10.闇夜の魔女
◎
「入口がなくなってるな。まぁ、あるあるだな、先に進もう」
「冷静ですね」
「――というシーンがアニメにあったからな」
何もない空間を三人で進んでいくこと三〇分ほど経った頃、頭上に何かを見つける。女性が空中に横たわっている。
Tシャツを着ているから雰囲気ぶち壊しだった。
「一体いつからこの状態なんですかね?」
「円ちゃんは何か知ってる?」
「眠った時間に比例して強くなるとか羨ましい魔法だったような」
変わった魔法だな。そして、怠惰な魔法だ。
もっとおどろおどろしいものを想像していたから肩透かし感がある。
これが"闇夜の魔女"なのか? 随分と平和そうな奴だ。
「完全に寝てるよな。どうやって起こすんだ?」
「攻撃してみては?」
「おいおい、糸鳥ちゃん……野蛮だな。仲間にするだぞ?」
「起こすだけですよ?」
当たり前のように言う辺り、怖過ぎだ。
誤解された時に戦いになる確率が高い。それは"浄土の魔女"で散々にわからされた。
「円ちゃん、何とかできないか?」
「魔法使って良いの?」
「安全や奴なら」
「あー…………保証しかねるかも」
うだつ上がらない台詞を残しつつ、円ちゃんは右手を掲げた。周囲の空間が歪み、蜃気楼のように朧気になっていく。
「"狂喜の共鳴"」
鮮やかに指を弾いた。衝撃波が発生することはない、ただ、音声として受け取った瞬間に感情が昂った。
やる気がみなぎってくる。
「何だこのアドレナリンを大量に摂取したみたいな状態は?」
「"狂喜の魔女"の魔法のようですね。特定の感情を音にして押し付ける――こんな聞いてしまったらとても眠ったままではいられません」
糸鳥ちゃんの解説に円ちゃんが頷いた。
「大体そんな感じ」
「精神系魔法が得意という訳か」
「…………そのやる気に溢れたような目やめて」
「そんなつもりはないんだが。というか、巻き込まれただけだ」
そんなこと言っている間に、"闇夜の魔女"がもぞもぞと身体を捩る。この魔法の効果は太陽光線の直撃を食らうなんてものじゃない作用がある、如何に夜を関する魔女でも抗えるとは思えない。
「うっ」と声を漏らし、魔女は目を覚ます。
そして――叫んだ。
「ああああああああああ!!! うわあ! うわ、うわぁ!」
「いきなり叫び出してるよ……」
咆哮に引きずられるように暗黒の大地が揺れた。距離感の掴めない空間が蠢く。波のように左右に。
「何か起こってますよ!? どうするんですか?」
「俺に訊くな、糸鳥ちゃん。むしろどうすれば良いんだ」
「使えな!」
「酷いなおい。円ちゃん、頼む」
「働かせ過ぎじゃない……? 別にさっきの影と同じものでしょ」
だいだらぼっち、とでも言えば良いのか山のような塊が俺達を囲うように――否、"闇夜の魔女"を囲うように現れ、近づいてきた。
鈍重に見える。撃退は可能かもしれないが。
「明らかに異常な状態だよな、魔女。俺はあの人のところに行く」
「ちょっと、可愛い女の子を放置するんですか!?」
「糸鳥ちゃんは強いだろ」
彼女は未だに能力を隠している。探るのに良い機会かもしれない。
足下に金属の塔を生成して中空に浮かぶ女性に接近する。うん、高校生ではなさそうだ。大学生くらいか。
しっかりと目を開いているものの、両手で頭を押さえていた。
「落ち着いてください! ここは安全ですから!」
「うわあ! 誰!? 来ないでっ!」
「普通に怖がられてるな。こ、怖くないですよ~」
「あっち行けぇ!」
「うおっ!?」
差し向けられた掌から真っ黒な塊が射出された。触れたくなかっので塔から飛び降りて回避する。
これは――狂喜に陥ってる訳じゃないだろうな?
円ちゃんを連れてきたのはまたしてもミスか?
