7 苦痛
12歳になった私は、順調に攻略対象者たちの好感度を上げ、無理に好感度を上げようとしなくても現状維持ができそうだというところまで来ていた。
残り4年、私がすべきことは私を追放に追いやった者を探る・・・いや、これから私を追放させようとしているものを探ることだ。とはいっても、まだ4年は後の話でその者と出会ってすらいないかもしれない。では、対策を練るべきか?
1週目は、ゲームの知識で攻略対象者たちに追放させられると思い、全員の好感度を上げた。ダメ押しで、ヒロインの好感度まで上げて、私は友情を育んだというのに追放された。
私に追放を宣言したのは学園長だが、学園長に恨まれる覚えもなく、裏に誰かいると考えている。見当もつかないけど。
「ミデン、どうかした?」
「いいえ、ただ日差しが温かいと思っていただけです。」
柔らかな日差しとあたたかい風が吹く。色とりどりの花弁が風に吹かれる様子は見ていて飽きない。私は、花畑にピクニックに来ていた。
もちろん、傍らには婚約者のエン様がいて、エン様の弟デュオと影のテッセラもいる。
テッセラは、影としてエン様とデュオの護衛を務めているが、私と友達になると表に現れるようになって、一緒にいてくれるようになる。
ゲームでも、普通に学園の生徒として生徒会員として身分がある。
2人は、少し離れたところで花を観賞している。デュオにひそかに恋心を抱いているテッセラにとって至福の時間だろう。時々笑い合う姿を見れば、婚約してしまえばいいと思うが、残念なことに1週目でも、ゲームでさえも2人が結ばれることはなかった。
大きな木の下、並んで座れるような大きさの丸太の上で、私は穏やかな時間を過ごしながらもどこか落ち着かなかった。
無理もない話だ。ゲーム開始まで3年、追放まで4年・・・流れる時を止めるすべもなく、私の頭では妙案も浮かぶことなく、ただ1週目の繰り返し。このままいくと、私は婚約破棄、追放、事故死の3点セットだ。1週目の最後に見た、すがすがしいくらいの青空が頭によぎって、その時の恐怖がよみがえった。
「寒いのか?」
そっと手を握られて、ほっとするような温もりがじんわりと伝わった。エン様は、心配そうな顔をして私の手を握っていたが、しばらくすると笑った。
「暖かいか?」
「はい、ありがとうございます。」
「いや・・・こんなことならひざ掛けの一枚でも持って来ていればよかった。これで我慢してくれるか?」
そう言って、自分の着ているジャケットを私の肩にそっとかけてくれるエン様。まだそれほど体格に差がないため、ジャケットはぴったりだった。
私は1週目の時のことをふと思い出して笑う。
小さくて、可愛いと思っていたエン様。寒そうにしていた私を見て、今のエン様のように彼も・・・15歳の彼もジャケットを肩にかけてくれた。
ジャケットを借りたまま家に帰って、そっとジャケットに腕を通した時、袖がだいぶ余っていて自分には大きすぎることに気づいたのだ。
いつの間にか大きくなったエン様に、ドキッとする機会が増えて、よく赤面させられていたっけ。まだあの頃はヒロインが登場していなくて、ヒロインが来たらすべてが終わってしまうのではないかという恐怖があった。
今までの関係全てが幻になって、エン様は私を冷たくあしらいヒロインに熱をあげる。兄も当たり障りのない対応をして、笑ってない目で私を見る。デュオも虫けらを見るような目で私を見て、同様にテッセラも友達だという事実が消える。
そして、私はみんなから嫌われて追放される悪役令嬢にされてしまうのではないかって、本気で考えていた。
実際は、ヒロインが登場しても私たちの関係は変わらなかったけど。
そして、私は油断した。みんなの好意を信じて、死は回避されたのだと思ったのだ。実際は、好意は裏切らなかったけど、死は回避されなかった。
「ミデン、まだ寒いのか?」
「・・・いいえ。ただ、少しボーとしてしまって・・・その、やはり妃教育は大変ですね。」
「母上の評価は高い・・・もしも期待値が高すぎて詰め込み過ぎなら、僕から言おうか?ミデンが優秀だから無理をさせ過ぎたかもしれない、すまない。」
「そんなことは。それに、未来の自分のためでもあるのですから、気にしないでください。」
未来・・・その言葉を吐きだした途端に、私は息苦しくなる。だって、私に未来があるかどうかなんて、そんな未来がある希望があるなんて言えない。
私の手を握るエン様の手の力が強くなった。
「少し休もう、ミデン。大丈夫、少しくらい休んだってミデンならすぐに追いつくし、追いつかなくても僕がフォローする。どんな困難が襲っても、必ずミデンを助けるから。」
「・・・」
「安心して、ミデン。」
「・・・ありがとうございます。」
礼を言った後、私は顔を俯けた。
驚いた。
1週目でも同じようなことを言われた。でも、驚いたのはそこじゃない。1週目の時は私を救ったエン様の言葉が、今の私の心を救ってくれなかったことに驚いたのだ。
嘘。
嘘だったから。
どろどろと黒い何かが胸に渦巻いているような感じがして、暴れだしたい。吐き出したい。怒鳴りつけたい衝動を私は必死で抑えた。
嘘つき!
煩わしい・・・
駄目だ、駄目・・・こんなことを考えては駄目だ。エン様たちは、最後まで私を守ろうとしてくれて・・・私に好意を持ってくれて・・・
深呼吸をして、私はデュオたちの方へと目を向けた。
微笑み合う2人・・・うらやましいな。未来があるって、暗い未来があるなんてことみじんも思っていない・・・ただいまを生きている。それがどれだけ幸せなことか、きっと誰にもわからない。
「ミデン。」
「ミデン様。」
日差しが遮られて、私を呼ぶ2人の声が耳に届いた。私は顔をあげる。
そこには、嬉しくてたまらない、わくわくとした表情の2人が立っている。デュオの方は後ろ手に何か持っているようだ。
「・・・これ、やる。テッセラと2人で作ったから。」
「デュオ様は本当に器用でして、初めて作ったとは思えないできでしょう?」
デュオがそっと私の頭に花冠を乗せた。横から感嘆の吐息が聞こえて、きらきらとした4つの目が目の前にある。
平和・・・私以外の、周囲だけが流れる穏やかな時間。それに何かのどが絡まるような感じがして、私はつばをごくりと呑み込んだ。
「ありがとう2人共!嬉しいわ。」
「緑の髪だから、花の色がよく映える・・・似合っているよ、ミデン。」
礼を言えば、目の前に立っている2人は喜んで、お互いを見て笑い合う。エン様は、私の手から手を放して、私の緑の髪に指を通して微笑んだ。
あぁ、なんで・・・なんでこんなに息苦しいの?
大好きな人たちに、好意をもたれて囲まれている。それがなぜこんなにも苦しいのか。どうすれば楽になれるのか。
気づけばそんなことを考えていた。