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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
9/89

⑨氷の女王

 

 ◎


 自称探偵、真倉黒人からもたらされた情報は劇的に世界の見方を変えざる負えないものだった。


 現実世界と対を為す鏡面、裏世界リバース・ワールドの存在。

 一見いつもいる現実世界と何も変わらない。

 しかし、八神愛の死の真相に深く関わっている。どうやら裏世界では彼女は空を飛んだらしい。

 想像もつかない話だ。中二病中二病と笑われた世代である俺にはお手上げだ。



 それはともかく、俺は真倉黒也との接触により情報を掴んだ。


 幼馴染、八神愛の裏世界における人間関係について――。


 殺されるような理由を考えた時――現実的な話、殺人事件は大抵怨恨が主な原因らしい。人間関係の縺れ。殺すつもりはなくとも勢い余って殺してしまうようだ。


 少なくとも愛は現実世界では誰にでも分け隔てなく接する明るくて、優しくて、可愛い女の子だった。

 裏世界では事情が異なるかもしれない。どうやら超能力や魔法なんてあるようだし、予想不能な展開になるだろう。



 真倉黒人という男と会った翌日、第一の人物として紹介されたのは愛が裏世界で仲良くしていた女の子だった。

 詳しい情報は聞いていない。


 まず始めに訪れたのは――昨日真倉さんと出会った駐車場だった。厳密には会ったのはその帰り道だけど。

 すなわち地図に星印が付いていた座標。


「……地図に星マークが付いていたのは友達の家があるって訳か」


 相変わらず学校を休んでいる俺。裏世界の話なんて聞いたら、もはや学校なぞ気にもならない。母親もなんとなく黙認してくれてる。


「さてと……出入り自由なんだよな」


 ちょっとドキドキしてきた。

 いざ、裏世界へ。

 体幹が揺らされる感覚、バランスを崩して踏ん張った時には既に淡い青色の世界にいた。


「入、れた…………のか?」


 思わず息を飲んだ。

 駐車場気分で顔を上げて、目の前に城があったら誰だって息を飲んでしまうだろ。


 氷を思わせる水色で、自然ではありえないような曲線的造形の巨大な城が空に浮かんでいる。何より驚愕なのは、地上から城まで繋がる縦五〇メートルにも匹敵するような高さの階段だ。

 幻想的光景だが、住宅街という背景と一緒にしたら破壊的建築センスと言わざる負えない。


「五〇メートルの階段て、人を殺せんじゃないか……?」


 普通に上りたくない。昇る前から意欲が削ぎ落とされる。一段一段の距離も首里城公園並みだし。


 というか何故こんな建造物があるんだよ。現実世界と裏世界は対応しているはずだから、ここに城があるなら表にはないとじゃん。


「説明してくれよ真倉さん、つーか……階段長い!」


 精神的には一五〇〇メートル走るよりも辛い。距離が縮まった気がしないのが特に鬼畜。

 愛はこの階段を毎回上ってここの先にいる誰かに会いに行ったってのか? いや空を飛べるのか。便利だな!