「荒事は避けたかったんだが……」
巨大な影は徐々に近づいてくる。この数を相手するとなると俺も戦闘に駆り出されるだろう。
数分の間に何とかしなければならない。
このまま現実世界に引っ張る、というのもあるがドームの時に失敗したことを考えると難しいか。
「天使なら世界を破壊できたな……」
俺に同じようなことができるとは到底思えない。
金属化は物理に特化しているように見える。世界への干渉は――……できるのか? 全くできないとは言わないが。
もう一度、塔を召喚して闇の魔女に近づく。
「うわあ、うわあ! 来ないで!」
「ゴキブリがいるかのような反応だな。とにかく、落ち着け、俺は結城海斗だ。"闇夜の魔女"よ」
魔女は「ひっ」と息を詰まらせた。マジでビビっている。
こういうパターンか。"雷鳴の魔女"と同じようで違う、こちらは拒絶ではなく反射的に恐れている感じがする。引きこもりか――。
あまり使いたくない手だが、やるか。
「なぁ、"魔神"をどう思っている?」
「――……」
彼女は停止した。
停止して、気を失っていた。
気絶するほど、失神するほ恐怖していた。予想外だこれは。
"闇夜の魔女"が気絶したからか影の化物はさながら蜃気楼にように消えた。
「怒りをぶつけれると思ったが、こうなるか……」
とりあえず、連れて帰る方針で。
お姫様を扱うように抱いて金属の塔の高度を下げた。
この空間を出る方法はこの魔女しか知らない。目覚めるまで待とう。
――"闇夜の魔女"が起きたのはあれから三〇分経ってからだった。
何もない空間に長時間留まるのも精神衛生上良くなかったので金属で椅子とテーブルを作って待っていた。
「また騒がれたら溜まったもんじゃないな」
「女子に嫌われるって珍しいですね」
「嫌なこと言うなよ、あの件については謝ったじゃないか」
「そういうところですよ」
「――ふぁ……あれ、ここ?」
Tシャツスカートの女性が上体を起こした。身体を左右に揺らしながら目元を擦っている。
第一声、どうするか迷っていると円ちゃんが言った。
「久し振り。覚えてる?」
「……あなたは"狂喜の魔女"? どうして私のテリトリーに……まさか私を殺しに!?」
「違うから面倒臭い……」
煩わしそうに手を振って否定した。
だが、闇の魔女は頭を抱えて叫び出す。
「そう言って油断させる気ね!」
「はぁ、眠」
「途中で諦めんなよ」
怯える女性を見て、文字通り面倒臭そうに思ったのか突っ伏してしまった。この失速具合だ。知り合いみたいな面で挨拶しやがって、期待しちゃったじゃないか。
「"闇夜の魔女"さん、初めまして私は結城海斗と言うものです。用事があって不躾ながらあなたの敷地に入り込ませて頂きました。悪気があったものではありません、しかし、不法侵入には代わりありません。大変申し訳ありませんでした」
平謝りをすること三〇秒、無反応かと思って頭を上げると丸い目をされていた。
いきなりこんなことを言われたら驚くか。
「という訳で、魔女よ――協力してもらうぞ」
「な、何よあなたは!? 誰が知らないけど私をどうするつもりなの!?」
あぁ、なるほど。"闇夜の魔女"はあれだ、残念系の中でもかなりの上位に食い込む奴。俗に言う被害妄想タイプだ。
同じ人間として説得できることを望むが無理な場合は――。
「……と、まさかとは思うが"魔女殺し"のこと知らないか?」
「何よ、その私を殺すためだけの存在はぁ!? あなたがそうなの? こっち来ないでよ」
「完全なる誤解何ですが……」
サキは、この"闇夜の魔女"の領域のことを知らないのか。劣化とは言え"魔怪"と同じ魔法だ、警戒していたが意外と安全地帯があるんだな。
「こういう空間の場合はやり過ごせるのか……」
「来ないで! 来ないで獣!」
「まだ何もしてねぇよ」
「まだ、まだ!? これからするのねこの変態! あっち行けぇ! "暗黒魔弾"!」
「急に攻撃すんの!?」
奥行きの感じられない黒い塊が迫ってくる。触れないように回避するが、避けている感じがしない。
「これは追ってきてるのか……?」
マジマジ、と見ても距離感は不明である。回り込もうとしてもやはり避けている感じはしない。
試しに当たってみよう。
金属化した指を伸ばすと、指先が削られた。
「凶悪な魔法だな。俺じゃなきゃ血が出てたね」
防御力を無視した貫通。物質ではなく空間に作用する魔法だな。
再構成することで指を治療する。
「何その異能……錆びた金属が流れてる。気持ち悪い」
「お互い様じゃないか?」
「一緒にしないでよっ!」
黒い魔女には不評だった。
仲良くなるにも時間が掛かりそう。時間はほとんど残されていないというのに。他の魔女に連れてくると約束したあたり、破った場合何をされるか考えたくもない。
メンタルが不安定なタイプにはどう接するべきか。但し、相手は超強いとする。
力で解決しても、直前で逃げられるかもしれない。
説得するか、仲間に引き入れるか。
「ふむ」
Tシャツに安そうなスカート。
変なファッションだ。友達はいなさそう。こんな人と並んで歩くのはかなりハードルが高い。
コミュ障になったのはそこらが関係しているのかもしれない。
「"闇夜の魔女"さん、友達になりましょう」
