19 努力
頑張らないと。手が痛くたって、頭が痛くたって、目がいたくて肩が凝っても・・・頑張ることしか私にはできない。今の私はどう思われているのだろう?
休むことはできない。少し休んでいる間にその姿を見られて、やっぱりあいつは怠けているって思われたら、すべてが無駄になってしまう。いつみられてもいいように、ずっと勉強していないと。
痛い。疲れた。眠い。・・・何やってるんだろう。
本をめくる手が止まる。この本は何だっけ?あぁ、そうだ歴史が書いてある。このゲームの世界の・・・いや、違う。ペンプトン王国の歴史が書いてある本だ。
本の文字はこの国の文字で書かれていて・・・あれ、これなんて読むんだっけ?おかしいな、この国の文字は読み書き完璧なはずなのに、あぁだめだ。文字を一から勉強しないと。
勉強しないと。勉強している姿勢を見せないと。エン様の婚約者にふさわしいって、誰もが認める人にならないと。
もう、死にたくない。
視界がゆがんで、唐突に意識を失った。
目覚めたのは私のベッドの上で、私の手を握って眠るエクスがいて驚いた。エクスはまだ子供なんだと幼さが残る顔を見て理解した。
すぐに目覚めたエクスが、ベッドの上にあがって私を抱きしめた。力加減を知らない子供のハグは息苦しかったけど、嬉しかった。
勉強をし過ぎて倒れたことで、勉強を禁止されてしまった。今までがやりすぎだったのだからと、当分は遊ぶように言われた。遊ぶのも子供の仕事だと言われて。
怖くて仕方がなくて、遊べと言われても呑気に遊んでなんていられなかった。
そんな私を心配してくれたのは、エクスだった。
「ミデン、大丈夫だよ。ミデンが私の妹である限り、どんなことからだってミデンを救ってあげるから、もう怖いものはないよ。」
怖いのは、攻略対象者であるエクスも同じなのだが、味方でいるならこれほど心強い人はいない。だってエクスは・・・
懐かしい、何度も聞いたオープニングテーマが頭の中で流れた。
エン様、デュオ、テッセラ・・・エクス。最後に現れたヒロインと結ばれるのは誰か?私は、誰と結ばれたかったのか・・・・・・・
金の髪に青い瞳を持つ、勝気な表情をしたエン様。私は、エン様が好きだ。理想の王子様のような美貌も、自信に満ち溢れる言動も。今の幼い姿はかわいくて、話し方も丁寧で本当に可愛らしくて好きだ。
私の婚約者のエン様・・・
エン様以外は、ありえない。
1週目の時の夢を見て目を覚ました私がいるのは、木陰の下。どうしてこんなところにいるのかと一瞬わからなかったが、すぐそばから視線を感じてそちらを向けばすぐに思い出した。
そこにあったのは、太陽の光を反射してきらきらと輝く金髪に青い瞳のエン様。夢の中のエン様と違って、成長し精悍な顔つきになったはずのエン様だが、その顔色は優れず濃いクマが目の下に居座っている。憔悴しているのだろう。こんな姿は、1週目で見たことがない。
原因は、デュオのこと?それともテッセラ?両方だろうか?」
「目が・・・覚めたか。エクスは、別の場所にいる。今日は久しぶりに2人でいたかったからな。」
久しぶりに2人というが、2週間に一回はエン様と城でお茶をしている。確かにソーニャたちもいるが、一緒にお茶を飲んでいるわけではないので、2人でお茶をしているといってもいいくらいなのだが、エン様はそうではなかったようだ。
でも、本当に2人きりになったことなんて、今までなかったような気がする。久しぶりも何も初めてのことだ。
目に見える範囲には、護衛も侍女もいない。エン様が言ったように兄の姿もないし、いつも姿を消して護衛をしているテッセラもいないだろう。別の影がいるかもしれないが、この際置いておく。
「ここまで2人きりというのは、初めてですわ。護衛もいないのは少し不用心ではありませんか?」
「デュオほどでもないが、僕も光魔法の使い手だ。いざとなれば自分の身はもちろん、ミデンのことだって傷一つ付けやしない・・・安心してくれ。」
安心なんてできるわけがない。エン様に何ができるというのだと、少しばかりいらだってしまう。
それをうまく呑み込んで、私は体を起こした。体の下には、エン様の上着が敷いてあって、しわがついていた。
「ミデン、覚えているか?ここで・・・小さいころ、ここで4人で遊んだよな。丸太の上に並んで僕たちは座って、デュオたちは花を見ていた。楽しかったな・・・」
「そうですね。」
そう、ここはまだデュオが誘拐される前に訪れた花畑。デュオとテッセラが花を観賞しながら笑い合っているのを見て、婚約すればいいのにと思った花畑。
木陰にいるため日の光は遮られているが、花畑には暖かな光が降り注いでいて、時折吹く風が花の香りをした暖かい空気を運んでくる。
「楽しかったな・・・」
「そうですね。」
先ほども言っていなかったか?どんな顔をしているのかと思ってエン様の顔を見上げると、そこには思い出を楽しんでいる顔はなく、ただただ苦しそうな、後悔をにじませた顔があった。
この人は、誰?
私の婚約者のエン様だということは理解できるのだが、なぜか目の前にいる人物に疑問を挟んでしまう。この人は誰なのかと。
エン様がこんな顔をしたところは見たことがない。
「どうして、こんなことになってしまったのか・・・」
ついに頭を抱えて、エン様の表情が見えなくなる。そこには、私の知らないエン様がいた。自信に満ち溢れた姿はなく、可愛らしくならったことを実践する微笑ましい姿もない。
誰?
いや、わかっている。そうだわかっているんだ。私がよく知っているエン様は、もういない。目の前にいるのは、私がそれなりに知っているエン様だ。
1週目は、いつか一生を誓い合う相手なのだと、そういう目でエン様を見ていた。だから、エン様の好きなところを聞かれれば答えることができる。でも、目の前にいるのはそのエン様じゃない。
いつか殺す。私のために死んでもらう、いつか目の前からいなくなる相手。それが、今私の目の前にいるエン様だった。
「ミデン・・・残ったのは、ミデンだけだ・・・」
「エン様・・・何を言っているのですか?」
「もう、僕にはミデンしか残っていない。やっと仲良くなった弟も、ずっと目を覚まさない。ずっとそばにいてくれた護衛も・・・・・・・」
その先は言わなかったが、察することができる。少なくても、無事ではないことだけはわかった。
「ずっと、そばにいてくれるか。」
「・・・」
「ミデン、ミデンだけはずっとそばにいてくれ。僕の前からいなくならないでくれ、ミデン!」
「!?」
知っているはずのエン様とはかけ離れた言動に混乱する。そして、追い打ちをかけるように、私はエン様に押し倒された。これは、誰?何?
「ミデン、僕のミデン。離れないで・・・」
「エン様!おやめください!」
端正な顔が近づいてくる。まさかという思いと、ここまで裏切られたのならという思いが混じる。唇に触れるものを感じて頭が真っ白になった。
嘘。
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