13.宇宙人
◎
炎の柱が豪々と立ち上る。
半魚人のような宇宙人は業火の中で平然としていた。
全身から白い液体が吹き出、熱を遮断しているのだ。
鰭のある足でそれはこちらに近づいてくる。
「やはりこれじゃあダメか。なら次は――」
男は懐に手を突っ込むと拳銃を取り出し、容赦なく撃ち込んだ。発射音が極端に小さい、サイレンサーか?
宇宙人は弾丸に撃たれて背後に倒れた。ドロドロの液体が傷口から漏れ出ている。
が、傷は数秒して塞がってしまう。
「なら、次はこれだッ!」
後ろに控えていた男から槍を受けとると、倒れている半魚人の腹部を穿った。
確かにこの攻撃なら塞がることはない。
と、思われたが金属でできたはずの槍が体液で溶け、傷が治ってしまう。
目を見開いているのか動きを止めた男に宇宙人が掴み掛かった。彼の肩を掴んで、首をぐわんぐわんを揺らしている。
観察しているのか?
「があああああああああああ!」
男の肩が溶け、おぞましい量の血液が溢れる。
後ろにいた二人の男が宇宙人に攻撃を仕掛けるも、武器も触れた部位も瞬く間に溶けた。
止めるに止められない――。
俺を含め、野次馬は誰一人として近づこうとしない。
巻き込まれたらヤバい、と理解している。彼らは人柱だ、後に続く人物は同じ失敗をすることなく別の手段を実行するのだ。
「ミミー……」
「助けに行くつもりなの?」
「放ってはおけないだろ。このままじゃ……」
「別に良いよ。かなり目立つけどね……それにあれは君の異能が役立ちそうだし」
宇宙人が触れたもの全てを溶かす、と言うのなら不死身の"古代"で対応する。
「生態装甲『灰鉄』」
久々の禍々しい鎧を纏い、アスファルトに足を叩きつけて人混みを飛び越える。そのまま宇宙人にタックルした。
まるで芯がないかのような手応えのなさ。
何を考えているのか、それとも考えていない顔なのか。
宇宙人に馬乗りになり、両手を掴んで地面に縫い止めた。
「今の内に治癒を」
振り返らないままに言って、奴を見る。
眼球があるようには見えない。
だが、俺を捉えていた。接触面から白い液体が漏れ出ており、表面が溶けかける。
「これも時間の問題か……なら、少しショッキングだが!」
右腕を剣に再構成し、肩口を押し斬る。
「ぐ……」
青色の血液が吹き出、視界を著しく阻害してくる。見えなくても斬り裂くことはできた。
思いの外、あっさり切り離せた。
気持ち悪いから腕は捨て、一旦体勢を立て直す。再構成に乗じて青い液体に染まった鎧も分解しておく。
――おいおい。
血を流しながらも宇宙人は立ち上がる、人体ではおおよそできないであろう駆動で。
打ち捨てられた腕を拾い、切断面を合わされば瞬く間に傷口は塞がる。
野次馬共から上がるのは驚嘆と、嫌悪だった。
気持ち悪っ、という声が特に多い。
全く同意だ。こうして立ちはだかるのすら辛い、とは想像以上の異形具合である。
「俺は、もういいっす……後の人に任せます」
金属化を解除し、ミミーの下へ戻る。
振り返れば氷柱が突き立ち、宇宙人を貫いた。青い血液が飛び散って非常に不快な気分である。
「この人達の目的って何なんだ?」
「宇宙人がここにいることに何か意味があると思っているの。現れるのは夕方以降、それ以外は消えてしまう。いかにも怪しいでしょ?」
「自然発生はしないわな……存外、創造さん辺りが作ったんじゃないか」
金持ちならぬ、異能者の道楽という可能性も高そうだ。
ミミーはにこにこ、しながら言った。
「徳川埋蔵金みたいなものだね」
「凄いワードが出たな。で、門番があれと……絶対眉唾じゃないか」
「そうなんだけどね、皆必死だから。魔女騒ぎもあって不安なんだよ」
「現実に逃げれば良いじゃん」
「どちらもままならないものでしょ。誰もが誰も結城君みたいに無神経には生きられないんだから」
そんな評価をされていたのか俺は。
よいしょ、とミミーは伸びをした。くるり、と踵を返す。
「ま、今回は外れかな。流石に何もなさそうだし帰ろうか」
「あっさりしてるな。必要だったから来たんじゃないのかよ」
「こんな希望的観測に全てを委ねる訳ないじゃん」
「しっかりしてるのな」
「君はしっかりしなさい」
「はい……」
いたぶられる宇宙人から視線を逸らし、車に乗り込んだ。かの化物がこちらを見ていたような気がした。
◎
「――外れでしたね」
車内にて、運転席・助手席に座る男達にミミーは報告していた。
すっかり暗くなった空の下の帰り道。
車は高速道路を駆け抜ける。タイヤが回る音がやけに響いた。
「何の意図であれがいたのかはわからないけど、そんなものに期待するのは危なそうです」
「まぁ、そうだな。誰かの悪意の匂いがする」
ヘイホーと名乗る男が呟いた。
ナッカという男も続く。
「誰かの異能で生まれたのには間違いない。存外、俺らを見て笑うために作ったのかもしれないしな」
「そりゃ笑えないな」
「本当に、な」
そのまま彼らは口を閉ざしてしまう。
静かにワンボックスが進んでいた。隣を見遣ればミミーが眠そうに目を細めている。
「眠そうだな」
「君も目が溶けてるじゃん」
「いつもなら俺はもう寝る直前だからな」
「そういえばそうだったね。早く眠らせられてたよ」
ミミーが居候生活をしてたのも懐かしい。
ほんの一ヶ月前なのに。それだけ込み入った日常を過ごしていたからかもしれない。
魔女達の戦いはどうだったのか。
あの七人は随分と余裕風を吹かせていた。しかし、サキの一撃を体感した身としてはあまり期待はできない。
サキが勝利を収めたとして、彼女は目的の人物である皇帝と邂逅することは叶うのか。
皇帝、鬼木槐、棗棘――。
ここまで来て無視することはできない。
岩井塾とは何なんだ?