 ショートカットとかないのか。エスカレーターとか、エレベーターがあったり……しないよな。

 現実は甘くなかった。

 ひたすら、時間で言えば三〇分をかけて登頂。


「うげぇ……やっと王城前の扉かよ」


 扉も扉でとんでもなく大きい。

 見上げる程ある水色模様の彫刻が掘られた重厚な城扉。


 この先に愛の知り合いがいる。

 裏世界での愛のことを知る人物が――。


 訊きたいことは沢山ある。

 息も乱れて体温も上がってるからか緊張はしなかった。雰囲気に気圧されているものの、迷いも淀みもなく扉に手を伸ばす。


 扉は見かけ倒しで、超伝導で浮いているかの如く軽く内開きする扉。

先には広大な空間が広がっており、壁は一面が青系の色合いのステンドグラス。中央に堂々と王座が存在していた。


 威圧感の正体はこれだったのか――。


 目の前の王座に君臨する――絢爛豪華な鮮血色のドレスを纏った長い金髪の美女から放たれていた。

 酷く冷たい視線に本能的にたじろぐ。尖鋭化されている瞳に刺され、体の奥から震えてしまう。

 初対面だというのに、圧倒され格の差をはっきりさせられる。これは間違いなく畏怖の感情だった。


 完全に屈服してしまった。

 情けない――こんなことで揺らぐような覚悟じゃなかったはずなのに。

 自分への怒りを原動力に、絡み合った感情を噛み砕いて一歩踏み出す。さらに二歩目。


「誰だ?」


 三歩目を踏み出した時に女から、凄まれながら問われた。

 肩を出していて前衛的な服装でどこを見ればいいのかわからない。似合ってはいるが、真っ赤なので綺麗であっても可憐とは言い難い。

 一度、深呼吸をして質問に答える。


「私は結城海斗と言います。私は八神愛についてのお話を聞きたく参上しました」


 できるだけ丁寧な物腰で対応した。全力で下手に出るという作戦。

 だが、反応は芳しくない。重さを感じさせる瞳が俺を押さえつけてこれ以上足を進まなくさせている。


「……結城、海斗ね……」

「……っ」

「そのままそこで跪け」


 乱暴な口調で放たれたの命令。お嬢様という趣ではないことは灼熱のドレスからもわかっていたがサディスティックだとは予想してなかった。

 あれ、力が抜けていく。


「うぐぅぅぅぅぅ……!?」


 何故か、命令通りに跪いてしまう。抗おうとも立ち上がれない。

 確かに抵抗しているのに。

 ならばこれは服従した訳じゃなく、上から力によって押さえつけられているのだろう。

 これが超能力――!?


 そういえば情報屋かはこの座標を教えて貰った時、真倉さんは言っていた。


『これから会う人達はすべからく超能力、魔法を使うことができるってことを忘れるなよ。どいつもこいつも容赦なく使ってくる、油断しているすぐに死ぬぜ』

『死ぬ…………』

『君みたいな高校生なら馴染み深いとは思うけど』

『とんだ偏見ですね……世の中の高校生がすべからく中二病という訳ではないんですよ』

『とにかく、初めはそういうのも含めて安全性が高そうな人を選んだよ』


 これで安全性が高いとは笑わせてくれる。

 とにかくそういうこと。随分ご挨拶は承知の上。超能力コミュニティは一筋縄ではない。


 やがて、黄金の美女は王座を離れてこちらに向かってきた。顔を上げることができないので足元だけだが、床を踏み鳴らして歩く姿は女王そのもの。


「お前が結城海斗か」と呟いた。「愛の幼馴染とかいう」


「……俺のことを知っているんですか?」

「話だけは聞いたことは、ある」

「それなら話が早いですね……是非とも愛のことを――」

「顔見せろ」


 乱暴に言い放って、乱暴に腰を下ろして、乱暴に俺の顔を掴んで、無作法に覗き込んできた。

 そういえば真倉さんはこんなことを言っていた。


『この人は女ではあるものの、行動のそれは男勝りだから気をつけて方がいいよ。気をつけたからってどうにかなるとは思えないけど……』

『なんすかそれ、最低じゃないですか』

『裏世界の住人はすべからく最低なんだよ』

『……そんなことでどや顔されても』


 カツアゲされている気分だ。


「お前が愛のねぇ……」


 値踏みするような台詞。気が済んだのか乱暴に手を離して玉座へ戻っていく。

 未だに動けない俺と対照的に、赤と金の不良は優雅に腰を据えた。


「いつまでそこど跪いているんだ?」


 彼女が指を鳴らすと地面から円卓が浮かび上がり正体にもう一つ椅子が現れた。

 同時に俺に襲いかかってきていた重みも消えている。

 びっくり現象のオンパレードだが一々一喜一憂していても仕方ない。男は黙って進み続けろってもんだ。


 女王様の手元にはいつの間にかティーカップが用意されていた。もしかしたら作り出す系の異能なのかもしれない。

 気になるが、それはどうでもいい。


 聞きたいのは愛のことだ。真倉さん曰く、彼女は裏世界での一番友人とのことで、何かを知っているかもしれない。


「改めまして俺は結城海斗というものです。八神愛の幼馴染をやっていました」


 当然過去形。

 彼女は持っていたティーカップを豪快に掲げいっき飲みをした。中身と外面のギャップがとんでもない。クール系と思わせといて、乱暴なタイプ。


「私か? 私の名前は水瀬みなせのぞみだ」

「日本人……」

「なんか文句でもあんのか?」

「いえ何も!」


 ギャングだ。怖い。

 金髪だが、顔は日本人。でも染めた様子もないのでハーフとかだろう。

 とっとと話を聞いてとっとと帰ろう。こんなところに居ても良いことなんてなさそうだ。


 ルールとして反抗はしてはならない。

 意見に肯定しておく。

 話の腰を折ってはならない。


 この三つを守ればひとまず安全なはずだ。


「あ、あの……水瀬さんは愛とはどういうご関係で?」

「私のことを水瀬と呼ぶな、希と呼べ。立てなくなる程殴るぞ」

「す、すみません! じゃあ希ちゃ――」

「――」


 バキッ!

