‥」


 俺は素直に詩織ちゃんの厚意を受け取ると、ダイニングテーブルに腰を下ろした。


 それから程なくして、料理がズラリと食卓に並ぶ。


 俺が帰る前から準備してくれていたのだろう。品数が多い。


「お口に合うか分かりませんがどうぞ」


「ありがと‥‥‥いただきます」


 俺は手近にあったハンバーグを、一口食べる。


 ‥‥‥普通に美味い‥‥‥というか、めちゃくちゃ美味い! 


 他の料理もどれもレベルが高くて美味しかった。もう嫁に来てほしいレベルだな。


「ど、どうですか?」


「美味しい。うん、すごい美味しいよ」


「ほんとですかっ。よかったぁ」


 詩織ちゃんは胸に手を置き、安堵の息を吐く。


 人に料理振る舞う時って緊張するからな。もし、口に合わなかったらと臆病になる気持ちはわかる。


 俺は食事を進めながら、


「あのさ、詩織ちゃん」


「は、はいなんですかお兄さん」


 今言うタイミングではないとわかっていながらも切り出すことにした。


 下手に先延ばしにすると言うタイミングを逃しそうだからだ。


「家に俺と二人だけで怖かったりしないか? いや、もちろん変なことしたりはしないよ? でもさ、柚子の兄貴って言っても詩織ちゃんからしたらただの高校生だし。不安だと思うんだけど」


「‥‥‥変なことしてくれないんですか?」


「は?」


 あれ、何言ってるんだこの子。


「いえ、すみません。なんでもないです」


「お、おうそっか。でさ、だから、家出なんてやめて帰った方がいいんじゃないかな。一日以上経ってるわけだし、お互いの頭も冷めた頃だろ?」


 言い出しにくかったが、俺は家出をやめるよう提案する。


 今から帰るのは無理だとしても、明日には帰るべきだ。


 やはり、詩織ちゃんが今のウチに泊まるのは問題だ。何事も起こらないからといって、一緒に住んでいい理由にはならない。


「‥‥‥そう、ですよね。私がいたら邪魔ですよね」


「いやそんなことは言ってない。今日だって詩織ちゃんが居なきゃバイト遅刻してたし、夜ご飯食べるのだってもっと遅かった。邪魔どころか居てくれて助かってるよ」


「だったら」


「でも、仮に詩織ちゃんが問題なくても、親御さんは別だろ? だから家出なんてやめて帰るべきだと思う」


 家出をしたことがないし、親になったこともないけど、子供が家出したら親は心配するはずだ。


 その上、友達の兄貴と二人で生活しているとなれば、心配どころの話ではない。


 俺が親の立場なら、絶対そんなことは許さない。


 だから、俺は詩織ちゃんを家に帰らせるべきだと結論づけた。


「‥‥‥分かりました」


 詩織ちゃんはしばらく無言のままだったが、理解してくれたのかコクンと頷く。


 よかった。わかってくれた。


 しかし、俺がほっと安堵した──矢先のことだった。



「じゃあ、お母さんに許可を取ります」


「‥‥‥はっ?」



 いや、なんでそうなる⁉︎


 詩織ちゃんは、スマホを取り出すと慣れた手つきで液晶をタップする。


 俺が予期せぬ発言に困惑する中、詩織ちゃんはスピーカーモードにして、テーブルにスマホを置いた。


「──何の用かしら? やっぱり家に帰りたくなった?」


 程なくしてスマホから聞こえるのは三十代前半くらいの女性の声。おそらく詩織ちゃんのお母さんだろう。


「ううん、まったく」


「あ、そう。じゃあ何の用?」


「私、今柚子ちゃんのお兄さんと一緒にいるの」


「そう」


「でも柚子ちゃんもいないし、ご両親もいないの。柚子ちゃんのお兄さんと二人っきり。問題ないよね?」


「家出してるんだし勝手にしたら? 迷惑だけはかけないようにね」


「それ、許可くれたってことでいいんだよね?」


「どーぞご自由に」


 許可出ちゃったよ‥‥‥。


 大丈夫か、この母親‥‥‥。


 詩織ちゃんは電話を切ると、俺にチラッと視線を向ける。どうですかと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「お兄さん、これで問題ないですよね?」