「糸鳥ちゃんに訊いて答えが返ってくるだろうか……」
――絶対にあり得ない。
彼女は何らかの指針を持って行動しているが、俺に手掛かりを残してはくれない。だが、俺に接触しなければならなかった意味はあるのだ。
同じ学校にいたのも出来過ぎだ。俺が裏世界に参入した当初から監視していたというのか?
「また知らない女の子の名前が出た」
「碌な奴じゃないけどな」
「ヤバい人に好かれる体質過ぎるでしょ。あ、逆か」
桔梗さんのことを言っているのだろう。彼女らはしばらく同棲していた。最初はとてもとてもビビっていたな。
「平穏はまだまだ先になりそうだ……」
「結城君、自己犠牲はほどほどにね。他にのために無茶し過ぎだよ。私が言えることじゃなけどさ」
「本当にな。死ぬつもりはなかったよ」
「丈夫なのは知ってるけど、それも絶対じゃない。君の力が常に万全って訳にいかない状況だってあるかもしれないし」
"古代"の不死性が――可逆性は非常に有用だ。
これがなくなった場合、戦闘力は下がる。ただ下がるどころじゃない。使い物にならないまである。
異能が使えない時の対策、しないとだよな。
あらゆる可能性を考慮しても、し足りない。それがこの世界だ。
「意外と強欲だったんだな俺は」
「ただの女好きの可能性はどれくらい?」
ミミーが真顔で訊いてくる。質問に悪意を感じた。
「一三パーセントかな」
「絶対嘘、今居候何人いるのよ?」
「言うて最近は帰ってきてない人もいるからな」
「だから何人よ」
「七人」
瞬間、横に倒れるという大袈裟な反応を見せた。シートベルトの関係で引っ掛かり、がばっと上体起こすのだった。
「多い!」
「何を今更……別に興味ないし」
「うっわ、ドライ。乾いてると思ったけど、神経死んでんじゃないの?」
「神経が死んでる……」
とんでもない語彙が出てきたな。
すると、前方から堪えたような笑いが漏れていた。
「ともかくだ、気をつけた方が良い。多分、俺はまた渦の付近にいるからな」
「それはわかってるよ。だから、こうして話したかった、ってのもあるよ」
「俺と会うの最後だと思ってたのか……悲しいな」
「何が起こるかわからないからね。ラバーズもあんなことになったし」
彼らのことを思い出すと多少胸が痛くなる。
あれしか方法がなかったとはいえ、最善とは良い難い。今思えば、あれが引き金だった。
略奪師の所有していた素数剣の傷は今もなお、広がっている。
ミミーは人差し指を立て、真剣な声音を出す。
「予言しましょう」
「何だよ」
「これから君には様々な受難が訪れることでしょう」
「かもな」
「しかし、決して一人ではありません。何とかなるでしょう。私に慰めて欲しい、って言うなら呼んでくれても良いから。それくらいの恩は感じてるし」
そんなつもりで助けた訳じゃないが、本当に病んでる時はそうするかもしれない。人肌が恋しくなってどうしようもなくなったら。
その日は必ず来る。
運命は既に動き出してしまった。俺はそのトリガーを引いたのだ。
逃げることはできない。
"魔神"から始まり"創造"へ合流し、岩井塾という混沌に足を踏み入れた。
「このペース……次は何がやってくるんだ……」
手のつけられない悪意だろう。
だが、何とかなる。そういうことにしておこう。
ミミーは俺の顔を覗き込むと、微笑んだ。
「ちょっとはマシな顔になったんじゃない?」
「ちょっとだけな。というか、そんなに情けなかったのか……」
「そりゃねぇ……?」
――夜は更ける。既に魔女大戦は終わっているはずだ。どんな結果になっているのか、どんな結末も受け止める。
落ち着いて行こうではないか。
優雅に風雅に余裕を持って。そうすれば、きっと――。




