7.浄土の魔女
◎
今日も今日とて文化祭準備をしている女子生徒と、面倒臭いと言わんばかりの男子生徒の間で右往左往する俺。認知されるくらいには手伝ったのでもうサボってもよさそうだが、一度始めてしまうとなかなか止めにくい。
さりげなくフェードアウトするしかないか、という訳で放課後教室と体育館を行き来しながらタイミングを計っていた。
「ふむ…………今だッ!」
「ちょっと結城手伝ってくれない」
「――あ、はい……」
書類Xを職員室にいる先生に渡しに行けと、シナリオ担当の女子生徒に言付かった。どうやらタイミングを間違えたようだ、指示通り担任の先生の下まで向かう。
職員室でデスク仕事している女教師に声をかけた。
「先生、この書類を」
「あ、校外外出申請ね、了解了解」
「では」とっとと校内に潜伏するつもりだったが、止められた。
「結城、ちょっといい?」
「ダメとか言っちゃダメですよね。悪さをした心当たりはないんですけど」
「怪しい……――のは置いておくとして、最近、後輩と仲良くしてるみたいじゃん」
「あぁ、後輩ね。後輩いますよね、後輩」
「何で惚けるの」
完全にバレてますよね。隠そうともせず昼休み二人で食べていたからな。生徒だけじゃなく先生にまで知られてるとは思ってなかったけれど。
後輩と仲良くすることは悪いことはないはずだ。
「糸言のことですよね。なにか問題ありますかね?」
「ちょっと噂があって…………たただならぬ仲だっていう。家に出入りしてるという話があるんだけど、本当なの?」
「ははは、まさか」
苦しい言い訳を並べてその場を凌いだが、かなり危うかった。糸鳥ちゃんのことだけだったので当座は良いが、ここまでの規模の噂となると一緒に行動するのはまずいかもしれない。
付き合っていたとしても半同居は良くない。
付き合ってないとしたらもっとおかしいのだ。
「言っておかないとな。おっと、もうこんな時間か早く行かないと……」
生徒達が壁にチラシを張っている姿を横目に中庭へ俺は向かう。折り紙の輪飾りが扉に貼り付けられてカラフルに彩られており、隣では風船で文字を作っていた。俺のクラスは演劇なので教室は休憩室になってしまうだけなので、このような文化祭にありがちなことはしてない。
茹だるような暑さに項垂れつつ、校舎を出るといつもの場所に糸鳥ちゃんは座っている。よくもこんなところを集合場所にしてくれたな、と文句の一つでも言ってやろう。
そう思ったが、糸鳥ちゃんは目を見張る行動をし始めた。
「い、糸鳥ちゃん……」
「あ、先輩」
あ、先輩――じゃなかった。
この日射しなのでベストを脱ぐのはわかる。手で首もとを扇ぐのも至って自然な動作だ。だが、ブラウスのボタンを半分も開放してやることかそれは。
おもいっきり下着が見えているではないか。
青いぞ。波だ、波が刺繍されている。糸鳥ちゃんはあるかないかで言ったらある方だ、故に柔肌を流れる汗が向かう先は一つに収束する。
「おい! その格好は何のつもりなんだ!? 俺が誤解される恐れのあることは慎んでくれ!」
「さっきそこで男子生徒がやってたので、試しに」
「女子としてじゃなく、人間としてどうなんだそれは!? この状況を見られたら確実に俺の社会的地位が死ぬんだぞ」
「ははは、大袈裟だな先輩は」
「笑い事じゃねぇ。糸鳥ちゃんがお泊まりした、っていう噂のせいで俺は先生に怒られたばかりなんだ」
学校で姫初め的なことをした場合、言い訳の余地なく退学だ。あり得ないとはいえ、未遂という形で伝わっても相当の処罰である。
「埒が開かないな。今は見られてないから裏に行こう」
「わかりましたよ、暑さに当てられただけですから」
糸鳥ちゃんは指を鳴らすと同時に裏世界に移行した。ボタンを留め、ベストを肩にかけると中庭を後にする。
学校の敷地内を出て駅方面に移動をしながら俺は問い掛けた。