「いや、まぁ、そうだけど‥‥‥」


 いや、問題は大アリだ。何一つ解決していない。だが、許可を得てしまった以上、返せる言葉がなかった。


 ‥‥‥まぁ、無理に家に帰させた結果、SNSで家出先を探すようになるよりはマシか。


「えへへ、よかった。これでまだお兄さんと一緒にいられます」


「あんまそういうこと言わない方がいいぞ。男ってのはすぐ誤解するからな」


「誤解してくれていいですよ?」


「からかうの禁止な」


 詩織ちゃんは色々と危ういな。


 俺が言葉の意味をそのまま受け取る人間だったら、勘違いしているところだ。


「‥‥‥」


「えっと、どうかした?」


 視線を感じて顔を上げると、詩織ちゃんが不貞腐れた表情で俺を見ていた。


「お兄さん、私のことどう思ってますか」


「どうって‥‥‥柚子の友達で、礼儀正しい子?」


 想定していない質問に、俺は少し戸惑う。


 俺が答えると、詩織ちゃんは唇を尖らせ。


「つまり、異性としては見てないってことですか」


「いや、詩織ちゃんが女の子なのは知ってるけど」


「そういうことじゃ‥‥‥まぁいいです」


 詩織ちゃんは不機嫌そうにそっぽを向くと、食事に戻る。


 どういう意味か下手に追求できず、俺も食事に戻った。


 その後、ロクな会話のないまま食事を終えた俺は、釈然としない気持ちでいっぱいだった。





 ★



 翌日。


「‥‥‥ん」


 久々にバイトが休みだった俺は、呑気に昼過ぎまで眠っていた。カーテン越しの日差しに照らされ覚醒すると、俺は見慣れた天井を視界におさめる。


 だが、すぐに身体を起こすことはしなかった。


 いや、起こせなかったと言うべきか。


「‥‥‥えっと、詩織ちゃん?」


 俺はぎこちなく頬を歪ませながら、隣で寝ている彼女の名前を呼ぶ。


 寝ていると言っても、本気で寝てるわけではなく目はパッチリと開いている。俺の胸板に頬を寄せ、絡みつくように密着していた。


「昨日に引き続きお寝坊さんですね」


「いや、なんで俺のベッドで寝てるの?」


 俺は恐る恐る質問する。


 動揺で心拍数はどえらい速度で上昇しているが、逆に焦りすぎて落ち着く謎現象が起きている。


「お兄さんが誘ってくれたんじゃないですか」


「は? 俺が?」


「はい、お昼ご飯が出来たので起こそうと思ったら、強引にベッドに引き摺り込まれて‥‥‥」


「‥‥‥え、う、嘘だろ? マジか‥‥‥」


 毛穴という毛穴から、冷や汗が滲み出る。


 警察のお世話になる可能性を危惧していると。


「冗談です。本気にしちゃいましたか?」


 詩織ちゃんは、微笑を湛えながら、意地悪そうにネタバラシした。


 俺は死の淵から生還したような安堵感に襲われ、大きな吐息をこぼした。


「あ、焦った、タチの悪い冗談はやめ‥‥‥え、じゃあなんで俺のベッドで寝てるんだよ?」


 だが、俺が何もしていないのなら、詩織ちゃんが自らベッドに入ってきたことになる。俺はその事実に、目を丸くする。


「寝てたらまずいですか?」


「まずいに決まってるだろ! 柚子の兄貴だからって警戒心がなさすぎるって」


 俺のことを安全だと認識しているのかもしれないが、危機管理能力が低すぎる。


「お兄さん、私に何かするつもりですか?」


「しないけど! でも、なんつーの今後生きてく上で俺以外にも同じことやってたら色々問題っつーか」


「大丈夫です。こんなことするのお兄さんだけです」


「俺だけって‥‥‥」


 詩織ちゃんは少しだけ頬を赤らめて、上目遣いで俺を見ながら言ってきた。


 不覚にもドキッとしたが、俺はすぐに首をぶるんぶるん横に振って邪念を打ち消す。


 俺は昔から自意識過剰な側面がある。


 消しゴムを拾ってもらったり、挨拶してくれたりするだけで、もしかして俺のこと好きなのか? ──と、あらぬ想像を膨らませてしまうのだ。


 中学の時、それで痛い目を見たから、俺は自信を無くし発言の一つ一つを疑うようになった。


 もし、昔の俺なら、詩織ちゃんが俺に対して好意を持っていると勝手に解釈していたことだろう。


 だが、今の俺は違う。


 詩織ちゃんが俺に対して好意を持ってるだなんて、勝手な解釈をしたりはしない。きっと、高校生をからかって楽しんでいるだけに決まってる。


 だが、俺がそう心を落ち着かせていると、詩織ちゃんは俺の耳元で囁くように。



「──お兄さんが相手じゃなきゃ、こんな恥ずかしいことしませんよ」



 ‥‥‥いや、これ絶対俺のこと好きだろ。


 俺は自意識過剰だと思いつつも、そう確信を得ていた。




 ★




 もし俺の勘違いではなく、本当に詩織ちゃんが俺のことを好きだとしたら、どうしようか。


 と、俺は本気で悩んでいた。


 だってその場合、詩織ちゃんと付き合うのかって話になるだろ? 