「何よ、さっき無理矢理協力させようとした癖に! 下手に出れば良いと思ってるんでしょ? そんな簡単な女じゃないわよ、私はぁ!」
「それは誤解です。俺があなたを勘違いしていたから間違えただけです。友達になりたいというのは紛れのない本心です」
「く、口では何とでも言えるわ!」
まぁ、その通り。考えるのと言うのは簡単なのだ。
大事なのは行動を起こすこと。
「何もかも終わった後、一緒に出掛けましょう」
「は? 意味がわからないんだけど! 私が、納得すると思ってるのぉ!?」
「安心してください、しっかりエスコートするので」
「そういう問題じゃない!」
叫びと同時に"暗黒魔弾"が飛んでくる。腕を消失させながら打ち落とす。
「意味がわからない! 変なこと言って私を動揺させないで!」
「――孤独なんかにさせませんよ。俺から送るのは、夢じゃない本物の享楽です」
散弾のように押し迫る魔弾に対して構える。〈スペリオル〉で両腕を固めて一歩踏み込んだ。
かの魔女が本当に欲しいものはわからない。だが、こんなところに好き好んで隠れるタイプにも見えなかった。
怖がり、それも極端な程に。安全地帯だからここにいる。
そんな彼女が孤独好きとも思えない。
「あなたに相応しい混沌と暗黒で退屈を紛らわせてやろう」
「"闇宵暗夜断絶遡行"!」
黒煙が壁のように迫ってくる。あれの全てが空間を削る魔法だ。飛び込んだら粉微塵となることだろう。
右手から虹色に光る樹状の枝を伸ばし、黒煙に突っ込ませる。空間圧搾に抵抗して燐光が瞬いた。
アーチの生成してトンネルを潜り抜ける。
「俺は侵略者だ、あなたの世界を破壊させてもらいます。その代わり――」
虹のアイアンクローを魔女に繰り出し、そのまま地面に薙ぎ倒す。衝撃で床面に亀裂が入った。
亀裂はすぐに広がっていく。隙間からは黄緑色の空間が見える。ここに入り込んだら戻って来れなさそうだ。
気絶してしまった魔女を担いで、二人の下に戻る。
糸鳥ちゃんが飛び込んできた。
「ちょっとこれどういうことですか!?」
「糸鳥ちゃんの文句はわかるが、落ち着け。落ち着いてここから出る方法を考えよう」
「出口なんてどこにあるんですか!?」
世界は徐々に形を崩している。そこにも穴が開いて、タイムスリップの途中みたいな空間が見えている。
小宮駅に戻れる感じではない。
「……こうなるとは思っていたがな」
「おい、先に言えよ」
糸鳥ちゃんの恨みがましい突っ込み。知ってたら着いてこなかったわ、と言わんばかりだった。
だからと言って確実な方策がある訳ではない。
「円ちゃん、頼みます」
「ここで私に頼る?」
「それ以外助かる方法がないんだよ。頑張ったくれ、プリン食べさせてやるから! タダで!」
「そんなので吊れると思ったー?」
「と、言われましてもさもなくば皆まとめて死んじゃいそうじゃん」
「そうです、頑張ってください!」
糸鳥ちゃんの追撃もあった。
俺達の必死な頼みが効いたのか、円ちゃんはため息を吐いた。散々居候したのだ、今回ばかりは何とかしてもらわなくては困る。
「空間魔法は得意じゃないんだけどね」
「とか言ってあっさりやるパターン?」
「……まぁ、適当にやる」
手を伸ばすと、空間が歪み、ビル群を覗けた。
すぐ上は清々しいほどの青い空だ。これを渡れば裏世界に戻れる。戻れるが――。
「ここ何メートルですか?」
「このビルって小宮じゃないよな。少なくとも一〇〇メートルくらいあるような……都庁か?」
「あー、確かにそうですね。氷漬けになった公園がありますよ」
下方にあるのは氷河結晶の掃討戦の敗戦跡地だった。
僅か足りとも溶けていない辺り、素数剣の威力がどれほどのものか察せられる。
「次はないかもしれない。飛び込もう」
「私空飛べませんよ! そういう魔道具も置いてきちゃったし!」
「俺が何とかするから落ち着け」
「先輩だって空飛べないでしょう?」
「一つ、試したいことがあるんだが良いか? 名付けてN次元ポケットな」
まず、全身金属化する。そして、腹にノブを生成して開くと中には腕時計と壊れた銃がある。いつかに貰ったもの、拾ったものだ。
「何ですかこのガラクタ」
「中身は何でも良いんだが、この中では時間が止まっているんだ」
「…………何となく察しました」
「察することに関して糸鳥ちゃんに並ぶ奴はいないな」
「今まで生物を入れたことは?」
「ない。考えたこともない」
「出た途端に老化するとかありませんよね……」
つまりは、この時間の止まった腹の中に糸鳥ちゃんと魔女二人を収納するということだ。扉を作らなければどこにも繋がらないここにも似た空間だ。
金属生成で二メートルある扉を作り出す。取っ手を付けて押し開けば、そこには時計と銃が落ちていた。腹部のゲートとも繋がっている。
「信じてくれ、としか言えない。多少の怪我をして良いなら普通に掴むけど」
「わかりましたよ、病気になりそうな部屋に入れば良いんですよね」
「散々な言い方だ」
糸鳥ちゃんは円ちゃんと腕を引き、肩に"闇夜の魔女"を抱えてゲートに入った。扉を締める。これで内部の時間が止まったはずだ。
扉を破壊し、裏世界への亀裂に足を掛ける。
死ななくとも怖いもの怖い。『赤鋼』を纏い、追い込まれるように飛び出した。