「もしかして欲求不満だったりする? いや、スリルでストレス解消してたのかな」
「違いますって! 子供心を忘れないようにしていただけですよ。先輩も小学生の頃裸で走り回ってましたよね?」
「走り回ってねぇよ。そして、そんな淫乱な子供心はない」
真倉さんの話によると駅前辺りに"浄土の魔女"が現れるということらしい。それは魔女殺しの魔女サキまでもやって来るということでもある。手助けして仲間アピールをするという安直な作戦。
「本当にそんな簡単に行くと思ってます?」
「円ちゃんのことを考えると雲行きは怪しいな。でも敵じゃないってことだけは伝えないと――っと、来たか?」
「みたいですね……」
駅前に着くと陸橋の下の柱の影に隠れること数十分。
空から飛来してきたのはゴスロリ姿の子女であった。見た目で年齢を推測するならば中学生くらいのように思える。とにかく小さくて可愛い感じだ。
「先輩……」
「何だよその目は」
「別にぃ」
糸鳥ちゃん、最近嫉妬深くなっているような気がする。
ともかく、サキではない少女――つまり、"浄土の魔女"が現れた。忙しなく辺りを見回しては警戒を途切れさせないように努めてるようだった。
「サキに追い回された後って感じかな。よしっ、俺は出るから。気をつけてくれ、糸鳥ちゃん」
「言われなくても気をつけてますよ」
細心の注意を払って陸橋に昇っていく。階段の半ばまで移動したところで空が赤く光り輝いた。けたたましい音と共に隕石が小宮駅に突き刺さる。"浄土の魔女"は砲撃を辛くも回避した。
見た目のインパクトよりも小さなクレーターの中から這い出てきたのはサキである。"浄土の魔女"のことを睨みながら紫色に光る禍々しいロッドを地に突いた。
「死に晒しなさい七人の魔女」
「あらあら、ここまで来るなんて気持ち悪いストーカーですこと。何のためかは知りませんがうざったいので辞めてもらえます? ムカつくんですけど」
ゴスロリの吐いた言葉は可愛い見た目に反して結構ドライだった。
どちらも戦意は満々らしい。これなら"浄土の魔女"がピンチになったところで俺が介入すればいいだけだ。
俺は高速戦闘に目を凝らしながら状況を窺う。
二人の魔女は一メートルもない距離まで接近すると互いに睨み合い――そして、同時に魔法陣を展開した。サキの赤色の魔法陣と"浄土の魔女"の茶色の魔法陣が重なった瞬間に爆風が吹き荒れる。
反射的に生態装甲『赤鋼』を起動していなかったら階段から転げ落ちていたかもしれない。
「『地平・天地開闢』」
陸橋を構成する床面のコンクリートが隆起し、サキを飲み込まんと襲い掛かる。
だが、魔女殺しは魔法が込められたフットスタンプで押し留め粉砕しながら前歩した。
「私はあなた程度に遅れを取る訳がない」
「たかがあれだけのことでそこまで驕るなんて道化がお似合いですね」
険悪なムードは殺意に変貌した。爆発的な衝撃が二人の中間距離から発生し、小爆発を巻き起こし裏小宮駅を削っていく。
両者右の掌を突き出し大気中のリソースが収束された。
「『魔導凱旋』」
「『地帝撃裂』」
お互いの破壊魔法が、お互いの防御魔法に激突することで連鎖的な爆発が起きているようだが青と黄色の燐光も撒き散らされ視界が著しく阻害されている。
状況が不明故、有利不利がわからない。
余波も余さず集中させているため、俺は安全に接近する。
「まぁ、なかなかじゃないの」
「殺す殺す――、"浄土の魔女"!」
「はぁ、力任せですね。そういう相手が一番萎えるんですよ」
「減らず口もここまでよ、本気で潰してあげるから」
怒りを具現化したような真っ赤なオーラが"浄土の魔女"を上から押さえつけ、這いつくばらせようと邪悪に軋む。流石の魔女も平然として受け止めることはできなかったようで僅かに顔を歪ませた。だが、闘志は消えていない。
「『破砕斧』!」
