14.epilogue/魔女大戦
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――熾烈を極めた魔女大戦。
視界を埋め尽くす魔法のぶつかり合いに裏世界は耐えられなかった。現実世界にも多少影響が出ており、快晴のはずの空が白く歪んだ。
何故こうなったのかは本人達でさえ理解できない。理解しているものなどこの世界には存在しない。
さておき、大戦は数時間にも及んだ。その間、魔法の爆音が鳴り止まぬことはなかった。戦場は瞬く間に移動し、戦場となった市街は跡形もなく吹き飛んだ。
"魔女殺し"――。この大戦を引き起こしたあらゆる魔法を操る破壊の魔女。
"七人の魔女"――炎天、大海、浄土、旋風、雷鳴、闇夜、狂喜を司る魔女。
一対七の戦争。
魔女殺しの実力は抜きん出ている。もしも、魔女達が単体で戦っていたなら抵抗虚しく殺されるか、敗走を余儀なくされただろう。
この戦いの勝者は――"七人の魔女"だった。
結局のところ、"魔女殺し"が"魔神"に比類するなんてのはあり得ない話なのだ。
魔神の使った魔力リソースの略奪を行えない時点で勝負は決まっていた、と言っても良い。
魔女殺し――東葉渚は、死の間際に現実世界に帰還していた。初めは圧倒していた、だがそれは様子を見られていただけで数時間後には完敗を喫した。
「――くッ、そぉ…………ああああああああああああああああああああああああああああああ!」
全身に残る痛々しい炎症などないように、東葉は怨嗟を吐き出した。
魔女を殺せなければ目的は達せられない。
宿敵の仇を取ることができない。
死んだ棗棘に顔向けできない。
第二の魔神にならなければ――。
「ああああああああああ、どうしてそんなにも私の邪魔をするの!? くそっくそっくそッ――!」
怒りと悔しさに任せて腕を振り下ろすが、アスファルトは硬い。二度目は叩けなかった。
「あと少しだったのに……!」
とても、七人の魔女を追い込んだ稀代の魔法使いには見えない醜態。だが、負けてしまったのなら関係なかった。一度の失敗も許されなかった。
「もう、"皇帝"は現れない――!」
以前、魔神に敗れた皇帝を表舞台に引っ張り出すことはできない。かの異能者は敗北者に用はない。
彼女には最早生きる理由がなくなった。全てを賭けてきた結果がこれだ。目的を遂行する可能性はまだある、だが、精神がもう耐えられなかった。
「――これまた酷い状態だなぁ」
踞る魔女殺しに声が振ってきた。軽薄そうな女子の声である。
沈んでいく精神、僅かに残っていた警戒心が顔を上げさせた。いたのは何の変哲もない少女である。女子高生くらいか。
ポニーテールを揺らしながら、少女は嗤う。
「"皇帝"に会いたいんでしたっけ? こんなことしても会える訳ないに決まってんじゃん」
「は? ……どうして……あなたは何を知ってるの?」
「彼が"魔神"の前に現れたのは"七人の魔女"を打倒したからじゃないからかな。残念ながらあなたにはできない理由だし」
「――言いなさい!」
潰えていたはずの執着が甦り、今にも少女に襲い掛かろうとする。それでも余裕の態度を崩さず、嘲笑いながら言った。
「求婚したらしいわよ。言っておくけど冗談とか抜きで」
「…………は?」
唖然とする理由ではあった。
予想できても却下するであろう理由だった。
しかし、真実である。
魔女殺しは"魔神"の美貌を知らない。いったいどれ程の男を魅了して歩いていたのかを――。
「相当な美女らしいけど、誰に振り向くこともなかったみたいね。本命がいたみたい。そのせいで"皇帝"と戦ったけど、案の定ぶちのめしてねぇ。本当、男って馬鹿だよねぇ」
「そんな…………そんな餓鬼みたいな…………」
「知らなかった? 偉そうにしてるだけの馬鹿なんだよね、皇君ってさ」
「知り合いなの……?」
「――それは別にどうでも良いですけど。ともかくあんな醜態を晒すような女が皇帝の眼鏡に叶う訳ないよね」
"魔神"の有していた暴力的なまでの美貌に比類するもの等、裏世界に二人いるかいないかだ。魔女殺しが彼女に匹敵するかと問われれば、断じて否。
そもそも興味すら抱いていない。そうでなければ見つからないはずがないのだ。
「じゃあ、私はどうやって…………あの娘の仇を…………」
「皇君を見つけたとしてもさ、勝てないよねあなたじゃ…………岩井塾の実験成功者に勝てるのなんてそれこそ――」
「――わかってるわよ」
「……へぇ?」
意外な答えに少女は僅かにだが、眉を険しくさせた。岩井塾生ならばともかくただの魔法使いが知っているのは奇妙だ。はてさて、特殊な情報源があるのか。
「岩井塾が異能の実験場だったことはね」
「そこまで知ってるなら――」
少女の手にはバタフライナイフが握られていた。ただ殺しはしない。情報源を吐いてもらってから殺すつもりだった。
数多の物語でも良く聞く台詞――彼女は知り過ぎている可能性がある。その場合、このまま放置する訳にはいかない。
凶器を振り上げた影が魔女殺しに重なる。そのまま腕が振り下ろされる寸前――。
「――待て」
「…………わぁ、意外な人が来た」
少女の手首を捻り上げたのは髪に金色の混じった優男だった。
彼の名は龍月朧――。
"皇帝"と並ぶ岩井塾の最高傑作の一人――『法律簒奪』――エネルギーを操る能力を有した男。
「彼女のことは俺に任せてもらうよ――糸鳥」
「はいはい」
少女――糸言糸鳥は降参のポーズをしながら一歩下がった。今、龍月朧と敵対してもメリットはない。現実世界においても一秒で死ぬ自信しかなかった。
朧は、呆然とする魔女殺しに問い掛ける。
「俺が皇帝に合わせる、と言ったらどうする?」
「本当なの……?」
「本当だよ、俺は彼がどこにいるのか知っている。それを君に教えても良いとさえね」
「何が狙いよ?」
「知りたいことがあるんだ。そのために君の能力を使いたい」
不穏な方向に進む話だったが、関係と判断し、糸鳥は上機嫌に歩き出す。魔女殺しを嘲ったのはあくまでもついでである。裏世界を震わす対戦の結果をその目で見たかったのだ。
とある男が"七人の魔女"を集めて終わらせた戦争――。
本音としては彼の戦闘を――能力を近くで見たかったが、有する戦力を確認できただけでも十分だった。
「やっぱり凄いな先輩は…………底なしの天運だ」
経過を知っていた糸鳥は、思い返して染み染みとしていた。どうしてあんなに上手く行ったのか、よくよく考えてみても疑問だった。
モテるから? 流石にそんな理由であって欲しくはないが。
――だけど、と続ける。
「そろそろ退場してもらわないとねぇ…………絶対にいつか敵になるからね。知りたいことも十分知れたし。あー、どんな顔するんだろう。面白そうだなぁ」
はは、あっはっはっはっ――少女の高笑いが響いた。まるで魔王のような全てを馬鹿にする笑いである。
結城海斗の前には次の敵が待っている――今まで放置していま問題が表出するだけとも言う。つまり、こうなることはかなり前から確定していた。
最初から終わっていたのだ。戦いは続く――全ての因果が繋がる。そして、集約していく。