 でも俺は、詩織ちゃんと付き合う気はないのだ。


 詩織ちゃんは柚子の友達という印象が強いせいか恋愛対象としては見れない。どこか妹のように感じてしまう。


 その上、高校生と中学生だ。歳の差こそ三つだが、やはり壁を感じてしまう。


 どうか俺のただの勘違いであることを願うばかりだが──、


 その後も、詩織ちゃんはかなり積極的に、俺に対してアプローチを図ってきた。


 例えば、昼食を食べ終え、食器を洗っている最中のこと。


「お兄さん、ご相談があります」


 俺が皿を水洗いし、詩織ちゃんがタオルで水気を取る作業をしている時のことだ。


「相談?」


「私、好きな人がいるんです」


「ゴホッゴホッ、へ、へぇそうなんだ」


「でもその人、鈍感で察しが悪くて、私の好意に全然気がついてくれないんです」


「ロクでもないやつだな‥‥‥」


「近々告白しようと思ってるのですが、上手くいくか不安で」


「やめといた方がいいんじゃないか。そんな奴」


「なので、一度お兄さんが練習台になってくれませんか?」


「練習台?」


 てっきり告白されるのかと思ったが、さすがにそんなことはないらしい。


 しかし俺がほっと安堵したのも束の間。


「はい。今からお兄さんに向かって告白するので、その感想を教えてください。その手応えを本番の告白の時に活かしたいと思いまして」


 詩織ちゃんが、告白の練習台になるようお願いしてきた。


「‥‥‥その大役はちょっと荷が重いかな‥‥‥」


「お兄さん、好きです」


「あ、拒否権ねぇのね」


 食器洗いの手を止め、詩織ちゃんは俺を見つめながら告白してくる。


「お兄さん、好きです」


「え、えっと直球だし、伝わりやすくていいんじゃないか?」


「お兄さん、好きです」


「う、うんわかったって」


 詩織ちゃんはジトッとした目で俺を見る。


「私が告白するだけじゃ練習にならないじゃないですか。ちゃんと返事をください」


「感想が欲しかったんじゃないのか?」


「感想も欲しいですが、返事も欲しいです」


 まぁ、告白の練習だしな。告白するだけで終わったら練習にならないか。


 よし、この際だ。少し切り込んだ質問をしよう。上手くいけば、詩織ちゃんが好きな人が俺なのか違うのかハッキリさせられる。


「じゃあ設定もらえないか。詩織ちゃんが告白する男はどんな人なんだ? それが分からないと、返事が思いつかない」


「そうですね‥‥‥私のことを恋愛対象として考えてなくて、生活習慣はちょっとだらしない人です。私の友達のお兄さんで、ちょっと目つきが悪くて無愛想で、駅前のパン屋さんで働いてます」


 それ、まんま俺じゃねーか。どんだけ鈍感でも、気付くぞこれ! 


 俺は詩織ちゃんから視線を外し。


「そ、そんな奴のどこがいいんだよ‥‥‥? 全然良いところないと思うんだが」


「いえ、優しくて、話しやすくて、めちゃくちゃカッコイイですよ。それに、ちょっと抜けてるところも、支えてあげたくなるし。普段無愛想な分、たまに見せる笑顔が最高に可愛くて、些細なところでも気配りできるし、妹想いで家族愛に溢れてるし、絶対子供ができたら可愛がってくれるし、真面目に仕事してたまの休日も家族サービスしてくれるし、それから──」


「──す、ストップストップ! だんだん妄想入ってきてるから!」


「あれ、あはは、ホントだ。とにかくそんな人です」


 俺は暴走気味の詩織ちゃんを静止させると、赤くなった顔を隠しながら。


「余計なお世話かもしれないが、過大評価してると思うぞ。その人のこと。もっと深く知ったら絶対幻滅する」


「幻滅なんてしませんよ。片想いなめないでください」


 詩織ちゃんは満面の笑みを咲かせると、俺の目を見つめてくる。俺は急激に体温が上昇する感覚に襲われ、詩織ちゃんから視線を離した。


「‥‥‥そ、そうか、上手くいくといいな」


「はい。なので練習付き合ってくださいねお兄さん」


 その後、告白の練習を断ることができず、軽く二十回近く「好き」と言われたのだが、全部練習だと思い込んでやり切る俺だった。


 柚子が帰ってくるまでのあと五日間、俺と詩織ちゃんしかいない状態が続くわけだが。


 せいぜい何事も起こらないことを祈るばかりだ。



最後までお読みいただきありがとうございます。


宜しければ、下部にある★で評価して頂けると幸いです。

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[一言] 短編版もあったか!
[良い点] とても文章が読みやすくて好き [一言] 続きが見たい期待星4
[良い点] テンポが良く読みやすいです。 [気になる点] なし [一言] 連載期待しております。(大変かとは存じますが)
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