地面から無数の刃が飛び出しサキに迫るが魔法障壁に阻まれる。
――破砕斧。
――破砕斧。
――破砕斧。
床面から、壁面から、放物線を描いて斜めから斬撃を放つ。だが悉く障壁で受け止められ、全てが防がれてしまう。
「本当にこの程度で私に勝とうと思ったの?」
「…………………………はっはっはっ」
少女の唐笑いが響く。
震えた声だった。
「いえいえ、出任せですよ。勝てないことくらい最初から……」
「ふんっ、まだ"炎天の魔女"の方がやり甲斐があったわ」
サキの破壊の魔法が掌に集まると"浄土の魔女"に向けられた。同時に足元の地面が揺れる。
「『暗夜洞窟』」
地面が鋭く変形し、障壁を削り火花を散らした。
先程使った技だ、前回と同じくサキは地面を力強く踏むことで押し戻す。このような対応をされることは使用者本人もわかっていたはずだ。
「あっ?」
いや、技名が違う。
この攻撃は『地平・天地開闢』ではない――ならば、あれは未だ発動していないことになる。
金属と化した掌をコンクリートの床面に密着させ、〈ガイズ・コンパス〉を起動した。手の甲に生成された計測器の針が小刻みに触れる。
「振動だ…………道路のもっと下…………地面そのものが揺れている…………」
少なくとも駅の敷地はゆうに越え、相当な距離にまで揺れは広がっていた。勿論、人為的――異能的な振動だ。
地面を司る魔女の仕業で間違いない。
もうそろそろ来るということだ。
「死になさい、"浄土の魔女"」
「はい、さようなら。あなたがね――」
ゴスロリの少女はその場でバックステップすると、サキの前に岩石の壁が立ち塞がった。破壊の波動をぶつけるのも束の間、すぐさま彼女の周りを囲うような岩石が隆起する。
陸橋のアスファルトだけでなく、ビルの壁面や駅の構造も崩れて彼女に殺到した。内部から抵抗の音――物質消失の不可思議な音がするが時を経るに連れ薄まっていく。
「これが"浄土の魔女"…………強いじゃねぇか…………」
やがて、岩石の集合体となったそれは空中に浮き上がり青色の空に打ち上げられた。勢いを衰えさせることなく大気圏へ向かい、あるかもわからない宇宙に消えていく。
「ま、この程度じゃ死なないでしょうけどね。ところでそろそろ出てきたらどうですか? 誰かさん」
見えない位置にいるはずなのに、丁度の場所に言葉を投げ掛けられた。完全に知覚されている。サキと戦闘していたというのにこちらにも油断せずに気を配っていたとは。
下手に抵抗しても良いことはなさそうなので素直に投降することにした。
「こちらに敵対の意思はない」
「あら、赤色の鉄人…………変わってますね」
「君には負けると思うが…………ゴスロリ少女よ」
「ロリと少女がかなり被っていると思いますがね。どうやら待ち伏せしていたようですが、一体何のつもり何ですか? あなたもさっきのと同じ輩ですか? それだったらかなり、いえ、だいぶムカつきますが」
嫌悪感を隠そうともしない台詞だが、満面の笑みなのが怖い。
「魔女殺しに因縁があってな、どうにか倒そうとしていたんだよ。どうやら君がどこかに吹っ飛ばしたみたいだが」
「大変ですねあの人も」
「君と協力してやっつけようと思っていたのだがな…………もしかして、君って他の魔女よりも強かったりする?」
「当たり前です、一緒にされるのは業腹の極みですわ」
業腹の極みとは、なかなか悪意的な表現である。
「"魔神"にまとめてやられたような……」
思わず口に出てしまった、しかし、その選択は悪手中の悪手。海猫ちゃんにも同じようなことを言って顰蹙を買ったという記憶を、言い切ったところで思い出す。
邪悪なまでの笑顔を常に貼り付けていた彼女は――。
「――『地帝砲撃』」
「って……!?」
あろうことか"浄土の魔女"は攻撃を仕掛けてきた。腕を模した岩石が俺と彼女の間に現れ、金属の体を叩く。陸橋を横に突っ切り駅の外壁を貫通して改札前に転がる。