 暗転、反転。

 いつの間にか地面に抱き付いていた。とても頭が痛いんだが、何があったのか。

 手元に五キログラムのバーベルが落ちてるが、何故だろうか。

 記憶が曖昧模糊で朧気にしか思い出せない。とてつもなく不憫な目にあったような。記憶喪失でもした気分だった。


「――俺は何故ここに倒れていたんだ?」

「それは失礼なやつがいたからだ」

「……え、誰? ――いや、思い出したこれは一体どういうことだ! 血は出てないけど重傷だぞ!」

「テメェが悪いんだろ! 私のこと馬鹿にしてのか!」


 何故に俺の方が怒られる流れになっているんだ。バーベルで殴るって運が悪ければ死んだぞ。

 異世界の常識なのかこれは? 人外魔境過ぎるだろ。


「じゃあ逆に聞きましょう、何が気に食わなかったんですか?」

「そりゃあ……」

「ほら、俺はやっぱり悪くないでしょう?」

「テメェが私のことちゃん付けしたからだろ! ガキかっての!」


 顔を真っ赤にして睨んでくる水瀬希。睨んで来なかったらなかなか可愛いげがあるのに。

 そんな理由かよ。


「意外と恥ずかしがり屋なんだな(笑)」

「ぶちのめす!」


 たこ殴りでもせんばかりの勢いでテーブルに乗り出してくる希ちゃん。いつの間にか手には薄緑色の西洋剣が握られていた。


「流石に死にます! 助けたください! ほんの出来心なんです!」


 首もとギリギリで刃が止まった。マジで殺る気だったろこの人……死ぬかと思った。

 何も聞いていないのに二回も生命の危機に陥る。


「……愛の幼馴染じゃなかったら確実に殺ってた」

「えっと、希……さん」


 喉元に剣を突きつけられた。


「だが、しかし、俺に呼び捨てさせると図に乗りますよ?」

「その時は痛みを感じる暇もなく飛ばすから気にすんな」


 刃を斜めから覗いたりして調子を確かめている。すぐにしまって欲しい。


「何を、って訊いた方がいいですかね……?」

「ちゃんと消し飛ばすからな」

「消し飛ばす……」


 頭をですよね。剣で頭を消し飛ばすって何回も滅多斬るってことだよな。

 マジもんのヤバい人じゃないか。この世界の倫理観はどうなっている。

 ――期待するだけ無駄か、それは真倉さんの時で懲りた。


「では希、改めて愛とはどういう関係なんだ?」

「答えてやろう」


 一々上から目線だが、こういう性格はこうして下手に出れば意外もなんとかなるっていうね。


「隠してることでもないからな。一応友人やってんだよ」

「一緒に遊んだりってことか?」

「まあ、そんなとこ。バトったり」

「バトったり? バトルっていうのはゲーム的な話ですよね……? それとも物理でのリアルファイトとか?」

「物理ではないな。あっちは魔法とか使ってきたからな。お前もやるか?」

「…………」


 そういう答えは聞きたくなかったよ。

 魔法に物理法則が従わないなんてどうでもいい。


「何か言いたいことでもあんのか?」

「正直言いますと、あなたみたいな乱暴な方と愛が友達になるのかが想像できないというか……」


「…………」細い目が俺の額を貫いた。心なしか熱くなっているような。


「――いや……気のせいかも」


 我ながらチキンだ。

 しかし、希は怒ってる訳でなく何か喉に詰まったかのような表情をしている。


「それはこっちの台詞だぜ。やっぱり、いくら考えても、お前みたいなやつとどうして愛が仲良くなれたのかがわからない」

「いや、幼馴染だからですけど……」

「違うだろ。付き合いの長さとかじゃなく――あの性格は例え幼馴染でも許容できないだろ、ってことだよ」

「…………………………」

「…………………………どうやら認識の齟齬があるようだな。お前の知っている八神愛はどんなやつだ?」


 そういえば真倉さんも言っていた。

 俺の知っている八神愛はどんなか考えておけ、と。

 それは、こうなることがわかっていたからなのか?

『八番目の大罪』『八帝魔神』という裏世界での八神愛との相違を既にあの時点で知っていたからか。


「俺の知ってある八神愛は、人のために自分を顧みずに行動するようなお人好しで、不器用だけど優しくて、毎日に幸せを感じられるような可愛い女の子だった」


 こうして言葉にすると俺はもしかしたら愛のことが好きだったのかもしれないと思わされる。

 大事にしたくて、守りたくて、ずっと一緒にいると思っていた。

 だけど、言葉の上でだけ。

 死んでしまったのだから、もう確かめようもない。


「そんな感じです。男子からの理想的な女の子と言えば分かりやすいか」

「ふうん……そういうことか。だとしたら相当歪んでんな」

「はい?」

「私の知っている八神愛について話そう。その代わり――」


 足元からチェーンが出てきて俺の両足と両手を手錠で捕まえテーブルにくくりつけられた。

 一体何が始まるというのだ。監禁か。奴隷のように扱われるのか。


「――じっとしてろよ」

「…………」


 ここまで露骨なことをされたらなんとなくわかってくる。別に俺は鈍感じゃないから。

 きっと、俺にとって不都合な事実があるのだろう。

 この鎖は死んでも向き合わせるためのもの。だからこれは希の気遣いということになる。


 それが俺にか、それとも愛にか、それはわからないけど。


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