痛みはないが動揺はご多分にある。起き上がりながら思わず呟いてしまう。
「滅茶苦茶だろ……」
「私を、この私を――ッ!」
下手すれば魔女殺しサキとの戦闘よりも戦意が強い。
駅構内の柱をへし折りながら飛んで来る"浄土の魔女"は俺の狙いを定めて魔法を叫んだ。
「『暗夜洞窟』!」
一度見た攻撃なので容易に避けることができる。いち早くその場でジャンプして地面からせりあがる尖角を見送った。
同時に剣を作り出して接近してくる少女に構える。
両手から放たれた二つの『地帝砲撃』の片方を避けて、もう一方を剣で真っ二つに斬り裂いた。
一息で距離を詰める――、地を操る魔女はすぐの目の前にまで迫る。
「少し落ち着いてくれ、悪気があった訳じゃないんだ」
「……本当ですか?」
「あぁ、本当だ。敵対する心算はない、太陽に保証するよ」
「――それなら良かった」
"浄土の魔女"は満面の笑みで安堵の息を吐いた。サキを撃退した時と同じく、邪悪な弧が描かれいる。
観察するくらいには余裕がある。
こうなることは見え透いていたからだ。
「〈セカンドフェーズ〉〈スペリオル〉」
「『地平・天地開闢』!」
鎧から放たれた虹色の輝きは床、壁、天井から飛び出した無数の岩石の中に封印されてしまった。完全に固形になるまで圧縮された球体はその場で浮遊する。
「くっはっはっはっ! 私を馬鹿にする奴なんて皆死んじゃえば良いんだ!」
少女は見た目に真っ向から反する悪逆な愉悦に頬を歪ませる。気を遣う必要がある人間がいないからか、上品さの欠片もなく腹を抱えた。
「じゃ、お前も飛んでっちゃえ。バイバイ」
魔女はふわふわ、と高度を上げる岩石を嗜虐的見詰める。ただ見詰めて、嘲笑して怒りを解消した。
――俺は全身に力を込める。
ビキビキ、と内側からの膨張に耐えきれず亀裂音を鳴らす岩石群。彼女の側からは虹の燐光が垣間見えたことだろう。
「あまり戦うのは好きじゃないが…………ここまでされて何もしない訳にもいかない。だから、君を――誘拐させてもらうよ」
「なっ、ロリコンとは救いようのない」
「自覚はあったんだなゴスロリ」
俺が着地すると少女は一歩後退りした。
感覚を床面に集中すると割と近くから揺れが伝わったので、足の裏に杭を生成して上から押し戻す。その中で樹木のように金属の枝を広げていった。
魔法的エネルギーにより悟った彼女はちっ、と舌打ちする。
「女の子が舌打ちしない欲しいな……」
魔女はここからさらに距離を取ると駅の外――魔女殺しの魔女の動向を探るように視線を逸らした。
恐らくあの魔法で拘束できるまでの時間が迫っている。このままここで戦っていたら乱戦になるかもしれない、と。
なので"浄土の魔女"がどうするか注視した。
迷いのない動作だった。
――彼女は踵を返し、構造ごと突き破って撤退し始めるのは。
「ったく、合理的な奴だな。そういうのが一番厄介だ」
観察していたためすぐさま動き出せたが罠もしっかり張り巡らされているので振り切られなくとも、追いつけない。
だがここで確実に彼女を捕まえときたい――。
逃したらもう俺の前に現れる可能性は限りなく低いからだ。真倉さんに頼るのも限度がある。
「――そういう訳で取っ捕まえて欲しいんだが、いいか?」
「オーケー」
返事があった瞬間には駅は炎に包まれた。当然、"浄土の魔女"の行く先も例外なく豪火に埋め尽くされ、止まらざる負えない。
その間に立ち止まった魔女の背中追い付いた。
「この炎…………まさか…………」
「勘が良いな。魔女殺しの撃退、結構マジで考えているんだ。という訳で、協力させてもらうぞ」
「これが誘拐ってことか」
生意気な少女の細腕に手錠をはめた。〈スペリオル〉製ならば壊される心配はない。
流石に諦めたようで"浄化の魔女"の肩から力が抜けた。
「それでどこに連れていくつもり?」
「俺の家」




